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徒然ではない図書館司書~レファレンス編① 「誕生日が知りたい」の巻~

レファレンスとはなんぞ?

答え「問い合わせ」である。

いわゆる相談窓口。

この本はあるか、この記事が載ってる新聞はあるか、様々な問い合わせをこなしてきた。

国立国会図書館のレファレンスのところに登録すべきか? とも思ったが、その時はもはや色々疲れていたのでまあいいかと思っていた。

難しいレファレンスはまず私に来る。

運がいいのか悪いのかわからないが、来るのだから仕方ない。

様々なレファレンスから抜粋する。

まずはこちら。最大にして、私の記憶に鮮烈に残っているレファレンス。

「自分の誕生日が知りたいんです」

ん?

まあ、読んだ皆さん、そう思うよね?

わかる。

私も、貸出カウンターで、ん? という顔をしたはず。

私は自分の愛想が悪いことで、なんと名指しでクビにしろと来館者が市役所に文句を言ってきたことがあるらしい。

どう愛想が悪かったのかわからない。

申し訳ないが、図書館はスマイルを0円で販売するお店ではない。

優しくされたいならお金を払えば、その手の人が慰めてくれるよ…。無料でそれをやってもらおうなんて、なんて図々しい。

話が逸れた。戻そう。

さて、私はまずは椅子をくるりと回転させ、体を相手に向けた。

あなたの問い合わせに私は、私の持ってるスキルを全部使って応じますよ、という私なりのスタイルだ。

もちろん、所蔵していない本のことまではわからない。

もはや経験で培うしかないので、なりたい人は覚悟した方がいい。無茶振りすごいので。

検索機を素通りする人は多い。

なせかわからないのだが、世間の人は、

どの図書館も、自分の望む本がある。

と思い込んでいる。出版されていない本はないよ。

あと、

司書に聞けばなんでも答えてくれる。

oh、答えてはいけないルールなんですよゴメンネ。あとエスパーじゃないから、ちゃんと情報をくださいね。

「生年月日を知りたいということですか?」

老婦人が私の言葉に頷く。めちゃくちゃ真剣だ。

「市役所に行けば、戸籍情報があるのでわかると思いますが」

「市役所には行ってきたんです。でも届け出が昔の、1月一日(いっぴ)だから…。相談したら、図書館に行ってくださいって言われて」

そんな適当なことを言った馬鹿な公務員、マジ許さねえ。図書館に丸投げしてんじゃねえよ!

