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【エッセイチャレンジ15】【学級支援員日記②】ソーダ色のしおり
三つ子の魂百までということわざがある。我が子を見る限り、4歳まではほとんど動物だったので3歳で性格を決めつけるのはちょっと早いかな、と思う。だけど、確かに小学校入学くらいまでには性格の土台部分は固定される気がする。
たまに支援に入るクラスにさきちゃん(仮)という女の子がいる。さきちゃんちは大家族で、6人兄弟の3番目らしい。ちょうど真ん中である。
華奢で日によく焼けた身体は見るからに身軽そうで、サッカーが得意。本を読むのも好きで、よく「かいけつゾロリ」シリーズがお気に入りだ。
口が達者でよく言えば活発。ちょっとアレな言葉で言えばナマイキそうであるが、マスクを外すと急に幼い印象になる。まだまだ可愛い8歳の少女だ。
さきちゃんは授業中、喧嘩をしたり、男の子に蹴りを入れたり、大声や物音を立てて授業を妨害することが多かった。女の子にしては珍しい、ちょっと武闘派。だが、ゴウくんのように衝動的にやってしまうというよりは、わかっていてやっているようなところがあった。
※ゴウくんの話→【学級支援員日記①】冷たい廊下とスパゲティ
ある日さきちゃんがクラスの男の子と喧嘩をして、廊下に飛び出し、追いかけた私に悪態をついていた。
「は!?ふざけんな!あいつが悪いだろ!?ほっとけよ!!おばさん!!」
実際はもっと過激な言葉だけど。
とにかく、あんまり大声で騒ぐものだから、他のクラスまで届いたのであろう。昼休みにある先生が話しかけてきた。
***
先生
「さきほどは大変でしたね。さき、最近いつもあんな感じですか?」
私
「いえ、うるさくしてしまってすみません。
さきちゃんは…そうですね…最近ああいう風になっちゃうのが続いていますね。」
先生
「あらら…昔は違ったのにな…
私、さきが1年のときに担任をやっていたんですよ。」
先生曰く、さきちゃんは1年生のときは少し落ち着きがない程度で、さほど派手な大立ち回りは見せていなかったという。このときから特別支援学級への通級を始めたそうなのだが、ある特徴があったという。
先生
「支援級のときはすごく落ち着いてるんです。支援級の先生相手にずっとニコニコお話ししてて、とてもいい子なんですよ。」
***
言われてみれば、思い当たる節があった。さきちゃんは教室にいるときは反発しやすいが、例えば休み時間などに廊下ですれ違ったりするととてもおしゃべりだ。後ろから抱きついてきたりして、可愛いいたずらを仕掛けてくることも多い。
彼女は「先生」とか「学校」といったものが嫌いなわけではないのだ。
そう思い始めると、教室でのさきちゃんは精一杯悪ぶっているように見えてきた。わざと強い言葉を使い、大きな物音を立てる。最近では授業中、見えるように漫画を読んでいた。どれも「グレる」の王道をいっている。
私はさきちゃんによく話しかけるようになった。
「何読んでるの?面白そうだね」「指、ケガしちゃったの?どうしたの?」「今日は髪の毛結んできたんだ。いいね」
答えてくれないときも多かったが、照れくさそうに肩を揺らして通り過ぎるさきちゃんの背中は「ふん!」と聞こえてきそうで、ちょっと面白い。
***
あるとき、さきちゃんが私に聞いてきた。
さきちゃん
「先生ってさ、子どもいるの?」
私
「いるよ、7歳と3歳の男の子。さきちゃんは兄弟たくさんいるんだよね。いいなぁ、楽しそうだね。」
さきちゃん
「2人くらいがちょうどいいよ。」
そのときの妙に大人びたさきちゃんの言い方を聞いて、なんだかわかった気がした。
6人兄弟の3番目のさきちゃん。
先生と1対1だと笑顔を見せるさきちゃん。
わざと悪ぶって騒ぎを起こすさきちゃん。
さきちゃんは大人に「自分だけ」を見てほしい。
***
さきちゃんは、相変わらず本ばかり読んでいた。
歴史の伝記のときもあるし、漫画のときも、「かいけつゾロリ」のときも「おしりたんてい」のときもある。面白いよね、でも、ダメなものはダメなのだ。
私はさきちゃんが読んでいる本のページに、あるものを挟んだ。
厚紙と折り紙で作ったしおり。ソーダのような水色に、黄色い水玉模様が並ぶ千代紙を貼った長方形の板。そこに金の糸でふちどりされたクリーム色のリボンを通してある。さきちゃんっぽい、爽やかな炭酸飲料みたいなカラーリング。
さきちゃん
「なにこれ?」
私
「しおり。さきちゃんにあげる。これなら本を閉じてもページがわかるし、昼休みに続きがすぐ読めでしょ。」
さきちゃん
「ダサ。変なの。」
さきちゃんはそう言いつつページの根元に深くそれを差し込み、パタンと小気味良い音を立てて本を閉じた。
***
それからしばらくして、また授業中に漫画を読んでいたさきちゃんの手元には、もうしおりはなかった。捨てたか、なくしたかしたのであろう。
「宝物にします!」なんて展開、私も望んでいないしそれでいいのだ。
その後、さきちゃんは進級して少し落ち着いたようだ。今でもすれ違うと最近おすすめの本や、始めたばかりの習い事、プールの授業がダルいめんどいとか、そんな話をしてくれる。
先日、本の話で意気投合したさきちゃんからこんなお言葉をいただいた。
さきちゃん
「○○先生と話してると楽しい。私たちって、けっこう気が合うよね!」
やっぱりナマイキだなぁ。
さきちゃんの後ろ姿に「廊下は走っちゃダメ!」と叫びつつ、ポニーテールを上下させながら走るスカイブルーのバスケTシャツの後ろ姿が、炭酸飲料のCMみたいだな、と思った。