chatGPT4を反射板として使いながら、Ney & Partnersでの5年の経験を振り返り、最近まとめたレクチャーの内容を記事にした。あまりに長過ぎたので5つに分割して掲載している。これはその5つ目だ。
図式
図式化と中動態
この2項は1つ目の記事に掲載
図式と表記法
アルベルティ・パラダイム
この2項は2つ目の記事に掲載
図式の関数化:オブジェクティル
この項は3つ目の記事に掲載
中動態的アプローチ
複数性とアウラ=この性
この3項は4つ目の記事に掲載
アウラと参加性
ヴォルター・ベンヤミンは、アウラとは空間と時間に結び付いた一回性の体験だと定義する。機械的複製によって、この一回性の体験が空間と時間から引き剝がされることでオリジナルのアウラは凋落するとした。
一方でベンヤミンは、複製技術が芸術を万人に広くアクセス可能なものにすることを歓迎していたともいえる。これは現代的に捉えれば、参加性への開放と民主化であり、ここ十数年で多くのITプラットフォーマーが実行してきたことでもある。
この技術によるアウラの喪失と参加性への開放の議論は、マルク・オジェの場所と非‐場所の議論に対応するだろう。オジェによれば、場所は時間の経過とともに形成され、文化的、歴史的な背景に基づく意味やアイデンティティを持つ空間であり、人々の間の特定の社会的関係や交流を促進する。
一方、非場所はそのような特定の文化や歴史的背景を持たない代わりに、効率性や機能性に焦点を当てられた、普遍的かつ交換可能な空間を指す。空港、ホテル、ショッピングモールなど短期的な滞在や一時的な交流を想定する匿名的で個人のアイデンティティが希薄化した空間だ。この性質によって、非‐場所は、万人に自由なアクセスを広く提供し、グローバリズムの活動を受け容れる媒体として効果的に機能してきた。
これまで議論してきた中動態的アプローチによる共著的芸術としての建築は、その製作過程において決して民主的な参加性に開かれたものではない。熟練した技術、洗練された図式化の能力を持たなければ、困難な状況に対して応答し、アウラを宿すモノを創り出すことができないからだ。一方で、建築は竣工時点が空間としての完成を意味しない。人は環境に行為の可能性を発見し、空間は使われていく中で変容していく流動的なものだからである。アウラを宿す空間は、人々の感性に訴えかけることで、時間の経過とともに特定の人々の間の社会的関係や交流を促進し、何か問題があれば社会関係資本の中で柔らかく受け止められ、やがて文化的なアイデンティティを持つ場所に変容していく可能性が高い。故にそのような建築は長期的な耐久性と維持管理の容易さが重要であり、人々に愛されるが故に手入れされメンテナンスコストがかからない持続可能なものを目指すことができる。
一方で、現代の機械的複製技術による、効率性や機能性から組み立てられる普遍的で交換可能な空間、あるいはその制作過程が何らかのシステム(制度やITテクノロジー)によって参加性に開かれ民主的に出来上がる空間は、万人にアクセス可能であるが故にアウラが凋落し、何か問題があったときはシステムにクレームを言うような、特定のアイデンティティを持たない匿名的で交換可能な非‐場所になる可能性が高い。そのため非-場所の建築は、機能的な有効期限がモノとしての寿命より早く訪れ、資本的コストを投じ続けなければ維持できない短命さを持つといえるだろう。
システム(計算可能性)と対比的な人間の感情の力(感性)については、以下の記事で詳しく論じているので、ここでは割愛する。
議論のための図式
中動態的アプローチにおいて、その起点となる図式はオリジナルであるということ以上に、コミュニケーションを媒介する役割を果たしている点が重要だ。故にその図式は、シンプルで理解が容易であり、他者がアイディアを重ね易く、また他者を含めて編集を重ねても全体性が崩れない抽象度の高さと再現性の高さを持っていることが重要である。
この議論のための図式化は、設計ー製作・施工の段階だけでなく、エリアマネジメントにおける事業者WSや住民WSでの共通意見の形成、都市計画レベルでのビジョンづくりとそれに伴う法制度の調整など、建築に関わる全てのプロセス(計画ー設計ー施工ー維持管理・運用)で汎用的に機能する。個別具体的な状況から様々な観点で制約条件を抽出し、それらを重ね合わせて一つの図式に統合し、それを媒介として関係者と議論する中でその図式を更新していく。
以下にアクティブリンクでの例を示す。
新札幌のプロジェクトは、施工中から事業者・市民・施工者が混ざるWS、現場見学会を開催し、デザイン意図や維持管理の注意点、活用方法を共有し、シビックプライドへつながるプロセスをデザインしている。空間の生産過程に直接的な関りを持つ参加性ではなく、空間を受容し切り開いていく過程への参加性に開いている。
リンクは通行の用途のみに供するという位置付けだが、壁面に展示できるような設えが埋め込まれている。ギャラリーとしての使い方ができることを共有して利活用のアイディアを語り合うと同時に、夏に室温が高くなるため窓を開けてもらう必要があるなど管理上の弱点も共有する。洗練された強力な図式の中にも、そうした参加の余地があることを伝えていく。
象徴的な構造が上棟したタイミングで現場見学会を開催し、けんちく体操でその構造を表現する。この時間、この場所でしかできない体験の共有を通して、場所の祝祭性に共感してもらう。
竣工してすぐの開通式では、リンクの設計・製作秘話を展示し場所の物語を伝えるとともに、ギャラリーとしての使い方など多くの参加の余白が可能性としてあることを体感してもらった。
完成後も設計者が中心となり、街区内の病院、商業施設、マンション事業者、ガス会社だけでなく、札幌副都心開発公社、大学を交えたエリアマネジメントWSを継続し、WSで出た個別具体的な意見の重なりから一般化した構造をつくり、図式化したそれを投げかけた対話を通してエリアマネジメント方針を一つの図式に統合した。
過程の中に在り続けること
複数の異なる制約条件を一つのシンプルな図式に統合し、アルゴリズムによる表記法で関数化するというオブジェクティルのデザインは、一般的には設計の設計(設計支援)と呼ばれる限定的な領域の技術に過ぎない。高度に専門的な技術はそれ自体では価値がなく、社会に実装されて始めて意味を持つ。計画から設計、製作・施工、維持管理・運用まで社会に実装するプロセスの全てに自ら関わり過程の中に在り続けることで、全体を俯瞰して分析し抽象的なレベルでの意味づけとその価値を問うてきた。
最後にスチュアート・ブランドのPace layeringを共有しよう。
私たちの仕事はインフラストラクチャの層に位置するが、それを動かし続ける過程を通して、ガバナンスやカルチャーのより深層を少しでも動かせるように働きかけていくことが重要だと考えている。