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【ウマ娘SS】桐生院葵「栞」

※一応オリトレ

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「――はぁ……やっぱり外は冷えますね。」

小さく体を震わせながら、俺を日帰り旅行に誘った声の主――桐生院葵は呟いた。

「そうですね。もうすぐ3月だというのに全然春って感じがしてきませんよ。」

そう返したのち、思わず気になってふと手元の端末で現在地の気温を確認。7.6℃。なるべく長居は避けたい寒さだ。
俺の思考に薄々察しがついたのか、若干バツの悪そうな声色で桐生院が切り出した。

「実は今……いえ、"まだ"でしょうか。悩んでいることがあるんです。」

「俺で良ければ相談に乗りますよ。」

ほぼ反射的に言葉が口を衝いて出る。
ノータイムといってもいい間隔でのレスポンスに一瞬驚いた表情を見せる桐生院トレーナーであったが、その顔はすぐに曇った。

「ありがとう、ございます……。」

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「その、悩みというのは第1回URAファイナルズのことなのですが……。」

URAファイナルズ。秋川理事長により『全てのウマ娘にチャンスを与える』という名目で開催されたこの一大イベントは、『全ての距離』『全てのコース』でそれぞれ頂点を決めるための大会だ。
そして、先日行われたURAファイナルズ長距離の決勝に俺の担当ウマ娘であるメジロマックイーン、桐生院トレーナーの担当ウマ娘であるハッピーミークが揃って出場していたのであった。

京都の3200mで行われたこのレース。結果はメジロマックイーンの勝利。直線で早めに抜け出したマックイーンが、内から猛然と追い上げるハッピーミークを頭差抑えての辛勝であった。

「メジロマックイーンさんと、○○トレーナーとあのレースで競い合えて本当に良かったと思っているんです。」

「でも、頭のどこかでこう考えてしまう自分がいるんです。……もしミークを長距離ではなく、他の距離で出場させていたならば、彼女に『初代チャンピオン』の栄誉を与えられたのかな、と。」

ハッピーミークは、とても素質のあるウマ娘だ。身体能力も、思考能力も申し分ない。
それに加え、彼女の異質さを際立たせているのが如何なるバ場・距離であっても能力を遺憾なく発揮できる、圧倒的な適応能力である。
桐生院トレーナーに『イメージさえできれば、あとはもう問題なく、完璧にこなしてしまう』と評された才能、そして弛まぬ努力により彼女はこの能力を持つに至ったのだ。

当然、URAファイナルズの開催意義から分かるように、他の距離にも強い相手はいるだろう。
ただ、エクステンデッドのスペシャリスト・メジロマックイーンをあそこまで苦しめたハッピーミークであれば……そう考えてしまう気持ちも理解できる。

「あの日、あの瞬間に感じたお二方への称賛の気持ち、自分に対する悔しさ、あれは紛れもなく心からのものでした。」

「でも、同時に生じたこの後悔が、未練が、どうしても頭の片隅に残ってしまうんです。」

「ミークはURAファイナルズの結果を受け入れて前に進めています。私も受け入れていると思い込もうとしていました。でも駄目だったんです。」

「3年間ミークのトレーナーとしてやってきてもなお痛感する自分の未熟さが、どうしても嫌になってしまって……。」

力強くも意気地の無い語調で心情を吐露する彼女の姿がいつにもまして小柄に映る。
自分が思わず口を詰まらせていることに気が付いたのは、暫時の沈黙を破る彼女の謝罪の後であった。

「……すみません。よりにもよって○○トレーナーにこんなこと相談してしまって。……卑怯ですよね。」

言葉を返さなければ。折角意を決して悩みを相談してくれた彼女に対し何も言えずに終わるのはあまりにも敬意に掛ける。
それに、彼女に卑怯者のレッテルまで背負わせるのは忍びない。

乾いた口を開く。

「一緒に考えていきましょう。」

「一緒に……」

冷たい空気に希釈されそうな返事。首肯して続ける。

「俺もトレーナーをやってきてこれで良かったのか、駄目だったんじゃないのかと考える瞬間は多くあります。正直、まだ答えが出ていないこともあります。」

「でも、無理に答えを出さなくてもいいんじゃないでしょうか。」

「桐生院トレーナーの選択……その良し悪しはまだ決まっていないんです。現時点で、誰も決めつけることはできません。何故なら、桐生院トレーナーの挑戦はまだ終わっていないから。」

「抱いた未練も背負い込んで前に進みましょう。ここで悩んだことは、きっと桐生院トレーナーの今後に活きてくると思います。」

「それに、俺から見て桐生院トレーナーは立派に成長出来ていると思いますよ。少なくとも、以前のままならこの悩みを俺に相談していなかったでしょうし……」

「そ、そうでしょうか……?」

そう返す彼女の頬には、わずかに赤が差している。

「間違いなく!」

ほぼ反射的に言葉が口を衝いて出る。
ノータイムといってもいい間隔でのレスポンスに一瞬驚いた表情を見せる桐生院トレーナーであったが、その顔はやがて晴れてゆく。

「ふふっ。ありがとう、ございます。」

「……迷っていたんですけど、○○トレーナーに話して良かったなと心から思います。担当ウマ娘にも、ライバルにも恵まれて……幸せ者ですね、私。」

「こちらこそ!同期が桐生院トレーナーで、本当に良かったです。」

ふと空を見上げると全天に星が瞬いていた。南の空に冬の大三角形とオリオン座が輝く一方、東の端にはおとめ座がちらりと姿を見せていた。

「…………○○トレーナー。私、ミークのこと……。――」

すっかり憑き物の落ちた声が、輝く空に溶けてゆく。
春は、もう目の前だ。

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