橘外男『人を呼ぶ湖』

 『日本怪談集 蒲団』に続く、中公文庫の橘外男オリジナル編集は、小栗虫太郎らの衣鉢を継ぐような異国を舞台にした奇譚8編。二十世紀中葉、世界各地で起こった異妖なる事件の数々を実話風に描いた怪奇幻想セレクション。解説は、倉野憲比古氏。

「令嬢エミーラの日記」
 舞台は西アフリカ。白人の若き美女が遺した日記には凄惨な事件が記録されていた。ゴリラ言語は作者のこだわりの一つらしい。ゴリラの言語学を研究する博士は、ゴリラの喜悦の言語を録音するため娘にゴリラの前で上衣を脱いで踊れと命ずる。作者は真面目に書いていたのか笑いながら書いていたのか、そこが知りたい。 

「鬼畜の作家の告白書」
 アルゼンチンが舞台。殺人及び死体損壊の罪を犯した作家の告白。軽度の傴僂だった作家は美貌の未亡人を妻に得るが…。催眠術も出てくるが、妻に対する妄執を描いた「陰獣トリステサ」と同工の作と思ったら、同作は本編の改稿版とのこと。外男は、原稿の二重売り、三重売りは厭わなかったとのこと。

「聖(セント)コルソ島復讐奇譚」
 ヴェネズエラが舞台。「コルソの女にだけは手を出すな」といわれる聖コルソ島には、島外の男と恋愛に陥った場合は、男女もろとも死の制裁で報いるという因習があった。にもかかわらず、名家の教授の息子がコルソ島出身の娘と恋に落ちて。結末は読めても、コルソの祭りのシーンが静かな迫力を醸し出している。

「マトモッソ渓谷」
 パラグアイ等国境地帯の洞窟で出逢った人獣奇譚。洞窟の美女立像に幻想色が漂うが、短くやや物足りない。

「ムズターグ山(アタ)」
 パミール高原地帯で、探検隊の美女を略奪する人獣。「マトモッソ渓谷」の焼き直しの感も。

「殺人鬼と刑事」
 スウェーデンの警部が語る犯罪奇譚。美女を略奪し、一家を皆殺しにする殺人鬼。意外な犯人を設定しているが、結末でも説明されない事項が多い。逆にそのことが奇譚としての印象を強めているともいえる。

「雪原に旅する男」
 母を求めてアラスカを旅する男。珍しく心温まる話のように展開するが、この作家はそんなことで容赦はしない。会話に方言とべらんめぇ調が使われ、当時の翻訳を読んでいるような印象。

「人を呼ぶ湖」
 オーストリア国境地帯、若い女性が魅せられ入水してしまうという伝説の湖を訪れた男女三人組に起きたこと。「少女の友」に書かれた小説だが、奇想とロマンの配合が絶妙で、湖の中の美しくも怖ろしい情景は、作中ピカ一。湖の構造や娘の奪還作戦も面白い。

 最近ではほとんどみないような語彙も駆使して整然と綴られる文章には、日本語の豊かささえ感じさせる。
 作品の多くに共通するのは、「奪われた(白人の)女性」のモチーフ。これは作者のオブセッションなのかもしれない。そういう眼でみると、奪われた女性がどうなったかをきちんと書いている「雪原に旅する男」「人を呼ぶ湖」は、首尾一貫整った作といえる。まあ、投げっぱなしというか、八方破れというか「令嬢エミーラの日記」「殺人鬼と刑事」のような作品こそ、作者の魅力なのかもしれないが。


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