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【エッセイチャレンジ16】恥ずかしかった話

学生時代、外国人向けホテルでフロントスタッフのバイトをしていたことがある。実際は日本人の利用者も2〜3割いたのだけど、まぁ外国人向けと言っても問題ないだろう。周辺案内もホテルでの困り事も、聞いてくるのは外国人ばかりだったし。

開業して2年のそのホテルには、日に何度も空港からのリムジンバスが停まっていた。大きな車体の小さな出入り口からは、やたらと薄着で陽気な外国人たちが降りてきて、笑っちゃうくらい大きなスーツケースやバックパックを抱えてゲートへ吸い込まれていく。
このひとりひとりに違う文化があり、価値観があり、さまざまな選択肢の中から時間とお金をかけて日本という国を選んでやって来た。そして5つあるカウンターのうち、週3アルバイターの私の前に立っている。途方もない確率にドラマを感じさせた。
・・・実際、そんな夢想に耽る日はごくわずかで、とてつもなく忙しかったけど。

英語は嫌いではなかったけれど、中学生、よくて高校生レベルだ。しかし、人間というのは環境に順応するもので、よく聞かれる定番どころの質問についてらマニュアルがあったし、意外とどうにかなってしまった。

そもそも、英語が未熟だからという理由でスタッフを怒鳴りつけるような人ははいなかったような気がする。たどたどしくても、一生懸命、笑顔を絶やさない応対にお褒めの言葉をいただくことの方が多かった。健闘を讃えあうスケボー文化を思わせる『good job!』な精神は、スポーツじゃなくとも気持ちが良いし、モチベーションが上がる。

まぁ、日本人とは違う角度のワガママなお客さんもたくさんいたけど。

***

OJTリーダーから独り立ちした頃、外国人観光客の部屋から「テレビの調子が悪いので見てほしい」と依頼があった。
手が空いていたので「私行きます」と立候補するも、先輩が「いやいや、テレビ案件だからね…○○くん行ける?」と同期の男の子に振ってしまった。

やっぱり私の英語がいまいちだからだろうか。
それとも、機械に弱そうだから?(実際弱い)

私は思わぬ形で、真実を知ることになる。

***

その日も空調の操作方法がわからないから来てほしい、とある外国人観光客より電話があった。
先輩に部屋番号を告げ、足早に部屋へ向かう。

着いた部屋は暑がりな外国人カップルが滞在していた。テレビの横からドレッサーの前まで、お酒やら化粧品やらつまみやらお菓子やらシェイバーやら、ドン・キホーテのようにありとあらゆるものが並んでいる。私は空調の温度を下げると、調整方法を説明し、部屋を後にしようとした。

外国人客
「Hey!実はテレビの調子もおかしいんだ。見てみてくれないか?」

そう言われて立ち止まる。
お、またしてもテレビの不調案件だ。本当によく問い合わせが来る。この何の変哲もない32インチの黒い板にどんな問題があるのだろう?
すると、おもむろにビデオカードを取り出し、番号を入力し始める。


もう勘の良い方ならお分かりであろう。
ドアップで映し出されたのは18禁な作品のパッケージ一覧であった。

固まって動けないでいる私をよそに、彼らは手慣れた様子で「ジャンル:海外作品」を選ぶと、ストレートヘアのブロンド女性の写真を選択する。
白に近いほどの金髪が美しいを通り越して神秘的だ。毒々しい黒いガーターベルトとの対比が凄まじい。

そしてとんでもないアングルから彼女の下半身を写し込む映像を指差し、必死な様子で聞くのだ。


外国人客
「ほら、なんでモヤがかかっているんだ?これじゃあ肝心なところが見えないじゃないか!?」


oh…


こんなのマニュアルにはない。パニックになる頭で中学英語をフル稼働して、どうにか捻り出した。



「Linited to the law…」

"法で制限されています"

***

私の渾身のワンフレーズは伝わったようで、ビデオカードの返金できないのか、とかなんとか言われたけど丁重にお断りさせていただいた。
そして心からのエンジョイユアステイ!を言い放って戻ってきた。

フロントスタッフをしていたのは2年間。数えきれないほど濃い体験をし、十何カ国もの外国人と対話をした。
だが、英語力が小学生レベルくらいに下がった今の私が、唯一覚えているのはあのときの「Linited to the law」だけである。

動揺するとoh…って言っちゃうのは、世界共通なんだなぁ…

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