【対談文章記載】HIxTO 西宮公演「night -宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より-」に於いて
本文はこちらの動画内での会話文を書き出したものになります。
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石本:えーっとですね
森本:改まって
石本:改まってね、この経緯を先に共有しておきたいんですけどね。2017年の大阪芸術大学の卒業制作公演というところで銀河鉄道の夜を選ばれたんですけどね。僕実は知らなくて、出演者は知ってたのかな。前の年にえらい大病を患ったんですよね。
庄:そうですそうです。その前の年に自分の命に対する考え方が一変するぐらいの……結果的にはなんにもなかったんですけど、自分と見つめるみたいな、自分の時間があって、そのへんぐらいから身体表現みたいなものに興味を持って、作品制作を取り進めてたんです。そのときに出会ったんですよね。銀河鉄道の夜。
石本:よく知らなくて。庄さんという学生さんいないねーぐらいに言ってたんです。そしたら、いやそういう病気されてて、しかもちょっと生死に関わるぐらいの大病なんでって聞いて、え!て。4回生で再び出会って、銀河鉄道やるんだよ、しかも方法論としてはいくつか変なことがあって、そのうちの1つが、銀河鉄道の夜って言ってるんですけど銀河鉄道らしき物体が一切ビジュアル的に出てこないんですよ。ちょっと変なことで。話逸れますけどはっきり言いますが、僕銀河鉄道の夜読んだの中学生ぐらいだと思うんですけど、読破してないと思うんです。途中でなんかおもんないなあ、って。
庄:いやでも小学校のときはそうかも。
石本:あるでしょ。
庄:ちょっとね僕もそうやった気がします。
石本:ものすごい正直言うと、あの松本零士さんの銀河鉄道999を見て後でちょっと読んだくらいなんです。
も:あっちの方がメジャーになった時期があるんです。はい。
い:つまりそのなんて言うんですか、ピーターパンで言えば空飛ぶ子どもみたいな話やのに、銀河鉄道の夜で銀河鉄道の物体が出てこないっていうのが、最初、えっどういうことなんって思って見てました。そのとき僕はそれが何を意味してるのか実は分からなかったんですね。あとちなみに言っておけば、今回そこを1回意識的に掘り下げようって庄さんには言ったんですけど、とっても不思議な在り方をしてるんです。舞台上で。電車ないですから。電車ないですから席もないので。
森本:席もないんですか。
庄:はい。
石本:席もないんですよ。
森本:あ、そうか電車の体も出してない。
庄:そうなんですよ。
石本:出してないんです。
森本:あるっていう設定でもなく。すごい、それはすごい。斬新だなあ。
石本:斬新でしょう。よく考えたら斬新なんですよ。
森本:イーハトーヴォの劇列車とかだと椅子だけ並べて、ある体でやるんですよね。でもそれすらないっていうのは、えっ斬新すぎません。どこ走ってるんですか。
庄:どこ走ってるのかっていう。
森本:え、すごい、じゃあ立ってる。
庄:そうです。だから身体であるっていうことが。
森本:そうかだからじゃあパントマイムでもない。椅子がある体ではないって感じですね。窓もない。
庄:窓もない。
森本:え、どこにいるんですか。精神的なところかな。心の中とか。すごい、おもしろい。
庄:んー。精神的なところと言われるともしかするとそうなのかもしれないですけど。
石本:登場人物はジョバンニの家とか、活版印刷所っていうんですかあそことか、学校とかちょっと違うんですけど、いわゆる電車のシーンだろうなっていうところにおいては人物たちがどこにも居着かないんですよ。どちらかといえば。
森本:すごい。えーすごいな。
石本:途中でたぶん、今回も出るのかな。りんごがちょっと出てるんですけど、あれぐらいが実存であとは全部なんかね、虚なんですね。
森本:それはある意味すごく賢治的ですよね。ある意味そうですよ。それは、虚っていうのは賢治ですよね。
石本:非常にね入ってくる人物がここはどこだとかね、自分の居場所を探すかのように居着かない。もうひとつ、これとたぶん連動するんでしょうけどここからここに行くときに、パパパパパっていくんですよ。
庄:舞台上で。
森本:科学的ですよね。
石本:そうなんです。
森本:テレポーテーションするってこともできますよね賢治の中に。
