手を繋ごう

最近、手、繋いでますか？

恋人と、夫や妻と、子供と、友達と、親と…。

人の温かみが直接伝わる。その人の体温を感じて、握りかたで愛情を感じて、自分に対する思いを直に感じることができる「手を繋ぐ」という行為。

小さな頃、誰に教わった訳でもないのに誰かの横に立つだけでスッと手を繋ぐ癖があった。

私は上に二人姉がいて、三番目の女の子だったので皆に可愛がられて育った。下に弟がいるのだが、彼の存在は別格。「待望の男子」である弟はまるで一人っ子のように扱われていた。なので親や祖父母にとって、末っ子は私。いつも誰かが側にいて手を繋いでくれていたように思う。甘えん坊だった。

学生の頃も友達と歩くときはよく手を繋いだ。別に意味はないけど、子供の時から「隣にいる人とは手を繋ぐ」という生き方をしてきたので自然と。そして拒否られたこともなかったので。並んで歩くとき、手を繋がないと相手との距離感がつかめない。上手く歩けなかった。ぶつかったり離れて声が聞き取りにくくなるのが嫌なのだ。で、よく言われたのが、

「ねえ、真っ直ぐ歩いてくんない？どんどんこっちに寄ってくるんだけどww」

あ？ごめんごめん。そんなつもりは全くないのに、何故か隣の人に寄っていくらしい。

子供にも言われた。「ママ、真っ直ぐ歩いてよ！溝に落ちちゃうよ！ww」

あれあれ、大変だ。私、自分一人で歩くときは一応真っ直ぐ歩けるんだけどな。隣に人がいると何故だかくっついていっちゃうんだな。知らんかった。

いつしか大人になり、人生を二人で歩いていこうと約束した人とは、いつのまにか繋いでいた手を離してしまった。しかも2回も。

もう、この先の人生、誰とも手を繋ぐことはないのかもしれない。それくらい、一人で真っ直ぐ歩くことに何の違和感もない生活になってしまった。

プライベートはともあれ、大人になってから手を繋ぐという行為自体が格段に減ったと思う。そんな日常のなかで、印象的だった「手を繋いだこと」。

３年前の夏休み、私は実に7年ぶりに帰省した。親不孝もいいところだ。なにせ、２度も離婚していることで実家近辺や親戚に対して肩身が狭いということもあるのだが、子供が成人してからはそれぞれ好きなときにじいちゃんばあちゃんの家に遊びに行けるようになったこともあり、わざわざ世間体の悪い私が帰らなくてもいいよね、と思うし、実家には姉がいるので、両親(今のところ二人とも元気で世話要らず)のことは心配いらないということも大きい。姉には甘えさせてもらっている。

7年ぶりに帰ると両親はとても喜んでくれた。料理自慢の母は今でも研究熱心で、健康のためにと新しい食材やレシピを取り入れ、美味しいご馳走をふるまってくれた。

耳が遠くなった父親は、一通り近況を報告すると、もうあまり沢山喋ろうとせず、大人しくしていた。もともとスマートな人だったけれど、また一回り痩せたみたいだ。ちょっと気持ちが後ろ向きな感じがした。声にも力がなく、弱々しい。そりゃ無理もないね、80代も後半に入ったんだもの。

親戚が久しぶりに集まって賑やかに過ごした久しぶりの実家の夏休み。あっという間に東京へ帰る日が来た。

帰り際、実家の前に見送りに出てきてくれた両親にお礼を言うと、母は「今度は東京に遊びに行こうかな🎵」と楽しそう。白髪一本無い、奇跡の80だ。まだまだ人生前向きに謳歌していくだろうと安心する。

そして父にもお礼を言うと、父は思わぬ行動に出た。目を潤ませ、私の手をぎゅっと握ってきた。少し戸惑ったが、その手の力が予想を裏切ってとても力強くて驚いた。そしていつまでたっても離そうとしない。「○○ちゃん、元気でな。また帰ってきてな。お父さん待ってるからな。待ってるから。」と何度も繰り返す。

こちらまで泣きそうになってしまい、握られた力に負けないくらいぎゅーっと握り返した。「うんうん、分かったよ。お父さんも元気でいてよ!!」

なかなか離さない手を、なんとかやんわりと押し戻し、ハグをしてバイバイした。

小さい頃はいつも誰かの手を探していた。自然と誰かが隣に寄り添ってくれて、その手を握ればよかった。それで安心して何処へでも行けた。父の手はその中でもひときわ大きくて優しくて心地よい感触だったことを不意に思い出した。もう何十年も握っていなかった父の手。こちらから繋ぎに行くことが無くなってからは全く触れることなんてなかったので、あのときの別れの握手は私の中では格別だ。

あの力強く握られた手に、沢山の言葉が詰まっているような気がした。もっともっと話がしたかったんだろうと思った。口下手な上に耳も遠くなり、言いたいことや聞きたいことは山ほどあるけれどできなかったんだな、と思う。

子供の頃に沢山繋いでもらって沢山愛情をもらった手。遠く離れているからいつでも繋いであげることはできないけれど、そのぶん沢山言葉でお返ししていこうと思う。時々電話をして、声を聞くだけでも少しは返せるかな？

手を繋ぐことは、お互いの愛情と安心を伝えられる一番簡単で優しい行為だ。言葉など無くても、そっと手を繋ぐだけで心が落ち着いて幸せになれる。

近くにいる、大切な人と手を繋いでいますか？