『面倒くさい』のすすめ
白か黒か、右か左か、賛成か反対か、〇か✕か、二者択一を求められる機会が増えたように思いませんか?「基本的には〇だけど、こんな問題もある」「✕の方に近いけど、この部分は評価できる」といった具合に「単純に分けられないことの方が多い」と、私は思っています。
最近、賛成か反対か、両極端な考えが増えてきたように感じられるのは、インターネットやSNSの影響が大きいようです。映像にしろ文字にしろ、できるだけ短くすることを求められ、それに対して賛否の意見がぶつけられる。真意が伝わっていないことも多く、私はどうも苦手です。
先日、ある集まりで『こうのとりのゆりかご』について話題になりました。その場に居合わせた人たちのほとんどがいわゆる『賛成派』で、「とても素晴らしい施設」「全国に100カ所ぐらいあってもいいのでは」と絶賛されていました。私がその『ゆりかご』を許可した市長であることを知ると、「あなたは素晴らしい決断をした」と褒め称えてもくれました。そのまま受け流そうかとも思いましたが、ゆりかごには課題もあることをいくつかの具体的な例を示しながら説明しました。
また現在の『内密出産』につながる経緯、国が示した内密出産のガイドラインの問題点など、なるべく長くならないように話しました。聞いている人の中には怪訝そうな顔をされる方もいて、おそらく「この人はゆりかごに反対なのだろうか」と思われたのではないかと感じました。この15年間を見てきて、ゆりかごの存在意義は確実にあったと思っています。そのことははっきりと伝えました。一方で、よく指摘される「出自を知る権利」や母子の健康面などの課題があることも明らかです。そうしたことを付け加えました。
賛成か反対か、善か悪かと、物事を二極化して思考を単純化してしまうと、思考停止状態に陥ってしまうことが問題だと思っています。考えの同じ人たちだけが集まって反対の意見を聞かなくなる。どちらかの側に立ち、相手を論破することに必死になる。その方が居心地がいいのかもしれませんが、それでは抱えている課題の解決にはつながらないし、よりよいものにもなっていかない。賛成か反対かの議論に終始している間に新たな課題が生まれ、旧来からの課題が手付かずとなり、より深刻な事態に陥ってしまうこともあるのではないでしょうか。
「私はこんな立場です。こんないいところがある一方で、こんな課題も抱えています」
ロジカルシンキングの一種なのかもしれませんが、そんな思考を大切にした方がいいと思っています。「面倒くさい」と一蹴されてしまいそうですが、世の中は複雑で面倒くさいものです。実際、先日の話は、怪訝そうな顔をされる方もいましたが、新たな視点を得たことに感謝される方もおられました。やはり、どう思われようと、しっかりと話すことは大事なようです。