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Cafe SARI . 2 「 恋バナはCAVAの泡に弾けて 」

春の嵐が吹き荒れる。季節が変わろうとする時、せめぎ合う気圧の波は激しく上下し、昼間は暖かかった気温も朝晩は急降下。この時期、体調と共にメンタルを崩す人が多いと聞く。桜の時期が好きだったのは心も身体も若かった頃の話だ。今の沙璃には花粉アレルギーも重なって一番憂鬱な季節になってしまった。

こんなにも自分は繊細だったのかと驚くとともに、もう無理はできないお年頃なんだなと軽いため息をつく。さぁて、気持ちを切り替えて今夜もそろそろ店を開けるとしようか。壁の時計は午後6時を回っている。


今夜のCafe SARIのメニューは牡蠣のグラタン、大根とホタテのサラダ、トマトとハーブで煮込んだ洋風肉じゃがを作った。自家製ピクルスは常連客に好評でいつでも出せるように常備している。大した料理ではないが、沙璃はこの店を、一見さんも常連客も誰もが気張らずリラックスしながらお酒を楽しめる空間にしたかった。美味しい料理は話を弾ませ、仕事帰りのお腹を空かせた若い男性客にも喜ばれた。そしてこのところ、若い人達を中心に「糖質ダイエット」の流行りが影響してか、お酒はビールよりもウイスキーやジンが人気だ。以前はまず一杯目は生ビールを、というのが王道だったけれど、時代が変われば飲み方も変わるということか。

人気の飲み物に合わせるように、自ずとハイボールやジントニックなどに合う料理を作るように心がけている。中にペンネを仕込んだ牡蠣のグラタンは注文が入ってからチーズをかけ、オーブンに入れて焼き色をつければいいだけだ。3時間前から仕込んであるトマト味の肉じゃがは今頃ストウブの鍋の中でじっくりと旨味が染み込んでいるだろう。ニンニクとハーブの香りでお酒も進むはずだ。サラダは冷水に晒してシャキッとさせた大根をキッチンペーパーでよく水気を取り、ほぐしたホタテの貝柱と共に、お客に出す直前にマヨネーズがベースの特製ドレッシングで和える。隠し味はワサビだ。仕上げに炒り胡麻を指先ですりつぶしながらトッピングして。ちょっとしたことだが沙璃なりのこだわりはいくつかあった。できることは手を抜かず、丁寧に作りたい。「美味しい」と喜ぶお客たちの笑顔を見るたびに沙璃自身も嬉しくて気分が上がるのだった。


「沙璃さんこんばんは〜」

グラスを磨いていると聞き慣れた声がして沙璃は顔を上げた。今夜の一番のお客は最近よく通ってきてくれるアラサーのOL、田代洋子だ。洋子は沙璃のことを姉のように慕い、何かと相談事を持ちかけてくる。ワインが好きで沙璃の作る創作料理もとても気に入っているようだ。


「洋子ちゃん、いらっしゃい。お仕事お疲れさま」

「わぁ~、いい匂い!今夜は何があるの?」

「牡蠣のグラタンよ。それと大根のサラダ。お腹空いてる?肉じゃがもあるけど」

「わぁ、全部食べたいなぁ!じゃあ……牡蠣のグラタンとぉ、大根サラダ。となるとワインは白がいいよね?」

「そうね、さっぱりしたいならCAVAにする?」

「あ、いいねぇ!するする!カバちゃんにするっ!」

スペインの発泡白ワインCAVAはカジュアルで手頃なところが女性に人気だ。ホワイトソースをさっぱりと頂くにはぴったりだと思い、いつもは赤ワインを嗜む洋子に提案した。

「いただきまぁ〜〜〜す」

焼きたて熱々の牡蠣のグラタンをハフハフと頬張り、冷えたCAVAをスイっと流し込む。

「っくぅぅ〜〜、たまらん!」

「でしょう〜?ふふふ」

「仕事して家に帰ってから時間のかかるグラタンなんて作ってられないもんね。手の込んだものはここで食べられて幸せ〜〜」

「そう言ってもらえると作りがいがあるわ」

「ねぇ、沙璃さんも飲んでよ。CAVA、開けっちゃったら残せないでしょ?」

「あら、いいの?それじゃあ、お言葉に甘えて」

沙璃は黄金色に輝くCAVAを泡が溢れないように静かにグラスに注ぎ入れ、待ち構える洋子のグラスに軽く添えるようにして乾杯した。

「洋子ちゃん、いただきまぁす」

シュワシュワとした液体が心地よい刺激とともに喉を駆け抜けてゆく。あぁ、生きてる。一日の最後にこうして美味しいお酒を味わえることに素直に感謝する。大人というのは日々いろいろあるけど、この労いのひとときがあるから乗り越えていけるのだ。

