見出し画像

おたねさんちの童話集 「水槽の群れのピーグ」

水槽の群れのピーグ
 
手を叩く音がして、グッピーたちはいつもの場所に集まりました。水槽の角っこの一番景色のいい場所です。
「みてみて!今日は黄色い粒だよ。」
「僕のは、いつもと同じ緑色。」
「私のは、ピンク。綺麗でしょ。」
グッピーたちは、それぞれに、ご主人から貰ったエサを見せ合って大はしゃぎです。だって一日一度の大イベントなのですから。
みんなが一通りエサにありついたのを確かめて、ピーグは水面に浮かんだエサをかじりました。
「まだ最後に食べることに決めてるの?」
ちょっと心配そうに尋ねてきたのは友達のピードでした。
「まあね。」
ピーグは寂しそうに答えました。
「べつにピーグの責任じゃないんだし。そんなに自分を責めなくても……」
「責めているわけじゃないんだけど……」
本当は僕が悪いんだということをピーグは知っていました。でも、言えなかったのです。
もう、ずいぶんと前の話です。
いつものようにエサの時間になりました。ピーグは我先にとエサを奪い取りました。
が、
「苦い!」
ピーグはすぐにはき出してしまいました。それから、何食わぬ顔で、別のエサを食べに行きました。次は普通のエサでした。ピーグはそれだけではもの足りないので、またエサをとりに行きました。また苦いエサでした。そしてすぐに別のエサを食べに行きました。
 それだけのことでした。
 でも、本当は全然違ったのでした。ピーグが。いつもより沢山のエサを食べたせいで、体の弱っているグッピーたちがエサを食べられなかったのです。そして、ピーグが苦いと思ったあのエサこと、本当は弱ったグッピーに食べさせるべきお薬だったのです。
 やがて、何匹かの仲間が死んでしまいました。そして悪い病気が、どんどんと水槽内に蔓延しました。
 主人は水槽の水を換えることにしました。ピーグたちは、何が起こるのかも分からずに網の中でバタバタとしながら、バケツの中にいれられました。
「ショッパイ!」
 ピーグが大声を出したくらい、それは気持ちの悪い水の中でした。なんでも大嫌いな海のように、大量の塩を入れているらしいのです。
と、言ってはみたものの、ピーグたちは、誰も本当の海をしりません。とても恐ろしい魚たちがいて、怖い場所だと噂に聞く程度なのです。ただ、このしょっぱい水が病気を治すのにはいいことを、ピーグは後から知りました。それから、あの苦いエサが薬だということも、あとから友達に教えてもらいました。でも、それは、ピーグが何回も苦いエサを食べたり出したりしたせいで、薬を食べられなかった仲間がいたという事実を突きつけるには、余りにも充分過ぎたのでした。
だから今でもピーグは、
「自分のせいで、沢山の仲間が死んだのだ」
と、心から悔やんでいたのでした。
「別に、誰もエサを数えながら食べている奴なんていないし、だいたいピーグよりもっとたくさん食べていた奴も大勢いるのに……」
 ピードは口をとがらせて言いました。
「別に他のグッピーのことはいいんだ。これは自分の問題だから」
ピーグは、そういうと水槽の一番下まで潜ってしまいました。
「どうしたら、ビーグが自分を責めなくなって、前みたいに元気になるのかな」
ビードは真剣に考えました。
だって、そうでしょう。以前は、あんなにいつも一緒に楽しく遊んでいたのに、今では、いつもひとりぼっちで暗い顔をしてばかりいるのですから。
「神様……。どうかビーグが元気になりますように……」
ビードは一生懸命にお祈りしました。
 今日も、エサの時間がやってきました。ピーグは、いつものように、みんなが食べるのをじっと眺めています。ビードは、その姿を見て驚きました。
……こんなにも痩せてたなんて。
「ピーグ、いくらなんでも、もっと食べないとダメよ」
ビードは、懇願するような目でピーグに言いました。
「いいんだよ。だんだんとお腹も空かないようになってきたし、それに、いつの間にか、一個でも充分お腹がいっぱいになるようになったんだ」
ビードは、ピーグの表情から感情がよみとれないことが、とても悲しく思えました。
「えっ!」
 ビードは、驚いて、大きな声を出してしまいました。
 
急に主人が水槽の中に網を入れて、ピーグだけを掬い上げたのです。
それから、主人はビーグを別の小さな水槽へ入れて、その水槽を、みんなのいる水槽の隣へと移動しました。
「ここにおけば、淋しくないだろ?」
主人はそう言ってから、ビーグの水槽にエサと、薬を投入しました。
「いつも、最後に食べるのが気になっていたんだよ」
主人は、そう言い残して、どこかへ行ってしまいました。
 ビーグにとって、一人でゆっくりとエサを食べるのは、生まれて初めての経験でした。が、不思議なもので、誰も食べないと分かっていても、ピーグには自分一匹で食べるのが、もったいなく思えてなかなかエサを口にすることができませんでした。
「ちょっと寒いのかもしれないな」
主人はピーグのいる水槽の温度計をみて、サーモスタットの温度を上げました。最初は、みんなの視線が気になっていたピーグでしたが、二、三日もたつと、次第に一匹での生活にもなれてきました。みんなの姿がよく見えるので、それほど淋しくも感じませんでした。薬の臭いも慣れてしまって気になりません。ピーグは次第に元気を取り戻していきました。
ピーグが、また、みんなの同じ水槽に入れられたのは、一週間後のことでした。ずいぶんと元気になったからなのか、或いはずっと一匹でいたからか、身体もずいぶんと大きくなったようで、以前とは比べものにならないくらい力強い泳ぎです。ピーグが水を一掻きするだけで回りのグッピーたちが驚いて避けていきました。
エサの時間になりました。いつものように主人がエサを投げ入れると、今まで一番最後だったはずと、ピーグが、当たり前のようにエサを最初に食べました。
「ピーグ、いったいどうなってしまったの?」
 ピードが驚いて尋ねました。
「ああ、そうだった」
 このところ、ずっと一匹だけの食事が続いていたので、ピーグは何も考えずにエサを口の中にいれただけなのでした。
「でも、なんだかバカらしくなってきたんだ」
「なにが?」
「ずっと、エサを最後に食べようと決めてたことが」
「どうして?」
「だって、隣の水槽から見ていて分かったんだ。エサは、ちゃんとみんなに当たるように撒かれているんだって。でも、我先に取ろうとする奴がいるから、他の誰かよりも沢山取ろうとする奴がいるから、誰かの分がなくなっちゃうんだって」
「ふうん。それで?」
「分かったんだ。ボクがするべき事は、最後に食べることじゃない。みんなな美味しく食べられるように、他の魚より沢山食べる奴や、順番を守らない奴と注意することだって」
それから、グッピーたちは、みんな仲良く暮らしました。ときどき順番を抜かして、ピーグやピードに叱られる魚もいましたが、ちゃんと、みんなのお腹がいっぱいになるように、みんなで協力しだしたからです。

いいなと思ったら応援しよう!