しかしここでわかったのが、この人はかなりの年齢だということだ。昔はまとめて1月1日が誕生日設定だったもんな。

とにかく、レファレンスとはいかに相談者から情報を多く引き出せるかに、かかっている。

「事情は察しました。なるほど。大正の生まれですか?」

「わかるんですか!?」

明治はさすがに死んでると思うからな。あと昭和はたぶんそんな雑なことしてないと思う。

大正時代ほど、資料の少ない年代はない。

頭の中に館内に、書庫含めて、捜索できそうな大正関連の本を思い浮かべる。

ない。

もっと情報がいる。

「なにか、その当時のことで覚えていることはありますか? または、親御さんや、兄弟から誕生日に関して訊きましたか?」

「それが、弟がいるんですが、兄が私の生まれた時期にこういう歌があったと」

歌というより民謡。歌ってはいないので、完全に一部分。サビ部分かもしれない。

「あとは雪が降っていたと」

「雪ですか」

大きな手がかりだ。

「戸籍では○○年になってて」

「では、その前後ということですね」

有力情報だ。

「わかりますか?」

「まず、その年代のことが載っている本を見てみましょう。その歌や雪に関して載っているかもしれません」

年表が載っているものから捜索開始。

席を立って、貸出禁止区域に私は歩いていく。老婦人もついてくる。

「兄がなんども、こう言ってて」

「なるほど」

頷きながら迷いなく歴史書の棚に行き、ざっと眺める。

「すみません、年号と西暦の対比が載ってるものがあればわかりやすくなると思うんですが」

さっ、さっ、と本を取り出しては、ページを捲り、棚に戻す。それを何度か繰り返して肩を落とした。

「申し訳ありません。対比表が載ってる本があったはずなのですが、見当たらないですね」

「あの、あっちの、普通のところにはないんですか?」

指差すのは貸出可能区域だ。

「あちらには、こちらより詳しい書籍はありません。あ、お客様の求める情報に関してなので、誤解しないでください」

「覚えてるんですか?」

驚いたように言われて、私は他の書籍になにかヒントはないかと歩き出す。

「館内の大正関連の書籍は少ないので覚えています」

「さすが司書さんね」

残念ながら、それは私が個人的に明治大正ものが好きだから調べただけなんです、すみません。

「では次はここを」

「ここは?」

「同じ歴史書ですが、かなり雪が降ったということなので、それが載っていないか調べます。少しお待ちを。あ、なんでしたら座って待ってくださってても構いませんよ」

「大丈夫です! どうしても自分の生まれた日が知りたいんです」

必死な声だった。

正直に言うと、司書へのレファレンスの範疇を超えている。

しかし私はその気持ちがわかるので、さっと棚から本を取り出してページを捲る。

「お任せください。必ずあなたのお誕生日、見つけてみせます」

「でも市役所でも…」

「せっかくここまで来ていただいたので、私でできる中で調べます。お誕生日がわかったら嬉しいですよね」

老婦人を見遣ると、なぜか泣きそうな顔をしていた。

まってまって。まだなにも見つけてないから。

私は本を捲りながら老婦人と会話を続けた。会話の中には彼女の日常がある。そこには情報がある。

「ひとつ見つけました」

大雑把ではあったが、降雪のことが小さく載っている本を見つける。あとは歌。

さすがに歌詞はわからない。楽譜は図書館にないからだ。

「わあ、ほんとに書いてありますね。私の生まれた年と近い」

微妙にズレがあるから、あまり信用はしない。確実なものなど、ありはしない。どんな書籍でも、主観が入るからだ。

「重要書籍ではこれが限界ですね」

「そんな…」

「こちらへどうぞ」

なんと、私がリードするように歩き出したので、老婦人は驚きながらついてきた。もちろん、歩調は合わせている。

レファレンス席は空いているので、そこに座り、私は机ごしに老婦人に言う。

「お兄さんが言っていた歌を今から調べますね。その時期で、こういうことがあったんですね?」

「はい。何度も聞きました。3か月後くらいだったと」

伏せているが、いくつかのキーワードは手に入れた。

インターネットの検索にかける。

ヒット!

歌詞を確認。

パソコン画面を老婦人に見えるように動かす。

「こんな歌でしたか?」

「たぶん…」

人間の記憶は信用しない。曖昧なものだとわかっているので、とりあえずその年月を確認。

それからさらに検索をかけていく。

一つ一つ確認していき、どんどん絞りこんでいく。

私はメモを取り出して、年号と月日を書いた。

「おそらく、この間のどこかがお誕生日だと思われます」

「っ!」

「お任せくださいと申しました」

私が笑顔で言うと、老婦人は涙ぐんでしまった。

まだ見つけていないから泣かないで欲しい。

それに、私はできないことは言わない主義だ!

女性の年齢から、期限の中と合致させる作業を開始。

色んなヒントから、この日ではないかというのがどんどん決まっていく。

だが行き詰まった。

うーんと考えて、私はそうだと閃き、一気にキーボードを叩いていく。

これでもない。これでもない…。

そして、とうとう見つけた!!

「お待たせしました」

あまりにも私がどんどんやっていくので、女性はそれだけで満足していた。わからなくてもいいと途中で言い出したくらいだ。

「あなたの誕生日は、大正○○年、○月○日です」

メモにそれを書き、渡した。

老婦人は手が震えており、本当に? と訊いてくる。

「間違いありません。ご年齢や、お話の中の情報を総合すると、この日があなたの誕生日に間違いはありません」

ぶわっ、と涙が出たのを見て、私は苦笑した。

「すみません、本当に見つかるとは思ってなくて」

「見つけると言いましたから。それに、これで本当の誕生祝いができますね」

「はい!」

「ぜひケーキを買って、お祝いをしてください」

「はいっっ! ありがとうございます…」

「いえいえ。自分の生まれた日を知りたいのは当たり前です。お手伝いできて光栄です」

ハンカチで涙をふいていたのを見て、諦めなくて良かったと思った。途中で発想を逆転しなければ辿り着けなかった。

老婦人に深く感謝されたが、そのあとの二件の問い合わせも難題であった……。

が、それはまた、別の機会に書ければと思う。

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