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好きなこと

「今度こそ。今度こそきっと上手くいく!」

これで何度目かなんて、自分のことながら数えていられない恋愛の始まりに、美梨は高揚していつもより多めにオードトワレを振りかける。それはまるで神様にご祈祷する儀式のようであり、いわゆるゲン担ぎのようなものだ。シュッシュッシュッ!と気前よく自分に振りかけてホッと安心したように大きなため息をついた。

「でもなぁ……。またダメだったらどうしよう」


美梨は自他共に認める、いわゆる「だめんずメーカー」だ。男の意のままにワガママを聞いてしまって、結局自分で自分の首を絞めて自滅して終わる。

前回のケンジもそうだ。会うたびにカラダを求められるのが、少々とうの立ち始めた女としての自己肯定感を爆上げしたが、結局は美梨より10も若い女にケンジが目移りした途端、お払い箱になった。

「何なのよ!私はあなたの何だったのよ!」などと泣き喚いたところで後の祭り。余計に男の気持ちは美梨から離れ、「ウザいおばさん」扱いされて終わった。

35才。仕事は一応順調だ。30才で立ち上げた念願のリフレクソロジーサロンには固定客がしっかりとついて、生活は安定している。お洒落にも気を使い、男ウケするファッションもリサーチ済みでデートの度に褒められる。一体何が悪いのか、自分では見当がつかない。

サロンを立ち上げて軌道に乗るまでの3年間は、一切、色恋沙汰は自ら遠ざけていた。絶対成功させてやる、その気持ちはもう後戻りできないという焦燥感と、以前からの夢の実現のために自分で課した決め事だった。余裕のでき始めた33才あたりから少々焦り出して、マッチングアプリなどのサイトを使って相手を探そうとしたが、時既に遅し。なかなか好条件の相手を見つけることはできなかった。

出会いを求めて夜の街に繰り出すも、場末のバーで出会うのはいいように女を利用しようとするどうしようもない輩ばかり。その時々で、目当てはカラダだったりお金だったり。そんなに自分は男の目からは物欲しそうに見えているのかと、美梨は薄っぺらい恋愛もどきに失敗するたびにほぞを噛む思いで項垂れるのだった。


もう恋愛はしない。私には仕事がある。愛するサロンは私の血と汗と涙の結晶だ。男などいなくても、一生一人で楽しく生きてやる。寂しくなどない。私は自分の選んだ人生に誇りを持っている。

そう思い込もうとしてはみたものの、やはり一年のうちの何度かある特別な日になると、インスタに上がる友達の羨ましいラブラブ写真にこれまたほぞを噛む思いで一人項垂れるのだった。

クリスマス、お正月、バレンタインデー、ゴールデンウイークや夏休みなどの大型連休。その恒例行事のようなイベントの度に一人でいることのひもじさは、言葉にならない負い目と寂しさで打ちのめすように美梨を追い詰めた。

だからだ。だからちょっとした出会いや誘いに「今度こそ!」と期待を込めて突っ込み、力が入りすぎて自滅するのだ。

男たちの言い訳はいつも同じだ。

「いや、そんなつもりはなかったんだよね。ちょっと暇だから声かけただけなんだけど」

「ごめん、実は彼女いるんだ」

「結婚?それはあり得ないよ。俺、結婚願望ゼロだし」

どいつもこいつもふざけやがって。だったら最初からそう言えよ。遊びだからそのつもりでって。付き合うとか結婚とか真剣に考えてる私は一体何なのよ。完全に独りよがりのピエロだよ。情けなくて涙も出やしない。

もう諦めた。こうなったら思いっきり自由を謳歌するぞ。一生独身で男は要らん。気の合う相手がいたらたまに遊んでやってもいいけれど、もう期待はしない。恋愛の先には必ず結婚があるなんて少女漫画や純愛小説でもあるまいし。何ならこっちが遊んでやるわ。はぁ?結婚?そんなもん要らん。自力で食べて、自力で生きる。そう決心した翌日、悠人に会った。


「あれ?もしかして、美梨?高橋美梨?」

いつものバーで一人飲んでいると、後ろから不躾に声をかけられた。

驚いて振り返ると、そこにいたのは中学の同級生だった野崎悠斗、その人だった。

「えぇ?悠斗?めっちゃ久しぶり!」

中学卒業以来だから、かれこれ20年ぶりか。年月の長さを軽々と超えるように軽々と声をかけられるなんて、私はよほど成長していないということか。美梨は何だか少しがっかりした。

