おたねさんちの童話集「猫の小太郎」
猫の小太郎
猫の小太郎は、いつもお母さんにくっついてばかりいました。
食事のときも、お昼寝も、トイレだってお母さんが近くにいないと一人ではできません。
あまりにいつも、小太郎がそばにくっつくので、小太郎が大きくなるにつれて、お母さんは心配になってきました。
だってほかの子供たちは、もうみんな、自分で友達を作って、子供同士あそんでいるのに、小太郎だけは、いつもお母さんの側を離れないのですから。
それでお母さんは、小太郎をなんとか一人でも遊べるようにと考えました。お母さんにくっついてばかりいると、友達もできないではありませんか。
お母さんは小太郎を連れて、いつもの公園までくると、小太郎がジャングルジムの天辺に上っている間にさっさと帰るふりをして、物陰にかくれました。
そのまま帰ってもよかったのですが、やはり小太郎のことが心配だったのです。
「おかあさん。おかあさーん。」
お母さんがいないことに気づいた小太郎は、大きな声で泣き出しました。
ジャングルジムから降りようともせず、ずっと大きな声で泣き叫びました。
「おかあさん。おかあさーん。」
大きな声が町中に響いて、みんなの視線がジャングルジムの天辺へと集中します。
おかあさんは思わず飛び出しそうになる気持ちをぐっと抑えて見守り続けました。
小太郎が泣きやんだのは、もうだいぶ時間がたってからのことでした。
小太郎はあきらめたのかゆっくりと下へと降りてきました。
なにを思ったのか、ブランコでぶらぶら。
滑り台で、シュルシュル、ストン。
またジャングルジムに登り出しました。
それからまた辺りを見回して、
「おかあさん。おかあさーん。」
今度は泣いていませんでした。
それから小太郎はまた、ブランコでぶらぶら。
滑り台で、シュルシュル、ストン。
公園で遊んでいるというより、ずっとお母さんを待ち続けているような雰囲気です。
お母さんは、いたたまれなくて小太郎の前に現れました。
小太郎はお母さんを見るなり泣き出しました。
「おかあさん。おかあさーん。」
あまりにエンエンと泣くのでお母さんまで涙がでてきました。
次の日もお母さんは小太郎を公園へ連れいていきました。
小太郎は昨日のことを心配してか、お母さんの右足をつかんで放そうとしません。
困ったお母さんは、小太郎と一緒に公園で遊ぶことにしました。
小太郎は喜んでブランコやら滑り台やらを始めました。
「小太郎!かくれんぼしようか?」
お母さんは思いきって言いました。
「いいよ!お母さんがオニね」
そう言って小太郎はどこかへ隠れました。
「小太郎!」
「小太郎!」
お母さんは少しずつ声を大きくしながら、やがてさっさと一人で家へ戻りました。
小太郎が自分で帰ってこれるようにしたかったからです。
そうして、できれば他の子猫たちと遊べるようになってほしかったからです。
「あれ、お母さん。どうして探しにこないんだろう。
小太郎はしびれをきらせて出てきましたが、お母さんは見あたりません。
「もしかして、お母さんも隠れてたんじゃ?」
小太郎はお母さんを捜し始めました。
「おかあさん。どーこーだ。」
小太郎は楽しそうに探し出しました。
でも滑り台の陰も、水飲み場の陰も、お地蔵様のあたりも、トイレにもお母さんはいません。
小太郎はだんだんと必死で探しだしました。
滑り台の陰も、水飲み場の陰も、お地蔵様のあたりも、トイレも、ブランコも、ジャングルジムもシーソーも何度も何度も探しました。
でもお母さんはみつかりません。
小太郎はエンエンと泣き始めました。
「やーい!また泣き虫が泣いている。泣き虫小太郎今日は母ちゃんどこいった?」
見ると、近所に住む小次郎が友達と公園に遊びにきていたのでした。
小次郎は小太郎と同じ日に生まれたのですが、いつもお母さんにくっついている小太郎と違って、近所の人も驚くぐらい、すぐに公園でも一人で遊べるようになった猫です。
今ではこの辺りのガキ大将でした。
「小太郎!!鬼ごっこするからお前も入れ!」
小次郎は当たり前のようにそう言いました。
小太郎は、泣き顔のまま、鬼ごっこに参加しました。
でも、いったん小太郎がオニになると、ずっと小太郎がオニのままです。だって小太郎がどんなに一生懸命に走っても、ゆっくりと歩いているようにしか見えないのですから。
小次郎はしびれを切らせてわざと小太郎に捕まると、すぐ墓の猫どもを捕まえにいきました。
でもすぐにまた、小太郎がオニになります。
こうなったら鬼ごっこもおもしろくありません。
小次郎は小太郎のために特別ルールをつくりました。
「小太郎がオニになったら、すぐ俺がオニになるから、俺に捕まえられた猫がすぐに小太郎を捕まえにいくのは反則とする!!」
ガキ大将の小次郎が言うことには誰も反対しません。
まして今回の小太郎に対する提案はいたってまともです。
みんなは小次郎を見直しました。
それでも、しばらくすると小太郎は、
「お母さん!お母さーん」
またエンエンと泣き出しました。
「お前、次はどうしたんだよ」
小次郎に言われて、小太郎は泣きながら答えました。
「ぼく、もう家へかえる」
