見出し画像

おたねさんちの童話集 「 月のウサギは……」

  月のウサギは…… 
 
「ねえ、ママ。お月様にもウサギが住んでいるって本当なのかな?」
「さあ、どうでしょうね。ママもお月様にはいったことがないから分からないわ」
「じゃあ、どうしてみんな、月にウサギがいるなんていうの?」
「どうしてかなぁ。パパに聞いてごらんなさい」
 ウサギのラート君は、お友達から聞いたお話が気になって仕方がありません。だって今までお月様に誰かが住んでいるなんて考えたこともなかったのですから。
「ねえ、パパ。パパはお月様にいったことある?」
「お月様には行ったことはないよ。でもお月様とまではいかなくても、この世界にも、いろんなところがあるんだよ」
「じゃあ、パパはどんな所へいったことがあるの?」
「そりゃあ、いろんな所へいったさ。海にもいったし、砂漠も見たことがあるし、夏になっても雪が解けないくらいの高い山にだっていったことがあるんだよ。」
「いいなあ。ボクも絶対に大きくなったら世界中を見て回るんだ!」
 ウサギのラート君が、世界中を旅することを夢見るようになったのはその時からでした。
 そんなラート君にパパは色んな本を買ってくれました。綺麗な絶景写真のある本や世界中の地図が載っている本も買ってくれました。
 でも、パパが本を買ってくるたびに、ママは心配そうな顔をしてパパに文句を言っていました。
「パパ!ほんとにラートが行きたいって言い出したらどうするの!だってオオカミの国やライオンの国だってあるのよ!」
「大丈夫だよ!だからこそ、ちゃんといろんな本を買い与えているんだ。ちゃんと一羽でも生きていけるような知識は絶対に大切だから」
 パパが買ってくれる本は、世界中の地理に関わる本だけでなく、サバイバルや数学とか理科の本もありました。
「本当は、貴方が若い頃に行きたかっただけでしょ!」
ママはそう言って、いつも大きなため息をついていました。
 でも、子供のラート君にはママの心配は分かりません。もちろんちょっとくらいは理解出来ている気もしますが、やっぱり本当には分かっていないのでした。
 ラート君は、毎日世界中の地図をみては、いろんな夢を膨らませていました。
 「ママ!ボク、アルバイトを始めようと思うんだけど……」
「アルバイトって何のアルバイト?」
「ビット叔父さんが駅前でやっている料理屋さん。だって世界中を旅するには、たくさんのお金が必要だし、ちゃんと料理ができるようになったら、どこの国へ行っても働かせてもらえるかもしれないじゃないか!」
「じゃあ、今度、ビット叔父さんに連絡しておくわ」
「もうお願いしたからいいよ!それなら明日から来なさいって!」
「ラート!そんな勝手なこと……」
「だってもう決めたんだもん!本で調べて計算したら、世界を一周するのに必要なお金は、だいたい100万ラビドルだから、三年間働いたら大丈夫だと思うんだ」
 次の日から学校が終わると、ラート君は、毎日ビット叔父さんのお店で働くことになりました。
「ビット叔父さん!どうしてこの店には、こんなにたくさんの料理があるの?ママが作るのは毎日サラダばっかりだよ」
「そりゃ、この店に来るのはウサギだけじゃないからね。他の動物たちが好きな料理が、みんなウサギと一緒だとは決まっていないからね」
「じゃあ、ビット叔父さんの嫌いな料理も作っているの!」
「嫌いとまではいかないけれど、料理は食べる動物の好みに合わせて作るものだからね」
「ふ~ん。そうなんだ」
「ラートも世界中を回るようになったら、分かる事があるかもしれないね」
 三年間が過ぎる頃には、ラート君がほとんどお店の料理を作られるようになっていました。
「ラート!本当に出発するのかい。ママも心配するだろうに……」
「うん。でも前から決めていたことだから。100万ラビドルが貯まったら、世界のあちらこちらを見に行くんだって!」
そうしてラート君は旅に出ました。
