平成30年司法試験労働法第1問答案
第1、設問1
1、Xの仮眠時間は労働時間に当たり、突発的業務の有無にかかわらず賃金を請求できるとの見解は妥当か。
(1)Xの仮眠時間は労働時間に当たるか。Y社の二人勤務体制の7時間の仮眠時間が、労働基準法(以下「労基法」)条の「労働時間」に当たるか、問題となる。
ア、「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」という労基法1条1項及び労働者の地位の確保と安定を図るという同条同項の趣旨からして、労働時間該当性は、実質的に判断すべきである。
具体的には、その時間区分の名称にとらわれず、労働者のできる行動の範囲や時間の長短、自由度、緊急時の対応の義務等を総合考慮して判断する。
イ、これを本件Y社の二人勤務体制についてみるに、これは、二人一組の体制で24時間勤務し、1時間の休憩時間とは別に7時間の仮眠時間が与えられるというものであった。そして、二人で交代で仮眠時間を取ることとし、一人が仮眠を取っているときは、もう一人が業務に当たるものの、緊急対応の必要がある突発的事態が生じた場合には、仮眠時間中の者もその対応に当たるべきとされていた。また、24時間勤務中は守衛室と隣接する休憩仮眠室で過ごし、施設外への外出は禁止とされていた。
こうした事情を踏まえると、たしかに仮眠時間という名称の時間帯ではあるものの、移動制限や突発的事態があればその対応を義務付けられており、祖の仮眠スペースも勤務場所たる守衛室に隣接した場所で、飲酒喫煙も禁止されているのであるから、労働者たる警備員に自由に与えられた時間とはいえない。すなわち仮眠時間も労働者たる警備員は使用者の指揮監督の下にあるといえ、仮眠時間も「労働時間」に当たると扱うべきである。
(2)よって、Xの仮眠時間は労働時間に当たる。
なお、後述のようにY社はXの仮眠時間中の対応を理由に懲戒処分しているところ、その理由は「自己の職責を怠り…」といったもので、これはXの当該仮眠時間が労働時間であることを前提としていると考えられる。
(3)したがって、仮眠時間も労働時間である以上、突発的事態の有無によらず、賃金請求権は生ずる。
2、以上より、上述のXの見解は妥当である。
第2、設問2
1、Xに対する本件出勤停止処分は有効か。かかる処分は「懲戒」(労働契約法(以下「労契法」)15条)としてなされていると考えられるところ、同条に反しないか問題となる。
(1)ア、使用者は労働者に対して、その労働力の向上や労働環境秩序維持の見地から懲戒権を有する。もっともその労働者への影響は大きいため、予め就業規則等でその手続等や懲戒事由等を定めておく必要があり、そのような場合にはじめて「使用者が労働者を懲戒することができる場合」に当たる。
イ、Y社は同社就業規則でその事由及び種類等につき定めており(同社就業規則60条、65条)、「労働者」X「を懲戒することができる場合」に当たる。
(2)懲戒処分は「当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には、「無効」となる。
「客観的に合理的な理由」の有無は、予め定められた懲戒事由の該当性をもって判断し、「社会通念上相当である」かは、その処分の理由と処分の重さの比較衡量や、処分に至るまでの手続等を考慮して判断する。
ア、本件でY社はXの出勤停止処分の理由について、Y社就業規則65条5号に当たるとしている。その具体的な該当事実としては、Xが平成29年5月10日午前2時頃の停電について、缶ビールを飲んで寝入ってしまい、守衛室で待機していなかったこと、及びそれ以前にも複数回Xが休憩仮眠室で缶ビールを飲んでいたこと、であると考えられる。
上述のように仮眠時間も労働すべき時間であり、その間に缶ビールを飲むという行為は禁止されていたのであり、Xは「自己の職責を怠り…不適切な行為があったとき」に当たる。
つまり、「客観的に合理的な理由」は認められる。
イ、たしかにXが休憩仮眠室で缶ビールを飲んだというのは複数回であり、特に平成29年5月10日の事案にあっては入院患者から苦情が寄せられる等しており、当該Xの行為の常習性、悪質性は、ある程度肯定できる。しかし、Xが本件のように缶ビールを飲んで実際に実害が生じたのは平成29年5月10日のの事案が最初で最後であり、これまで仮眠時間中に突発的事態が生じ、仮眠を中断したことはほとんどないとのXの言動からすれば、Xの上述の行為がY社等へ与えた実害、悪影響は大きなものとは言い難い。
それにもかかわらずなされたXへの処分は、強制的な退職、解雇に次いで重い、最長期間である14日間の出勤停止処分である。
すなわち上述の処分はXの本件行為よりも不当に重いものといえる。
さらに、D課長はXが匿名でY社の待遇につきC労基署に相談していたことを把握した上で、本件処分をしており、Xの勤務態度を不良と考える等、他事考慮という問題もあるし、Xの反省をほぼ考慮していないという考慮不尽もある。
よって本件処分は「社会通念上相当であると認められない」。
2、以上より、本件Xに対する出勤停止処分は労契法15条に反し、無効である。
以上