○△□

「○と△と□、どの形がお好きですか?」

電車で隣り合わせた初老の男性が、突然僕に尋ねてきた。

僕はとっさに質問の意味を理解できず、何も答えることができなかった。ただその男の顔を間の抜けた顔をして眺めることしかできなかった。

男はそんな僕を見て、穏やかに微笑んだ。

その笑みは、いたずらっ子のようでもあり、照れくさそうでもあり、戸惑っている僕の様子に満足しているようでもあった。

その顔がとてもいい顔だったので、僕の警戒心は一気に緩くなった。それと同時に男の不可思議な問いに僕なりの答えを出そうと、少し思案していた。

男は、そんな僕の気持ちの動きを察したのか、うなずくように眼を伏せて、そのまま眠ってしまった。

僕はその横で、これまでに考えたこともない「○」と「△」と「□」という形について考えた。

何十分経ったのだろうか。それともほんの一瞬だったのだろうか。寝ていたのだろうか。起きていたのだろうか。

ふと気付くと、男はいつのまにか席を立ち、銀色の手すりにつかまりながら、穏やかな顔で僕を見下ろしていた。

「私は次で降りますが、どうですか? 答えは出ましたか?」

僕はなぜか少しかしこまって、背筋を伸ばしてからはっきりと答えた。

「△のせめぎあっている感じが好きです」

男は僕に何かを言い聞かせるようにゆっくりとうなずき、滑るように電車を降りていった。

残された僕は、電車から降りるまで、何度も何度も「○」と「△」と「□」について反芻した。

スキがなく完璧な風情の「○」よりも、どっしりと安定していて面白みに欠ける「□」よりも、せめぎあっている感じのする「△」が、やっぱり僕には好ましく感じられた。

「そうか、僕は△が好きだったのか」

不思議な男の不思議な問いが、自分では気付かない自分に気付かせてくれた。

そのことが愉快で、僕は少し笑った。(完)

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仁尾智(におさとる)
そんなそんな。