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おたねさんちの童話集「ショウリョウバッタのグリン」

ショウリョウバッタのグリン
 
「見てみろよ!俺の方が高く飛べるぜ」
「そんな事ないやい。僕の方が高く飛べるさ」
小さな野原の隅っこで、ショウリョウバッタの子供達がジャンプの高さを競い合っていました。
グリンは誰よりも高くジャンプできる自信がありましたから、何度も友達の前で高さを見せつけています」
「僕だって負けないよ」
友達のリョーグも負けず嫌いです。何度もグリンよりも高くジャンプしようと頑張っています。」
「駄目だよ。羽を広げるのは反則だよ」
どうやらリョーグは懸命にジャンプするあまり、ついつい羽を広げてしまったようです。羽を広げると、ジャンプではなく、本当に飛んでいることになるので反則になります。
「だったら、どちらが高く飛べるか。やってみようぜ」
リョーグはムキになって言いました。
「いいよ。どっちみち、俺が勝つんだから」
グリンは自信満々です。そういうと、すぐに空高く飛んで見せました。
「どうだい。こんなに高くは飛べないだろう」
グリンは下を見下ろしていいました。でもリョーグも負けてはいません。
「僕だって見てごらん。」
そういうと、リョーグはグリンよりも高い位置からグリンを見下ろして、
「エヘン!」
と胸を張りました。
「俺だったそれくらい飛べるさ」
グリンも高度を上げて、リョーグを見下ろす所まで飛びます。
「二匹ともやめなさい!もし鳥がきたらどうするの!」
二匹が余りに高い所まで飛んでしまったので、心配したバタラ先生が文字通り飛んできたのでした。
「もう!危ないことは、もうしないってこの間先生に誓ったばかりでしょ」
バタラ先生は顔を真っ赤にして怒っています。
「だって、リョーグが僕より高く飛べるっていうから……」
グリンの言い訳が先生に通じるはずもありません。
「グリン!なんでもリョーグのセイにしないの!どうせ競争するなら、お勉強で競争してほしいものだわ」
「いえ、先生。僕が言い出したのが悪かったのです。本当にごめんなさい」
こういう時のリョーグほど調子のいい奴はいません。どうやったら少しでも先生に悪く思われないか、よく分かっているのです。
「はい。はい。二匹とも、これから絶対に危ないことはしないでちょうだいね」
バタラ先生はバタラ先生で、二匹の性格をよく理解していいます。だから決してグリンだけを責めたりしません。だって、バタラ先生は二匹を心配しているだけなのですから。
食事の時間になっても、グリンとリョーグはやっぱり言い争っています。
「見ろ!リョーグ。俺はこんなに大きな草を三本も食べたんだぞ!」
「僕が食べた草の方が大きかったよ」
二匹とも他のバッタたちの倍くらいは食べているはずなにも、これからどちらが沢山食べられるか競争するようです。
二匹の周りにはいつの間にか大勢のバッタたちが集まりました。
「ガンバレ!グリン!」
「負けるな!リョーグ!」
歓声がどんどんと大きくなっていきます。
グリンが先に一本食べ終わりました。が、リョーグも負けてはいません。二本目が食べ終わる頃にはグリンがだいぶんとペースを落としてきたのに対し、リョーグは同じペースを着実に守ってじりじりとその差を埋めていきます。そして二本目はほぼ同時に食べ終わりました。リョーグが三本目を食べようとしたときグリンが大声で言いました。
「もともと食べていた草の量が違うんだから反則だい!」
「グリンは負けるのが嫌だから言い訳しているだけだろ!」
大観衆の前でグリンとリョーグは大食い競争から、取っ組み合いのケンカへと変わっていきました。
 先に手を出したのはグリンでした。リョーグもすぐに応戦しました。周囲のバッタたちは大食い競争以上に大きな盛り上がりを見せました。
が、その時です。ショウリョウバッタの大群を目掛けて黒い影が急降下してきたのです。
カラスでした。
みんな蜘蛛の子を散らすように逃げていきます。が、ケンカの最中である二匹は、気づきません。
「コノヤロウー!」
と、グリンがリョーグにパンチを繰り出そうとした瞬間、何者かが二匹目掛けてぶつかってきました。
