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厚みを増して人間になった息子

今月の一日に家を出た息子が、東京での活動のため帰ってきた。
二週間ぶりに見た息子は、明らかに違う顔になっていた。
「おや?」と思うほどに、健康的で色艶が良い。
太った、と言うことではなく、顔色が良くてその身体も顔も“厚み“ができたように見えたのだ。

厚み?
うまく言えないけれど、何というか、立体的に“人間になった“のである。

このうちで暮らしていた15年間、息子はある意味自分のことしか考えずに生きてきた。
したいことをし、寝たい時に寝て、起きていたい時は永遠に起きていた。
食べるものは何も言わずとも母が勝手に作って出てくるし、いつも清潔な衣服を身につけていた。自動的に。
そこに彼の思考や努力はほぼなかった。
暮らしに対してある意味非常に希薄に生きてきたのである。

パートナーができて、彼女と一緒に暮らしたいと言ってきた時は喜びと共に「大丈夫か?」という心配も正直あった。
果たして暮らしてゆけるんだろうか、と。
彼女にひたすら迷惑をかけるのではないだろうか、と。

しかしながら、それは杞憂に終わる。愛の力は偉大であった。
彼女のために毎日食事を作っている。掃除をし、買い物に行き、人のために料理をしているのだ。
あの、なんにもしなかった息子が、である。
驚きと共に、彼女に莫大な感謝の念を抱いた。
「息子を人間にしてくれてありがとう!」と。

息子は毎日彼女のためにいそいそと家事をしているのである。
キッチンをおしゃれなカフェのようにリフォームし、ホームセンターでさまざまなキッチンツールを買い集め、毎日毎日料理している。
愛の力は偉大である。

そうして約二週間が経ち、帰ってきた息子は“厚み“ができていた。
人間としての存在意義を見出した体になっていた。
聞くと、体重は全く変わっていないそうで、これは一体どういうことなんだろうと自分の目を疑ったほどだ。

「めっちゃ動いてる」という。
確かに家事全般を担うには動かないといけない。
朝に起き、日中よく動き、よく食べ、夜になると寝ているようだ。
当たり前だが以前は違った。
大体、明け方の4時か5時まで作業して、それから風呂に入って寝る。
午前中は寝ているし、ヘタをすると2時ごろまで寝ているのだった。
朝日を浴びない生活。そして完全夜型。そりゃあ顔色悪く薄っぺらい体になるわけだ。

見慣れていたので何とも思わなかったが、いかに不健康な生活だったかがわかる。それぐらい、見違えるように半月ぶりに見た息子は健康的に変わっていたのだ。

有難い。
彼女に感謝だ。
彼女は会社員でお勤めなので、朝早くに家を出て、夜帰ってくる。
息子は家で作業するので、自ら家事全般を請け負うことにしたのだそうだ。

息子が言うに、息子は今、彼女を“育てている“らしい。
ご飯を食べさせ、洗濯をし、掃除をし、世話を焼き、寝かせる。
まるでこれまでの私ではないか。
役割が変わったのだ。
息子はこの2月からお母さんになった。
彼女が愛しくて仕方ないと言う。
面白い。とても面白い。
人間、いつ何が起こるかわからないし、人生っていつ何時、そのステージがガラッと変わるかわからない。
わからないから面白い。そしてその変化によって、人間は成長するのだろうと思う。

これまで生きてきた道のりで培ってきたものや与えられてきたものを、今度は別の誰かに自ら与える立場に逆転したりもするのだ。

娘はいう。
「これまでママのダダ漏れ愛に満たされてきたからこそ、彼女に愛情を注げるんだよ。これまで自分のしてもらったことだから当たり前に自然とできるし、したいと思えるんだと思うよ」
そうであってほしい。これぞ無償の愛だ。そしてそれは自然と循環するのだ。

息子は母に向かって言う。
「マジで今まで有難かったよ。こんなこと、毎日毎日よくやってきたね」
当たり前だ。産んだらノンストップ。母親に休憩なし。

「その感謝の気持ちを知れてよかったね。彼女に感謝だよ」
感謝も循環する。本当に、マジで、私は彼女という存在に息子が出会えたことに感謝している。息子を人間にしてくれてありがとうございます、と。

家事マニアと化した息子から、掃除や洗濯を要領よくやるための質問攻めに合う。なるべく洗い物を少なくするために工夫して料理することや、洗剤やクレンザーや漂白剤の使い方。洗濯物の仕分けや洗剤の使い分け、光熱費を節約するための暮らしの知恵など。話し出したらきりがない。こんな主婦同士の会話のような話を息子としている状況を不思議に可笑しく感じながらも、息子とお茶を飲みながら話は尽きない。こんな時間を持てることにも感謝。改めて、私は今とても幸せだなぁと深く感じた。

もっと話したかったけれど、整体の予約の時間になったので仕方なく腰を上げた。息子ももうそろそろ向こうに戻る時間だ。
またひと月後、イベント開催のために帰ってくるので、続きはその時の楽しみに取っておこう。それまでに、これまで積んできた主婦の知恵を書き出しておこうか。

息子もきっと、また会う時は今よりも更に“人間“に進化しているだろう。
いろんな経験を積んで、少しずつ厚みを増しながら。

とてもとても、楽しみだ。

#交換日記 #息子 #経験 #感謝 #愛情 #エッセイ

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