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胸がチクリと痛んだら -プロローグ-

「なぁ旭」
「なに?」
「聞いて驚け」
「何を?」
「俺、スーパーマンになる」
「・・・なに?」
「俺、スーパーマンになる」
「 あーーー・・・なに?」
「聞け。人間さ、一生かけても、全世界は巡れないじゃん?」
「・・・うん」
「でも、情報を得て、それを記憶に残すことはできるだろ?旅行雑誌を読んだり、ドキュメンタリー番組を見たり。それで、行ったことのない場所でも、仮の思い出にはできる」
「うーーーーん・・・ちょっと乱暴だけど、まぁそうだね」
「俺はね、その応用編にチャレンジするぞ。実際に体験しなくても、『架空の経験』として記憶に残すんだ。人から聞いた話を、噛み砕いて想像して、脳内に取り入れる。だから俺は、極端な話、どんなジャンルの人間にもなれるんだ。つまりスーパーマンってわけ」
「・・・はい?」
「わかんない?」
「わかんない」
「え?わかんないの?」
「わかんない」
「つまらぬ!」
「失敬な。いや、生きる上でそんなにたくさんの経験なんて必要ないでしょ。自分の周りにある日常だけで十分だよ」
「それは『生きる』んじゃなくて『生活する』上での話だ」
「揚げ足取らないでよ、ミナトの妄想に付き合ってるのに」
「ま、つまりさぁ。俺の日常なんて、ずーっと同じ事の繰り返しだろ?きっと、このままで、人並みの人生すら送れない」
「そんなの分からない」
「分かるよ、俺には」
「泣き言を言うんなら、私は帰るよ」
「違うって、まぁ聞けよ。さて、ここで本題だ。旭、お前は俺に比べて広い世界に住んでる」
「私?」
「そう。お前は俺と比べれば、数段も広い世界を知ることが出来る。それは、旭が色んな人と出会えて、色んな場所に行けて、色んな物に触れられるから」
「まぁ、言うなればそうだね」
「今の俺にとって、旭はスーパーマンだ」
「はい?」
「お前は、俺のスーパーマンだ。だから、俺はお前と一緒にスーパーマンになる」
「さっきから何の話してるの」

 少し強いビル風が二人の声に割って入った。

 ミナトは、隣に座る旭の横顔を眺めた。前髪が風に押されて流れている。
 細く長い首、すっきりとした鼻筋、薄い唇。切れ長で少し眠たげな二重の目は、遠くに向けられていた。
「旭さぁ」
「ん?」
「美形だよな」
「そお?」
「お前の顔、好きだ。髪は伸ばさないの?長いのも似合うと思うよ」
「長いと面倒くさい」
「でも、似合うと思うよ」

 乾いた風の匂いが目にしみて、2人は俯いた。
「ミナト、病室に戻ろう。風が強くなって来た」
「そうだな」
 旭は立ち上がってジーンズの埃を払うと、ミナトの後ろに回った。車椅子のハンドルに手をかけ、ゆっくりと力を込める。乾いた音を立てて、車輪が動き出した。

 不意に、ミナトの喉がヒュウと音を立てた。旭が顔を覗き込むと、眉間にシワを寄せて息を吸い込む白い横顔が見えた。
「苦しい?」
「・・・いんや、全然。何で?」
「ヒューヒュー言ってる」
「これは、デフォルトだよ。でも、ちょっと、喋りすぎた」
 ミナトがクスクスと笑う。と、何かに気付いたように空を見上げた。
「・・・あーーー、飛行機だ」
 彼の言葉につられて、旭も空を見上げる。二人の頭上はるか高く、太陽に反射した機体が白く光っていた。ビル風に混じって、かすかにエンジン音が聞こえる。
「飛行機だ。旭、ほら飛行機」
 旭は小さく笑った。
 しばらくの沈黙。突然、ミナトが呟く。
「・・・だから、俺とアキラは、リンクするんだ・・・」
始めは小さく、やがて徐々にハリのある声に変わった。
「リンクするんだよ、2人が。お前の経験を聞いて、噛み砕いて消化して、んで想像して、広げて、俺の経験にする」
「まだその話か」
「俺は、間接的に、お前の人生を生きるんだ」
「『ミナト君が変なんです』って、明日にでも婦長さんに告げ口する」
「それは困るな。また薬が増える」
 ミナトは手のひらを空に向けると、小さく光る飛行機に重ねた。ゆっくりと握る。旭は怪訝な顔で尋ねた。
「・・・何してんの?」
「捕まえたんだ、飛行機。これで俺は、空も飛べるぞ」
「話が変わって来てる」
「何でもアリだよ。俺の頭の中だもん」
「今日のミナトは、おかしいな」
「そぉか?」
「支離滅裂だ」
「そぉか?」
「ちょっと気色悪い」
「そぉか?」
 空を仰いだまま腕を下ろそうとしないミナトに構わず、旭は車椅子を押した。

 ふと見下ろした彼の口元が、少しだけ笑っているように見えた。

ーーーーーーーENDーーーーーーー


・・・ってな感じで小説家を目指していた頃もあります。
どぉも、静香・ランドリーです。
何となくね。現実社会でにっちもさっちも行かなくなると、つい妄想世界に逃げ込む癖がありまして。

いや妄想なら手のひらからファイヤーボールでも出せば良いのにーって感じなのですが。
シュールな世界観が好きなのであります。日常なのに日常ではない、こう・・・ふんわりした世界観。

表現できているかと問われれば、激しくNOですがね、ふふふ。


それでは、アデュー。

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