「おふでさきの物語」 第四章 その1
第四章
今私たちの歩んでいる道は本当に正しいなのでしょうか?神様の声に耳を傾ける者たちにとって、まだまだ心細い状態なので、不安になるのも無理からぬことでしょう。でも、間もなく、広々とした明るい道が目の前に広がってくるのです。もうそのようなところまで辿り着いたのです。
では、その日はいつのことでしょうか。それは神様へ捧げる「祈り」や「祭り」のシンボルとなる神楽面とともに五月五日にやってくるのです。神様への祈りの完成は、神様の理想社会建設における基盤となるものです。その象徴である神楽面の完成と同時に、神様の声に耳を傾ける人々の眼前にも明るい道が広がっていくことでしょう。そうなると、どんどんと大勢の人々が「ありがたい場所だ」と押し寄せるようになり、昼夜も分からぬほどに賑わうことになります。大勢の人々が「ぢば」に帰ってくるようになれば、その証拠として六月になれば「証拠守り」を出していこうと思うのです。そうなると理想社会の建設も急ピッチで行われるようになることでしょう。どんどんと忙しいような状態へと変わっていくことでしょう。神様からの催促もどんどんと増えていくことになります。それらの催促は決して神様が言葉で示すというわけではありません。手本となるべき家やその周囲の人々などのこれから起こってくることがらをみて、しっかりと神様の思いを考えることが大切です。これからやってくる大勢の人々をできるだけ沢山、「ぢば」の周囲に住む、神様の声に耳を傾ける人々に教えようと考えています。その中には、今まで想像もしていなかったような人が現れるかもしれません。ですからこれから現れる数々の不思議な現象を楽しみ、この道を歩んでもらいたいと思うのです。そうなると本当に楽しいことでしょう。大勢に人々が、これこそ天の与えだと賞賛して、このぢばへと帰ってくるのですから。神様の声を慕って歩む者、また神様が彼らと共に理想社会建設の人材となって欲しいと願う人々は、様々な病気や災難と出会うかもしれません。それは神様が早く理想社会建設を実現したいという願いから人々をぢばへ呼び寄せているのです。そうして神様への祈りを完成するために十分な人数が揃って、人々がしっかりと務められるようになったなら、そこから理想社会の建設が始まるのです。
神様は上流社会の人々に対しても早く神様の心を伝えたいと思っています。上流社会の人ほど、神様の声ではなく、自分たち人間がつくった科学や哲学、医学や宗教が神様の声よりも素晴らしいと考えています。どれも神様から借りた体や育てて貰った文化から生まれてきたものなのに、本当におかしなことです。ですから、それらのものが決して完全なものではないということに気がついて上流社会に住む人々も神様の声に一日も早く耳を傾けること願っているのです。今まで何度も、人間の力ではどうしようもないような災いや疫病が突然におこりました。それらはみな神様の声に耳をかたむけずおごり高ぶる人々にしっかりと神様の声を傾けさせたいという神様の心のあらわれなのです。上流社会に住む人々もそのことをしっかりと考えなければいけません。そのことに世界中の人々がみなしっかりと気がつくようになったならきっと世界中の心が元気になることでしょう。そして世界中の心が元気になれば、もちろん神様の心も元気になり、どんどんとこの世界が素晴らしものへと変わってゆくのです。今、神様の声に耳を傾けているものが歩んでいる道を人々はいったいどのようにおもっているのでしょうか。この道がしっかりと素晴らしい者だと理解させるためにこれからも、今までに考えられなかったような不思議な出来事がおこってくることでしょう。様々なことがこれから起こるのですから、今の状況がたとえどんなに厳しいものであっても、心を倒さずに歩んでいけば、きっと素晴らしい御守護にであえるので、それを楽しみに歩んでいけばいいのです。