石本:こころなしか原子の世界にも見えるし。
森本:あーすごい賢治的だ。それはとてもとても。
庄:あ、そうなんですか。
石本:改めて僕それを、これ妙な表現方法やでって彼に言ったら、彼はたぶんねあんまり意識しなかったんです。
庄:そう、そうなんです実は。
森本:捕まえちゃってるのは心で捕まえてるから、分析じゃないんですね。すごい、それは賢治生きてたら喜ぶやつですよ。わからないけど。
石本:これは賢治的。賢治的ですか。
森本:すっごい賢治的やと思います。賢治が舞台にハマってたのってそういうとこがある気がするんですよね。自分で戯曲やったり学生さんとか生徒さんに演じさせたり、何もないところに、でも何にもないわけですよ本来は、何もないところに何かあるようにして、あるかのごとくやるっていうのはすごいなんかハマってたと思うんですけど、なんでか私わからなかったんですけど今聞いて伺ってたら科学的な何か、賢治の科学者的なものの見方とか、それこそアインシュタインとか大好きで。私もそのへん詳しくないけどわかんないんですけどなんかその、急に移動したりブルカニロ博士編って第三次稿ですね、あちらがかなりそれ的な話じゃないですか。読まれたらわかると思うんですけど、ずっとジョバンニ立ったままなんですよね。立ったままでテレポーテーションした気持ちになっていて催眠誘導を受けて、立ってて目がですね、それが四次稿になるとちゃんと寝てるのいいですよね。草むらに気づいたら寝てて横からこうやって銀河上に見てたっていうあの違いが私は大好きで。
庄:それ嬉しい言葉です。
石本:四次稿のときの。
森本:四次稿は寝てます草むらに。で、目が覚めて……。
石本:そのまえは違ってたんですか。
森本:三次稿では立ったままブルカニロ博士の誘導を頭の中で受けて、催眠実験ですね。
庄:それは僕も知ってるんです。
森本:せめて寝さしてあげて、なんで立ってんのと思って。
庄:なんでそうなったんだろうみたいなことは感じたことあります。
森本:それをなんか今伺っててそっちに近いなっていうか。彼は全然銀河には乗ってないんですよ、鉄道には。そこに立ってただけで。で、頭の中で誘導されて乗った体で目が覚めたら丘の上にいた。
庄:そうですね。
森本:でもういっこのほうは夢だったから一応夢の中で乗ってる設定なんですね。でもいっこめはひどいやって、立ったままでってそんなんある?と思ったんですよ。ちょっと今伺ってたらあれには意味があったんだな、立ってることに。寝させたりしてあげて、90分間……45分ですかね。
庄:落ちてから45分経ちました、ですね。
森本:おもしろい。それは今回は活かした感じでされるんですか。それともやっぱり今回は走らせる。
庄:あ、身体っていうのを。そうですね、乗っているというよりかはワープしていくじゃないですけど、身体が実存する感覚と離れていくような感覚を銀河に入ると持っているっていう、全員が。浮遊してる感覚っていう。
森本:それはたぶん演劇だとしんどいところを、ダンス入るからOKなんだと思います。
庄:前提に僕が銀河鉄道に、そのさっきお話ししてもらった罹病をした時に読んだ時にすごく感じたのは、宮沢賢治の思想とか銀河鉄道の世界観っていうよりかは賢治がなぜこれを書いたのかが気になったんですよ。そこをずっと考えてた時に僕もいたたまらなく何かを表現したくなった気持ちがその時突然現れてそこから今も作品を作るっていうのが続いてるんですけど、そういうのもあって、これは僕は銀河鉄道を銀河鉄道の夜を扱うために使うっていうよりかは、芸術家としての宮沢賢治が何かのこの生きている中の出来事によってこれを書かないといけなくなった衝動というか、アーティストみたいな部分にリスペクトというか繋げたかった部分があったので、僕は本を書く人ではなかったのでダンスっていうのでダンスを走らせたっていう感じはあります。
森本:まあ素敵。ダンスを走らせた。だからそっか、鉄道じゃないんだ。
石本:宮沢賢治序説、か。菅谷規矩雄さん。僕にとってみたら難解な本なんですがずっと読んでて最後のあとがきの冒頭に子どもの言葉でしか描けない世界、思考があるのだみたいなことを仰ってるんですよ。僕はようやくそこを見て、ああそういうことかと思ったんですけど。
森本:銀河鉄道の夜を読み切っていないのにあれを読み切っているのすごいです。あっちの方が難解。