 バタラ先生でした。そして間、髪を入れずにカラスのくちばしが、さっきまで二匹がケンカをしていた地面に突き刺さりました。
 バタラ先生は、カラスが怯んだ一瞬の隙を逃すことなく、二匹を安全な場所へ誘導しました。
「グリン!リョーグ!いったい何度言ったら分かるのよ!どんなに勝負に勝ったって、カラスに食べられたら終わりなのよ!」
 普段のバタラ先生とは別人のようなしかり方です。手も声も顔も、何から何まで怒りで震えています。
 グリンもリョーグも、泣きそうになるのをガマンして、「ごめんなさい」と言いました。
「本当に、貴方たちに何かあったら、どうするのよ……」
 二匹を叱っているはずのバタラ先生の瞳から涙が滲んだのは、二匹が大声で泣き出すよりも、ほんの少し先でありました。
 それからグリンとリョーグがムキになって張り合うことはなくなりました。いつも一緒にはいますが、競争する代わりに、協力し合うようになったのです。グリンが美味しい草を見つけると真っ先にリョーグに教えました。リョーグが、面白い遊び場所を見つけると、同じように、真っ先にグリンに知らせます。それから、他の友達にも、ジャンプの仕方や空の飛び方を親切に教えるようになったのでした。
 バタラ先生も、そんな二人をみて、頼もしく感じていました。それはそうでしょう。一度、カラスに襲われた二匹でしたから、他の誰よりも、用心深くなっていたのです。常にカラスだけでなく、ネズミや蜘蛛や飼い猫に至るまで、いろんなものに注意を怠らないのです。そして、少しでもその気配を感じると、率先してみんなを安全な所へ避難させるようになっていたのです。
 もともと、二匹とも子供達の間ではリーダー的な存在でしたが、どんどんと成長した今では、ショウリョウバッタたち全てのリーダーに成りつつありました。
 その年の夏は雨があまり降りませんでした。ですから、グリンたちの食べる草もだんだんと少なくなってきたのです。しかも去年はあまりに良い季候だったので、グリンたちの仲間は例年以上に沢山います。しかも、あまりに雨が少なくなってきたせいで、最近は、こんな痩せた土地まで、山羊やら羊やらが草を食べにくるようになってきました。ですから、更にどんどんと緑がすくなくなってきたのでした。
「これから、どうなるんだろう?」
「このままだと、秋になる前に草がなくなっちゃうよ」
みんなはそれぞれに、不安そうな言葉を口にしました。
「リョーグ!みんなを頼む」
グリンには、ある考えがありました。
「頼むって、どういうこと!」
「他にみんなが暮らせる土地がないか、見に行こうと思ってね!」
「一匹だけでいくのかい?」
「大勢で当てもなく探すよりはいいだろう?」
「でも、山羊や羊までが、この辺りまでくるようになったってことは、どこを探しても、きっと見つからないよ」
「そんなことはない。あの山を越えた南の草原には川が流れている。だから、少しぐらい雨が降らなくても、急に草がなくなることはないはずだよ」
グリンはそう言って、地平線の彼方に見える遠くの山を指さしました。
「だけど、何匹か手分けして探しに行った方がよくないか」
「他に頼りになる奴がいるかい?たとえ見つけたとしても、結局俺の帰りを待つだけになると思うんだ」
確かにグリンほど決断力のある奴は他に見あたらないと、リョーグも思います。
「でも、せめて、もう一匹。念のために誰かを連れていったって!」
「ダメだ。足手まといになるだけだから」
「分かった。こっちはなんとかするから、好きに探してくればいいさ」
リョーグは半ば、諦めた様子で頷きました。
「みんなを頼んだ!」
グリンはそう言って、大空へと飛び立ちました。
それは、山羊や羊たちでさえ、歩けないような、長い長い道のりです。しかも風は向かうべき南から吹き付けました。干上がってしまいそうな熱風です。それでもグリンは、どんどんと高度を上げて、あの山の向こうを目指しています。眼下には、赤茶けた大地が網目のようにひび割れていました。
「クラクラしてきた」
グリンは、決して羽を休めることはありませんでしたが、体力は限界に近づいています。
それでもグリンは、あの山を目指しました。