そう言って小太郎は泣きながら家へ帰りました。
小太郎が家の前ではお母さんが小太郎の帰りをずっと待っていました。
小太郎はお母さんの顔を見ると、またエンエンとなきだしました。
「お母さん、お母さん、どうして急にいなくなったの?」
お母さんも困り果てて言いました。
「だって小太郎も一人で帰ってこられるじゃないの?」
「そんなこと言ったって……。エーンエーン」
次の日、お母さんは小太郎を連れて釣りにいくことにしました。
魚釣りの嫌いな猫はいません。いわば猫として生きていく上で筆数科目といえるでしょう。
「お母さん、餌つけて……。」
小太郎はいつものように甘えてきます。
でも、今回お母さんは、何もしないことにきめました。
釣った魚を入れるケースも別々です。
「いいかい。今日は自分で全部するんだよ。それから自分で釣った魚は食べて良いけど、母さんが釣った魚は母さんのものだからね。」
お母さんはわざと怖い声でいいました。
お母さんはさっさと釣りをはじめます。
でも小太郎は、餌を手にとることもできません。
「お母さん、お母さん。餌、つけてよ。」
でもお母さんは知らんぷり。
気にせず釣りを続けました。
「ねえ、お母さん。餌をつけてくれないと釣りが出来ないよ」
「自分でつけなさい」
小太郎は手をもてあまして、じっとお母さんが釣るのをみています。
「言っておくけど、小太郎。今日のご飯は自分で釣ったお魚だけだからね。お母さんが釣った魚はお母さんが食べる。小太郎が釣った魚は小太郎が食べる。いいね」
「でも、餌がつけられないんだもん」
「だったら、今日のご飯はなしね」
小太郎は、しぶしぶと針に餌をつけ始めました。
「痛い!」
驚いてお母さんが小太郎をみると、小太郎はじっと泣くのをガマンして、指に刺さった針をぬきました。
それから無言で餌を針につけると、泣き顔になりながら水面に永入れました。
お母さんは自分の釣りどころではありません。自分の竿先よりも小太郎の方ばかりをみていました。
でも、小太郎にはそんなお母さんの様子をなど窺い知る余裕もありませんでした。
「お母さん、竿、竿」
お母さんは小太郎に言われて、思わず竿を落としそうになりました。が、さすがは魚釣りの大ベテランです。
あっというまに大きな魚を釣り上げました。
「ようし、僕も負けないぞ!」
小太郎も餌を平気でつけられるようになったようで、夢中で釣りをはじめました。
でも、やはりお母さんにはかないません。
お母さんは次々と魚を釣り上げていくのに、小太郎は一匹もつれません。
たまに竿先がピクピクと動いても、タイミングが悪いのか、すぐに逃げられてしまうからです。
それでも、小太郎は泣くこともなく夢中で魚釣りをつづけました。
やがてお昼になって、お母さんが釣った魚を食べようと言っても、自分で釣った魚を食べるんだと言い張って、竿を持ち続けました。
夕暮れが近づいても、小太郎の竿に魚がかかる気配はありません。
赤阿讃が手伝おうとしても、
「自分でするから」
小太郎はムキになって針に餌をつけます。
何度も何度も「釣れない、釣れない」と言っては水面に餌を投げ入れました。
やがて太陽が赤く染まり沈んでいきます。
あたりもだんだんと暗くなりました。
いくら暗闇が得意だからと言っても、こんなに暗くなるまで釣りをするとは考えていなかったお母さんは小太郎に、
「早くおうちへ帰ろう」といいますが、小太郎は聞きません。
「一匹釣ったら帰るから」
「もうちょっと、もうちょっとだけ待ってよ」
最後には、泣きながら針に餌をつけています。
お母さんは小太郎を見守るしかありませんでした。
それでも小太郎は諦めません。
お母さんは、諦めて近くのお店へ懐中電灯を買いに行きました。
小太郎は竿を持ったまま動きません。
じっと竿先をにらみつけていました。
「お母さん。お母さーん!」
懐中電灯を買って戻ってきたお母さんは、慌てて小太郎の方へ走り出しました。
「お母さん。お母さーん!」
もう辺りは真っ暗です。
お母さんは懐中電灯で小太郎を照らしました。
「お母さん。お母さーん!見てよ!見て!」
竿先が大きくしなり、小太郎が縣命に魚を釣り上げている最中でした。
小太郎は必死になってリールを巻き上げています。
竿のしなり具合から見て、今日一番のの大きさに間違いありません。
「小太郎ガンバレ!小太郎ガンバレ!」
お母さんも必死になって応援しました。
そうして……、
「やったー!やったよ!」
小太郎は見事に大きな魚を釣り上げました。
顔はクシャクシャに泣き腫れています。
涙と鼻水で顔中の毛がビショビショです。
でもお母さんは構わずに小太郎を抱きしめました。
次の日、小太郎は一人で公園へ行きました。
「昨日ね。僕こんな大きな魚を釣ったんだ。一人で釣ったんだよ。ほんとうだよ。」
近所に住む小次郎に何度も説明しています。
「それより、みんなで鬼ごっこしようぜ!」
小次郎の言葉に小太郎は大きくうなずきました。
「うん。一緒にあそぼう!」
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