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手話が伝えるもの

演劇や朗読に携わられている方と話をしていて、映画『ドライブ・マイ・カー』の話題になりました。私が素人なりに「手話を交えた多言語演劇に感動したこと」「手話であれだけ感情を伝えられるとは思わなかったこと」などをしきりに話していたら、「それなら、映画『Coda コーダ あいのうた』を観たほうがいいですよ」と紹介され、早速、行ってきました。表現力に乏しい私が、感想をひと言でいえば「終わって清々しい気持ちになれる、とってもいい映画」でした。

ネタバレしない程度に紹介すると、夫婦と息子、娘の4人家族の物語で、娘以外の3人はろうあ者。漁で生計をたてるも家計は厳しく、頼りの娘は、声楽で大学へ進学する夢を見るものの……。ろうあ者に対する無知や偏見、中抜して暴利をむさぼる魚の仲介業者など、社会の負の側面の描写もありますが、極力余分な贅肉を削ぎ落として、純粋に家族愛を描いた作品、私にはそう感じました。

手話については、家族の間では、怒りをぶつけ合うも、真剣に議論するも、許しを請うも、愛を語るも、もちろんすべてが手話。3人の音のない世界と、娘の音のある世界とをつなぐのが手話。手話に込められた気持ちが、手話のほとんどわからない私にまで伝わってきたのですが、それは、しっかりと愛でつながっているからだと思いました。映画の中でも、社会に潜む差別や偏見が描いてありましたが、家族の延長線上に社会が広がる理想的な姿を教えられたような作品でした。

『ドライブ・マイ・カー』にしても『Coda コーダ あいのうた』にしても、私が手話の場面に心を揺さぶられたのは、手話という手段だからではなく、伝えたいその内容にあったようです。どうしても伝えたいことがあるならば、言葉が通じなくても、手話がわからなくても伝えることができる、そのことにも気づかせてくれました。

そういえば私は、手話通訳の方のお世話になりながら話す数多くの機会がありました。集まってくれた人たちに、どうしても伝えたいことが、たくさんありました。当時、感情が高ぶるとすぐに早口になる癖があって、通訳の方を困らせていたものですが、私の思いを必死になって伝えようとしてくれていました。いつか再会することがあれば、もう一度、心を込めて感謝の気持ちを伝えたいと思っています。

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