石本:あのコンテンポラリーダンスってたぶん僕にとってはですけどね、僕はやらないからわからない、いややってるようなもんかいやわからない、ふたつあるんですけどポイントは。ひとつは、個々の身体が元ですよね。だからあるシステムとか方法論があってそこに体を押し込めるやつではないから。
庄:僕の場合はそうかも。
石本:そうだよね。であともうひとつは、名前がそうですけども今の時代の中とともに進んでいくってこのふたつはたぶん落とせないことで。この感じってすごい子どもなんですよ。僕にしてみたら。
庄:なるほどね。
石本:すごい子どもなんですよ。もともとコンテンポラリーダンスと宮沢賢治は相性がいいのではないかと。
森本:そうですね、今まで考えたことなかったですけど伺ってたら知らずして賢治の世界を体現されてるというか。描きたかったところ、あのひと運動神経めちゃめちゃ悪いからダメなんですけど、憧れているからっていうところがありますけど、すごいおもしろいですよね。
石本:イノセンスとナンセンスみたいなね言われ方してますけどその辺の子どもっぽさに僕らはいつもこう、どう言えばいいんやろ賢治作品では煙に巻かれるというかね、結局何が言いたいんやろうと読んでしまうとパッと足掬われる感じあるじゃないですか。童話や思って読んだらやたら重たくてクワーとなって。
森本:ひどいですよね。そんなひどいことある?みたいな。
石本:おとなと子どもともうこう持っていく感じ。実は今回演劇も入るけど演劇ってさおとななんですよ。おとなの言葉を子どものように喋ることを要求はされますけどもね。でもやっぱりこれはおとなのものなんですよ。それと、こんな割り切り方していいのかどうかわかんないけど子どものように踊るコンテンポラリーダンスと、こう巡って賢治。これはまあまあ必然。
森本:飢餓陣営ってご存知ですか。あれもそんな感じしません?あれもみんなで踊って終わりますよね、何してんのと思って。生産体操っていうのやって、戦争するより体操しようぜって体操して終わって。
石本:あれやったことあります?
森本:いやいや、ないですけど。
石本:やったらいいんです、もうやると楽しさわかりますよ。
森本:やってみなきゃダメなのかもしれませんね。身体を動かして。あの、読んでくださいね。戯曲なんで。
石本:ものすごいおバカな世界なんですよ。
森本:バカですよね。お腹空いたんで、バナナン大将っていう、大将だからだいぶ上ですよね。少将中将大将ですから。トップクラスなんですけど彼がなかなか来ないんですよ。で来ないことにはごはん食べちゃいけないんですね。待ってるんですよ。もう耐えられへんって言って、勲章がそこで飾ってあるんですよ。実はなぜか全部チョコレートとかでできててみんな食べちゃうんです。何してるのと思って。罰受けてもいいから食うみたいな感じで。で最後みんなでわーって踊って終わるっていうナンセンスもいいとこの話なんですけど、めっちゃなんで踊んの!?と思ってたんですよ、踊る意味はあったかもしれません。
石本:そうかあれそういえばある種音楽劇ですもんね。もともとね。
森本:みんなでたのしくダンスして終わりますよね。そんなんもあるんですよ。ダンスなんかあるのかもしれない。
庄:僕の中ではもう動くっていうことが必然だったので、そういう部分からのクリエイトだったので、当初から。とにかく動いてみるっていうのが、今回出てる出演者もわりかしそういう方が多くて。とにかく身体を無きにして語れないみたいな。
石本:最初のその問題に移るんですけどね。銀河鉄道はどこにあんねんと無理からに決める必要はもちろんないんですけど、強いていうなら舞台上、もしくは劇場そのもの、そう考えると非常にクリアに見えるよねって話は庄さんとしていて、で結局そうなるとどこを走るねんって問題になってきた時に、コンテンポラリー、今の時代とともに、今やねんっていう。それでわりとスッキリしたのかな。なのでタイトルも、「銀河鉄道」切って「夜」だけおこうと。たぶんこういう割り切り方今までなかったと思うんですよ。「銀河鉄道」を取る方は多いけど。
森本:そっちがあんまりにも強いから。
庄:この夜がなんだったのかの方が僕すごい魅力で。ケンタウル祭のある夜とか。なんかそういう部分を今。
石本:このお話の前に言ってて、なんでやたら今年、この2〜3年、賢治物が多いんですかと。まあ実はずっと多いんですよと話したけどそれにしてもやっぱ多い。コロナとの関係も仰ってましたけど。やっぱこの時代との関係の中で賢治また求められて、そういう感じ。