全身からあふれ出ていた汗も、もう乾ききっています。意識は朦朧として、何も考えることすらできません。ただ、機会のように羽が動いているような感覚です。
「汗……?」
いいえ。それは汗ではありませんでした。雨が降ってきたのです。普段なら、草の蔭に隠れるところですが、グリンや大声で叫びました。
「ヤッター!」
それはグリンにとって、まさしく恵みの雨でした。風は一段と強くなり、雨は嵐のように激しさを増しましたが、あの暑さから解放されたグリンは、グングンと高度をあげていきました。
やがて、その雨があがる頃、グリンは峠を越えることができました。眼下には、今までの景色がウソのように、肥沃な高原が広がっています。山頂から流れる川が、高原を蛇行して地平線の彼方まで続いていました。
「ここなら大丈夫だ!」
グリンは、その景色を見届けると、すぐさま、みんなのところへと戻っていきました。帰りは追い風です。往きの苦労がウソのように、どんどんとスピードが上がりました。
あれほど体力が残っていないと思っていたのに、こんなにも飛べるなんて、自分でも驚くほどです。
「おーい!おーい!」
上空から、みんなの姿が見えてきました。リョーグが大きく手を振っています。いえ、リョーグだけではありません。本当にたくさんの仲間が手を振ってくれています。
「あったぞ!あった!」
グリンは、涙で顔をクシャクシャにして叫びました。
「みんな、すぐに支度してくれ!いいところが見つかった!」
地上に降り立ったグリンは、すぐにみんなに命令しました。
 雨とは無縁のような晴天で、しかも追い風。出発するなら今しかありません。
「いくぞ!」
グリンが大きな声で号令します。
「おおー!」
みんなはそれに呼応して、大きな雄叫びを上げました。
「出発だー!」
みんなが一斉に飛び立つと、そのあまりのエネルギーに、グリンは全身が震えるのを感じました。いえ、グリンだけではありません。飛び立とうとするバッタたちみんなが、大きなエネルギーを感じ、飛び立ちながら震えておりました。
やがて、あざやかな緑いろだったグリンたちの体は、褐色を帯び、鬼のような形相に変わっていきました。跳力も飛力も急速に上昇し、まるで違う種類のバッタみたいです。
でも、グリンは、冷静さを失いません。
あの山を目指し、そして、あの高原を目指し、一直線に、みんなを導いていったのでした。でも、グリンには分かっていました。この高原を見つけるために、沢山の体力を使い過ぎたのです。もしかしたら、最後まで、みんなを連れて行くことはできないかもしれない。もちろん、そんなことは、口が裂けても誰かに話せません。グリンは迷いました。が、リョーグにだけは話すことにしました。もしグリンに何かがあれば、後を頼めるのはリョーグだけだったからです。
グリンは、リョーグに高原までの往き道と、自分の命がそれほど残っていないことを告げました。高原へ向かう途中です。リョーグはグリンに向かって、「諦めるな」とだけ言い残して、群れの先頭に出ました。今まで先頭を飛んでいたグリンを少しでも休ませるためです。
「全員で高原へたどり着くんだ。もちろん、グリン、お前もだ」
リョーグは山へと向かう上昇気流を探しました。すこしでも、みんなの体力を温存させるためです。
「グリン!お前の苦労を無駄にしてなるものか」
リョーグは、精一杯に大きな声で、叫びました!
「あの風に乗れ!急げ!」
真っ黒い雲のように大きなバッタの群れが、グングンとスピードを上げて山の頂上へと上っていきました。高原までは、あとわずかです。
 
リョーグとグリンの耳に山の方から不思議な歌が聞こえてきたのは、その時でした。
ちょっとしっかりよく聞いて
悪い話じゃないからね
たいようピカピカ
雨ザーザー
風はソヨソヨ
良い気持ち
みーんな仲良く
大きくなあれ
眼下には、鬱蒼とした森が広がっていました。
そうして、その上空をグリンとリョーグが通ったとき、小さな祠は少し光ったような気がしたのでした。
バッタの群れが全員高原にたどり着いたのはそれから間もなくのことでした。
おしまい。

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