「よく私ってすぐにわかったわね。私、そんなに変わってない?」

「いや、大人になったよ。でも一瞬でわかったよ。何でだろう、自分でもよくわかんないけど」

化粧もファッションも頑張っているつもりだけれど、効果はないということか。明日からは今までのように時間をかけず、手抜きで行こうと美梨はひとりごちた。


悠斗とはその後3時間、話が弾んでお酒も進んだ。いつも一人でこのバーに飲みに来ていると言うと、悠斗もそうだと言う。なぜこれまで一度も会わなかったんだろうと不思議に思いながらも、これも何かのご縁かもしれないと自分の都合の良いように解釈して昨日の決心は跡形もなく消えて無くなった。

それから3日と空けずに悠斗とデートを重ねた。灯台下暗しとはよく言ったもので、こんなに近くに運命とやらは転がっていたのかとこの偶然の出会いに感謝した。これはもしかしたらもしかするかもしれない。いよいよ私も「運命の人」に巡り会えたのかもしれないと日に日に気持ちは昂っていった。

最初の再会の日から3ヶ月が経つ頃、身体も心も、もうすっかり悠斗仕様に出来上がっていた美梨は、当然のように悠人に提案をした。

「ねぇ、悠斗。このままいったら私たち、良い方向に進んで行けるのかな?」

「へ?何の話?」

・・・・・。何だか嫌な予感。

「ええと、その、あれよ。将来的に、私とのことをどんな感じで考えてるのかな?って」

「ううん、どんな感じって言われてもなぁ・・・」

「け、結婚願望とか、ある?・・・それとも、ない?」

「願望って・・・。俺もう結婚してるし」

・・・・・・。

何それ。


まぁ、別に良いけどさ。わざわざベッドに入る前に「あなた結婚してますか?」なんて聞かないしね。お酒飲む前に「もしかして結婚してますか?」なんて聞かないよ。

でもさ、当たり前の顔で言わないでよ。そこに愛はないのかよ。あんなに楽しそうにしてたくせに。あんなに気持ち良さそうにしてたくせに。あんなに何度も。


「あ、あの。ごめん!俺、言ってなかったっけ?結婚してるし子供もいるんだ。女の子。今年幼稚園。可愛くてさ。めちゃ俺に似てるんだよね。あはは・・・」

あ。そうですか。はい、ソレハヨカッタデスネ。


いつだってそう。当たり前の顔をして。男たちはみんな「そんなつもりじゃなくて」と言う。私は自分に言う。そういう風にしか見られてないってこと、もうそろそろ学習しようよ。

美梨は何度目かの落胆と共に毎度のシチュエーションのデジャブに気が遠くなる。何の修行だよこれ。


通り過ぎてゆく男たち。通り過ぎてゆく思い出。尽くしては裏切られ、手のひらを返され、そっぽを向かれ。それでもなぜか芯から憎んだり恨んだりする気になれない。それはきっと自分に原因があるのだろうといつしか思うようになった。きっと私は人恋しいのだろう。いつも誰かを受け入れたがっているのだろう。きっと寂しいのだろう。

一人で立っているように思っていても、どこかで誰かの愛情を欲しがっているのだろう。だから寄ってくる男たちを受け入れてしまうのだろう。その寂しさを癒すのは誰でも良いわけじゃないのに。一緒にいて欲しいのは誰でも良いわけじゃないのに。

明日、目が覚めたらまた振り出しに戻っている。誰もいない、一人の世界に戻っている。それでもとりあえず前を向いていよう。仕事して、ご飯を食べて、自分の好きなことをして、自分のための時間を過ごそう。

新しい出会いはきっとまたやってくるだろう。初めてのように気合を入れて、多めにオードトワレを振りかけてご祈祷して。

良いんじゃないかな。そんな私でも。まずは自分で自分を好きになろう。だめんずメーカーでも良いじゃない。好きでやってることだもの。思い出は一瞬で消えて無くなっても、愛した記憶は残ってる。

私は人が好きなんだ。愛することが、好きなんだ。



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