おたねさんちの童話集「キツネの嫁入り」
キツネの嫁入り
「結婚しようと思うんだけど……」
末妹のプーは、言いにくそうにしながら、そう母親に告げた。
彼氏は知っている。
半年くらい前に、やっぱり言いにくそうに母に紹介してから、何度か家まできているからだ。
5人兄弟の末っ子だったプーはキツネの癖に、タヌキのような顔をしていたから、みんなによくからかわれた。
器量がよくないことは、本人も十分自覚しているらしく、似合わない格好は、どんなに高価なものでも身につけなかった。
というか、いつもお兄ちゃんやお姉ちゃんのお下がりで育ったせいか、オシャレに頓着がなかったのかもしれない。
それでも友達がおおかったのは、きっと愛嬌があったからだろう。
とにかく、愚痴や誰かの悪口をいったことがなかった。
からかわれても、失敗しても、いつもタヌキみたいな顔を、もっとタヌキみたいにして、笑顔でごまかした。
みんなに好かれたのかきっと、ひとえに愛嬌のある笑顔のお陰であることは、無愛想な兄貴の私にでもわかる。
が、代わりに変な時によく泣いた。
ラッキョウが転んでも笑い転げそうなくらい、よく笑いかと思っていたら、ときどきラッキョウが転んだようなことで泣き出した。
なにせ私がネズミを捕まえただけで、突然可愛そうだとなくのである。その数分後には、美味しそうにかじりついているのに、である。
兄貴として、これほど、やってられない妹はいない。
まだ女房の方が、喧嘩ができるぶんマシである。
普段はよく喋るくせに大切なことやモノを頼むときには、蚊の鳴くような声になった。中学生の頃、蚊の泣くような声でお小遣いをせがんだのは、修学旅行の班分けで、好きな男の子と同じ班になったからだと、あとから姉貴に教えてもらった。もっとも、もっともハンバーガーショップの制服と、幼稚園のスモッグを足して二で割ったようなセンスのないワンピースを、旅行中に身につけることはなかったとのことだった。
今回も、言いにくそうに結婚したいと告げたあと、さらに小さな声になって、
「海外で挙式したいんだけど……」
どこからそういう話になったか、プーは一切かたることなく、母親や兄弟たちの反対に、一晩中沈黙で答え続けた。
「お前なあ、海外なんぞで結婚したら、誰も出席できないじゃないか!!」
「だいたい、結婚式の主役が花嫁だって思っているのが間違いなんじゃ!結婚式の本当の主役は新郎や新婦を育て上げたお父さんやお母さんなんだから」
普段は末っ子にやたらとあまい、長男のコン吉までもが、日取りや場所は、後でもう一度話し合おうと促したけれど、結局というか、やはりというか、突然プーは泣き出した。
「誰も私の結婚を祝ってくれないの!!」
……いやいや、そういう問題じゃなくて。
さすがに泣き出すと、あとはみんな認めるか黙るかしかできぬ。
「いいよ。結婚してからの方が、もっと大切なんだから」
女手一つで5人の兄弟を育てた母が、そう言ったならば、どんなに小うるさい兄や姉も黙るしかない。
普段めったに兄や姉の言う事に背かないくせに、いったん言い出すと絶対に弾かないのがプーである。
みんなが黙り込むと、鞄から封筒を取り出した。
つまりは、もう航空機のチケットもホテルや式場の手配も、それどころか、二人で住む賃貸のアパートまで、すでにできていたのだった。
「あいつは、小ちゃいときから、ああだったよね。」
「中学生になってすぐなんか、お姉ちゃんの制服が大きすぎるからって、裁縫なんてやったことないのに、いきなりハサミで切り出すのよ。」
親戚一同を集合させた飛行場で、ピョコンと軽く会釈したあと、ニタ~っといつもの愛嬌のあるタヌキみたいな笑顔を作って、プーは彼氏と一緒に旅立った。
「雨……?」
銀色に輝く飛行機は眩しく輝いているのに、母の肩はぽつりぽつりと濡れ始めた。
「これでやっと、お父さんに胸を張って出会えるよ」
肩を濡らした雨は、本当に天から注がれたものだけなんだろうか。
兄貴の私でも、これだけの感慨があるのである。5人の子供たちを育て上げた母の思いはどれほどだろう。
雨の日、風の日も、そうして晴天の日も今までの母の人生を表すような不思議な天気か、やっぱりキツネにとっては最高の天気に思える。
「雨、上がったみたいだね」
見えなくなった飛行機を追うように、東の空へ大きな虹が架かっていました。