森本:閉塞感のある時になんか読みたくなったり。わけわからない子どもっぽい突き抜け感みたいな、味わいたくなるかな。すいません、理屈じゃないじゃないですか最初はあの人。わけわからんのは僕もわからへんって言うてるから、そうねあなたもわからないのよねって思いながら読んだりするので。
庄:そういう方がより響いたりするのかもしれない。
森本:これがメッセージです、みたいに来るよりは。言いたいことはめちゃくちゃ賢治もあるんですけどそれをこうやるのはなんか違うと思っていてっていう感じかしますよね。本当の神様とか言いたいところで止めてるっていうか、あともうみんなに任せるよっていう感じ。
石本:本当と本当じゃないもんとか、おとなと子どもとか、物語と科学的、というか。その間、間をガー……。
森本:まさにその間って感じします。あの人どっちかに所属じゃないです。問題は小説が書けなかったんですよ。これはさっき言われてた子どもの、書こうとしてたんですよ。書けなかったんです。書かなかったんじゃなくて。プロットはあるんです。私小説みたいなの書こうとしていて年表まで作ってるんですけど、それ書けてないんですよ。少年小説書きたいって言っていて小説を書こうとしてるんですがどれを見ても絶対小説ではないです。ギリ「ポラーノの広場」が比較的おとなが主役なので、あっちの方がおとなの目線で書かれてるんですけど、やつが子どもの心を持ってるせいでダメなんですよ、結局は。なので書けてないので、書けなかったっていうのと子どもの言葉ではきっと無理無理子どもの言葉で書いたんじゃなくて、せざるを、そうならざるを得なかった人なんだなって思いました。こんなにプロット書いてダメだったかー、みたいな気がして。
庄:僕森本さんのポラン堂古書店、夙川にあるところで、ご紹介いただいて。銀河鉄道の夜の原稿……。
森本:いちばんうちの店でマニアックなやつ。
庄:いやいやいや、僕原稿の書いた本を買わせてもらって、衝撃的というか感情の方が伝わってくるというか。なぜ書いたか。殴り書き、これは僕にとってみればダンスですよ。
石本:身体運動よねだから。
森本:ほんとに自動書記じゃないですけど、AIみたいな。そんな感じですもんね。
庄:それが僕にとっては逆にこの作品に取り込む勇気になったし、間違ってないというよりかは、あ、この道で行けるぞって言うことを思えたので、身体を動かすって言う。銀河鉄道という上で。
石本:文字って動きが見えてくるしうまく言えば声が見えてくるし、これは活字とは違うもんね。
庄:絵本とかで見ちゃうと、やっぱりその文をなぞっていくことをしてたんですけど今まで。あれを見させてもらって……。
石本:それはいいインスピレーションをもらったね。
森本:あれはほんとに最後は未完っていうのがわかる気がして。
庄:いやわかりますそうなんですよ。
森本:とりあえず最後まで書いたけど納得いってないからまた直そうとして、で亡くなっているので、まだ動くはずだった。
庄:バーンて最後投げたんじゃないかなと思って。
森本:そんな気がします。もうこれ以上無理みたいな。
庄:で落ちてくるのを見てたんじゃないかなって、賢治は。
森本:わあ素敵。それはすごいいい言葉ですね。
庄:そこが、なんかこうばーっと落ちてくるのを。落ちたときにようやく自分の中では昇華されたというか。自分のための芸術って誰かをこんなに幸せにできるんやっていう、そこが僕にとっては、宮沢賢治の。とても。
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【公演情報】
HIxTO 西宮公演「night -宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より-」
【日時】 令和5年8月19日 (土) 開場17:15 開演18:00 令和5年8月20日 (日) 開場13:15 開演14:00
【会場】 西宮市民会館 アミティ・ベイコムホール 〒662-0918 兵庫県西宮市六湛寺町 10-11
■チケット
・一般/3,000 円
・アミティ友の会/2,000 円
・18 歳以下/無料
・付添チケット/1,500 円(小学生以下 1 名につき 2 名まで)
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