医療業界における「安全保障」について
過日、「経済安全保障に関する国際情勢や日本の対応」というタイトルで、経済産業省の課長さんのセミナーを受講してきました。
現在、世界の中で我が国が置かれている状況や、米国、欧州、または「民主主義」「人権」といった価値観を共有していない他国との「機微技術管理」等について大いに参考になるセミナーでした。
ひるがえって、私が身を置く医療業界というのは、極めてドメスティックな業界なので、直接関係がないのかな?などと思っていたら、実は身近にありました。
「安全保障」が国民の生命財産を守るということであれば、まさに該当する重大事案です。
2019年1月にセファゾリンという抗菌薬(抗生物質)が供給困難になりました。この抗菌薬は、主に術後の感染管理に使われるメジャーな薬品ですが、供給困難という事態になって、サプライチェーンが極めてお粗末なことが判明したのです。
この薬品は、イタリアで原末を製造、中国の1社でしか製造されていないというものですが、原末の異物混入が判明して中国政府が製造停止を命じたため、世界中への供給がストップされました。これにより、他の抗菌薬まで玉突きで不足し、本邦のみならず世界中の感染症治療に多大な影響を及ぼしたのです。
たった1社のたった1剤の供給中止で、国民の健康が脅かされたのには背景があります。セファゾリンに限らず、抗菌薬の原料の大半が中国をはじめとする諸外国で製造されています。なぜでしょうか。国内で流通する医療用医薬品は公定価格である「薬価」が存在するため、国内生産では全く採算が取れないのです。
日本の医療は、「国民皆保険」「ユニバーサルサービスの提供」を担保するため、公定価格である「診療報酬」が決まっており、施設基準が同じであればどこでどんな治療を受けても同一価格で医療の提供が受けられます。高齢化が進む日本の社会保障費の膨張を防ぐため、診療報酬は2年に一度「中央社会保険医療協議会」で協議され、厚生労働大臣に答申された後財務大臣との折衝を経て決定されるわけですが、人口の高齢化、医療技術の進歩や新型薬剤の登場等により増大する医療費を賄うために、薬価を削減するという大きな流れがずっと続いています。どんなに画期的な新薬でも必ず時系列で薬価は下がります。既存薬や後発医薬品については言うまでもありません。
先述のセファゾリンは、特許切れの後発医薬品として製造されているのですが、剤型によっては薬価を原価が上回るものもあります。これでは企業努力とかではなく、製造する経済合理性がありません。先発品に関しても、国内の大手製薬企業は国内での研究開発を避けて、海外へ上市するという市場からの逃避を始めています。
抗菌薬により肺炎をはじめ多くの感染症が抑えられ、命が救われているという現状からも、少なくとも「キードラッグ」を選定し、その薬剤に関しては薬価で評価し、国内生産またはサプライチェーンの多様化を推進することが、国策・安全保障の観点として必要なのではないかと感じた次第です。