 初めて見る海から船に乗りました。外国へ行く大きな船でした。
 あんなに楽しみにしていたのに。あんなに頑張ってお金を貯めて準備をしてきたのに。ラートはだんだん不安になって、寂しくなってきました。
「よう!君はどこまでいくんだい?」
 声をかけてきたのは、初めてみるウサギでした。
「そんなにびっくりしなくてもいいじゃないか。同じウサギなんだし。だいたいこれから何日も船の中なんだぜ。しゃべり相手くらい必要だろ」
「ボクは南の港町についたら西へ向かってハムスターの森へ行くつもり。それから、どんどんと西へ向かっていくつもりだけど」
「知り合いはいるのかい?」
「ううん。はじめての独り旅」
「そうかい。オレはウーサっていうんだ。この船にはもう五回以上は乗っているからなんでも聞いていいぜ。見ての通りのバックパッカーさ」
「ウーサはこれからどこへ行くの?」
「オレかい。オレが今回目指しているのは南の果ての島だよ。そこに住んでいる、前回の旅で出会ったペンギンが遊びにこいって言うんだよ」
「そんな変な顔するなよ!どの道、旅っていうのは目的地へ着くまでが旅であって、目的地に着いちまったら、もう旅は終わっているんだから。それまでは精一杯楽しんだ者勝ちさ!」
 夜になりました。
 お月様が綺麗でした。
「船の上から見るのは、星空より月夜がいいのさ。なぜだか分かるか?」
 ビールを片手にウーサがやってきました。
「どうして?」
「そりゃあ、星空は高い山の上の方が綺麗だからさ。同じ真夜中でも、世界中で見る景色はみんな違う。同じなのは真っ暗闇の時だけ」
「でも、お月様は関係ないような……」
「お月様が出ていると安心して眠れるからさ。お前もそのうちに分かるようになるさ」
ウーサはずいぶんと酔っぱらっているようでした。
 まもなく、ラートはベッドの中でした。
夢を見ていました。
 パパの夢でもママの夢でもありません。
 今朝の夢でした。今朝はちゃんと起きたはずなのに、夢の中では寝坊していました。ヤバイヤバイ!船に乗り遅れちゃう!ラートは懸命に走っているのですが、なかなか港にはつきません。結局船に乗り遅れてしまう……そんな夢でした。
 どうしてこんな夢を見たのでしょう。ラートはしっかりと顔を洗って新しい朝を迎えました。
 そうだ!もう旅は始まっているんだ。
 それからラートはいろんな町を旅しました。何年も何年もかけて、世界中のあちらこちらを隅々まで旅しました。
 オオカミの国も、ライオンの国も、行ってみたらそんなに恐い国ではありませんでした。
 緑色の海も、洞窟に画かれた壁画も、バニラアイスのCMに出てきそうな雪をかぶった山々も、行きたいところは全て回りました。
 今度は、どこへ行こうかなと考えた時、ふと子供の頃の会話を思い出しました。
 「ねえ、ママ。お月様にもウサギが住んでいるって本当なのかな?」
 子供の頃にママにそう尋ねたのでした。
 「パパに聞いてごらん」と言われてパパに聞きました。
 「昔心優しいウサギがいたけれど、神様に御供えするものがなくて自分の命と体を差し出したっていう伝説があるんだってさ。神様はそのウサギをお月様に連れていってあげたそうだよ。ホントかどうかは知らないけれど……」
「どうして?連れて行ったのがお月様だったの?他の場所じゃいけなかったの?」
「どうしてだろうな」
どうして、今頃になってこんな事を思い出したのだろう。
 ラートは空を見上げました。お月様は出ていませんでした。ただ綺麗な星々がにじんで見えました。
「お家へ帰りたいナ……」
ラートはハッとしました。
 ぼく……、分かったかもしれないよ。どうして神様が心優しいウサギをお月様に連れていってのか。
 だって、お月様ならきっとどこかでパパやママがお月様を見ているかもしれないから! それにお月様からなら、パパやママも見えるかもしれないし……。
 ラートは再びふるさとへ戻ったのは、それから間もなくのことでした。
おしまい。

いいなと思ったら応援しよう!