二人は思わず顔を見合わせてやわらかな笑みが溢れた。


「ねぇ、沙璃さん。相談があるんだけどぉ…」

「今夜はなぁに?」

「あのね、私、顔、薄いと思う?」

「顔が薄い?って、何よ」

「う〜〜ん、人よりメイクが薄いのかなぁ?と思って」

「誰かに何か言われた?」

「たまに言われるんだよね、「すっぴんですか?」って」

「誰に言われる?」

「えぇ?まぁ、その、あれよ。えぇと、同僚…とか」

「ははぁん、さては…気になる男性?」

「あ〜、もう。なんで分かるのよ。恥ずかしいなぁ」

「いいじゃない。その人の目が気になるってことは、そういうことよ。で?どんな人なの?」

「それ聞く?もう、恥ずかしいってばぁ」

「聞いてほしいくせにw」

「えへへ、そうなんだけどね」


アラサー女子のお悩みといえば仕事の愚痴が圧倒的だが、こうして恋バナに花を咲かせる洋子は性格が明るくて何事にも前向きだ。不平不満ばかりを口にする人間は自然と口がへの字に曲がる。そして眉間に皺が入る。人相が悪くなって必然的に縁遠くなる。いつでも朗らかで人懐っこく、よく笑う洋子はきっと男女関係なく人気者なのだろうと察しがつくのだった。いつも笑顔の人の周りには、男女問わず自然と人が集まることは、このお店を始めてから沙璃が最も実感することの一つだった。沙璃は洋子の笑顔が好きだ。屈託なく、誰に媚びることなくよく笑う洋子は、同性の目から見てもとても魅力的だと感じる。


「洋子ちゃんはどちらかというとナチュラルメイクだとは思うけど、せっかくメイクしてても「すっぴんですか?」なんて言われるのはちょっとショックよね」

「そうでしょ?何だか『色気がない』って言われてるような感じがして。もう少し女らしく見せたい気もするのよね」

「だったら、色目を少し変えてみるといいかも。目元のカラーを変えるとグッと印象が変わるわよ」

「色を変えるなら口紅の方が簡単でよくない?ピンク系を色っぽいワインカラーにするとか」

「夜のデートならそれもいいけど、仕事場で濃い色の口紅はあまりお勧めしないかな。それより、人と話をする時って目を見るでしょ?洋子ちゃんはブラウン系のナチュラルカラーを使ってるから印象に残らないのね。少し赤みを差すと色っぽくて印象的になると思うな。目尻寄りの瞼にコーラルピンクを薄く重ねてみたらどうかしら。優しげで、女らしさが出ると思うわ」

「そっかぁ、話すときは確かに目を見るわね。ヨォシ、大人女子カラーの目元で勝負してみるか!」

「いいと思う!」

どんな目元にするか、そこからスマホでの検索が始まった。「今どきメイク」「フェミニンカラー」「新色アイシャドウ」などなど。今はこうして店に出向く前に下調べをしておくのが常識らしい。お勧めカラーの中から好みのものが決まったらそこからサイトに飛んで即購入すれば明日には届く。なんと便利な世の中になったことか。


「ねぇ沙璃さん、CHANELの新色、これいいと思わない?買っちゃおっかな〜」

「待て待てw。メイク用品、特にカラーものは必ず店頭でテストした方がいいわよ。その人の肌の色によって出方が違うの。ラメやパールの入り具合も確かめた方がいいわ。一度使ってダメでお蔵入りになったもの、ない?」

「あ〜〜、ある。見た目はバッチリだったのに、試さずに買って帰っていざつけてみたらギラギラに光って使えないってのがありました」

「でしょう?値段に関係なく、使わないものは無駄な買い物だからね。失敗したくないじゃない?お店に行って、なじみ具合とか色の出方をしっかり試してきて。アドバイザーがいるカウンターがあるところなら使い方を教えてもらえたりするし、自分に似合うものをプロに選んでもらうのもいいと思うわよ」

「そっかぁ。自分で選ぶのって、いつも同じ感じになっちゃうのよね。変えたいなって思ってもどんな風に変えればいいのかもわからないし」

「だからこそ、プロに任せるっていうのも一つの方法よ。洋子ちゃんの新しい魅力が開花するかもよ!」

「楽しい!今度の休みに早速探しに行ってみるね」

「では、今夜は前祝いと行きますか。美しくなった洋子ちゃんに、もう一度カンパーイ!」

「あれ?でもまだ彼とうまくいく保証はないんだよね?お祝いは早いんじゃないの?」

「まぁ、カタいことは言わないの。自分自身が気分良くなって自信持てるようになれば、恋もきっとうまくいくわよ。まずは自分が輝かないと。それで?彼ってどんな人なの?教えてよ〜」


女同士の恋バナほど、楽しくて気楽なものはない。ましてやこれから始まる恋の話は幾つになってもワクワクドキドキ。話も弾んで杯を重ねる今夜のお酒は、二人の乙女心のようにキラキラと輝きながら、色鮮やかに弾けて香った。


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#小説 #CafeSARI   #メイク #恋ばな #CAVA

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