里親を探すつもりの猫の名は「1」 愛着がわかないように

※5年前に書いたエッセイです。

冬になると、甘ったるいものが食べたくなる。

思い返してみると、一昨年の冬はキャラメルばかり食べていたし、去年の冬は黒糖の飴ばかり食べていた。そして、今年は「しょうがミルクのど飴」を3日に一袋の割合で食べている。すごくおいしい、というわけではないのだけれど、止まらない。

9年前の冬、一匹の猫が我が家に来たきっかけも、甘いものだった。

その猫は、元々妻が勤務している会社の敷地内で過ごしていた(妻のいる会社の敷地には工場もあり、かなり広い)。

妻もたびたび見かけていたけれど「守衛さんが毎日エサをあげている」ということだったので、静観していたらしい。

ある日、妻が会社から帰ろうとすると、その猫が鳴きながらついてきた。その日は「危ないよー、守衛さんにご飯もらってきなー」と、話しかけて帰ってきた。次の日も帰ろうとすると、その猫が鳴いていた。こうなると、もう気になって仕方がないのが、妻である。

「どうしたの? お腹すいてるの?」と、声をかける。猫はひたすら鳴いている。あいにく猫が食べられるようなものは持っていない。近くにはコンビニもない。バッグの中を探してみると、出張帰りの同僚からもらったラスクが1枚入っていた。

「ゴメン、今これしかないんだけど、食べないよね。こんなの……」と、ラスクを猫の前に置く(普通、猫はラスクなど食べないし、そもそも猫にラスクなんてあげない)。

猫は、ものすごい勢いでラスクを食べ始めた。ちょっとほうっておけない食べっぷりだった。

次の日、社内で確認したところ、どうやらエサをあげていた守衛さんが退職したらしい。

妻は、その話を聞いて、猫を連れて帰ることに決めた(「エサをあげていたのなら、それも業務として責任もって引き継いでから辞めてほしいよね」と怒りながら)。

その猫は、生後約1~2年のメス猫だった。黒と白のツートン柄で、愛嬌のある顔をしていた。我が家にはすでに4匹の猫がいたため、里親を探すつもりだった。

短い付き合いになるのであれば、あまり情が移らない方がいいだろう、ということで仮名を数字の「1」にした。

……が、血液検査の結果、「1」には内臓疾患の可能性がある、と診断されて、里親を探すことをあきらめた。

いや、「あきらめた」というのはちょっと嘘だ。
猫を保護したときにはいつも「手放したくない」という気持ちと、「多頭飼いの我が家は、猫にとって最良の家ではない」という気持ちの両方がある。手放さない理由が欲しかったりするものなのだ。

「1」はそのまま「いち」という名前で、我が家に加わることになった。

臆病で、2階の寝室から外に出られない。風雨や雷の音が大嫌い。ちょっとドンくさくて、他の猫にも攻撃されがち。人間も苦手で、どうやって外で暮らしていたのか不思議だけれど、僕と妻にはべったり甘える。

外で、もしかすると2度も冬を体験したかもしれない「いち」を、僕らが甘やかさないはずはない。

そういえば、ラスクの話には後日談がある。
「いち」が我が家に来てからずいぶん経ったある日のこと。妻が、出張帰りの同僚からあの日と同じラスクをもらって帰ってきた。

「あのとき、いちは本当にひもじくて、このラスクを食べたんだよ。寒くて、かわいそうだったね」と、しみじみ思い出す妻。

僕は、なんとなくそのラスクを開けて、「いち」の鼻面にひとかけら置いてみた。

食べた。すごい勢いでガシガシ食べている。

なんのことはない。「いち」はひもじかったわけではなく、ただのラスク好きだったのだ。

※本来、猫に人間の食べ物をあげてはいけません。
※「いち」は2017年2月現在14歳。網膜剥離で目があまり見えていないようだけれど、元気です。

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仁尾智(におさとる)
そんなそんな。