Nijmegen デザイン・ビルドにおけるトポロジーの魔力
ブリュッセルのオフィスで働き始めてすぐの頃、ベルギーに遊びに来ている日本の建築の構造家の方々に、9年働いている同僚の謙良(高橋)がNijmegenのプロジェクトを案内すると聞いて同行させてもらった。
ブリュッセルからNimegenまでレンタカーで2時間半ほど、道中でオランダの諺を紹介される。
Room for the Riverとデザイン・ビルド
国土の1/4が干拓地であるオランダは、古くから治水や運河と共に都市計画を重ねてきた。その一つがRoom for The River のプロジェクトだ。
Nijmegenに流れるワール川に並行して人工的な河川を造成し、洪水への冗長性を向上すると共に、水辺のアクティビティを充実させるための都市計画の一部として、Room for The Riverに架かる2橋と駅とサイクリングルートを結ぶ自転車橋が、Laurant Ney, Ney & Partnersによって設計されている。
到着まもなく昼食は産業遺構をリノベした川辺のレストランで、橋を眺めながらオランダの発注方式の話題になった。
(↓中々良いリノベ)
https://maps.app.goo.gl/p7JKsnHtgU6Yt9PW6
オランダは一定規模以上の公共プロジェクトでは、全てデザイン・ビルドのcompetitive dialogueによって発注されるらしい。
つまり、設計者はプロジェクトの調達段階から設計提案におけるコストの妥当性について圧力を受ける一方で、施工者も空間の品質において他社との競争に勝たなければ受注できない。同時に、クライアント側にはその高度に複雑なコンペの仕様書をまとめきる能力が必要になる。つまり、クライアントの実力、ゼネコンの健全な競争環境、ゼネコンと戦う技術力を持つコンサルという3つの前提があって初めて成立する。(日本ではこの三つの前提すべてが成り立たないが、、)
従って、如何にしてコスト、建設コストだけでなく、維持管理、環境負荷を含む、を抑え込みながら、空間の品質を獲得する設計が重要となる。この3橋はこうした説得力を求められる文脈の中で設計された。
Bridge ‘De Oversteek’
コスト的観点からメインスパンは鋼だが、サイドスパンはコンクリートシェルで設計されている。
特筆すべきはメインアーチのトポロジーにある。
空間性、製作性、維持管理、環境負荷の全てがこのトポロジーに統合され紐づけられることで、デザインビルドのコスト優先の圧力に抗い美しい空間を実現する形態の説得力を得ることが可能になっている。
アーチの上フランジから側面のウェブ、鋼床版桁の側面のウェブまで単一の曲面のシェルで定義されている。そのシームレスなシェルをアーチとゲートのヴォイドでくり貫く操作によって、この抽象的で彫刻的な形態がつくられている。
ゲートの建築限界を満たすために、ケーブルの吊位置を調整しシェル形状を最適化しているそう。
シェルの曲面は実際には多角に置換して製作されているが、強力なトポロジーの連続性が認識が見る人の目に板継の目地の存在を感じさせない。
また、板の勝ち負けも維持管理や製作性から熟慮されている。雨垂れが回らないように水切りがつくられ、溶接のシームは裏側に隠されるように板の配置が決定されている。
経年変化に対しても美しい状態を保つための丁寧なディテールが、このトポロジーにより説得力を与えている。
サイドスパンの構造は薄いアーチシェルであり、レンガで仕上げられている部分は軽量コンクリートで嵩上げすることで、コンクリートの打設に伴う炭素量が大きく削減できるとのこと。
Bicycle bridge ‘t Groentje
2つ目はワール川とレント駅周辺の回遊性を強化する自転車・歩行者のための橋だ。左奥に先ほどの橋が見えているが極限まで軽快な構造なので存在に気付かない。
この自転車橋は線形をS字にカーブさせ道に滑らかに接続させるとともに、S字によって鉄の温度による伸縮を逃がし、支承を設けないインテグラル橋になっている。
設計計算や施工に高度な技術力を要するが、LCCに大きな優位性がある。
デザイン・ビルドのcompetitive dialogueに即した形態の解の出し方だ。
高欄のちょっとした造作と色合い、ランドスケープへのタッチポイントに風景に馴染ませる工夫を見る。
Bridge ‘De Lentloper’
3橋目は再び冒頭のRoom for The Riverの中州にアクセスする道路橋だ。
competitive dialogueの要件に住民とのWSが組み込まれており、その中で話に出てきた街の教会に向かって橋の軸が傾けてある。
歩道と車道を高さによって分離し、その高低差を桁高に利用するコンクリートシェルになっている。このシェルを成立させるために、プレストレスを導入するケーブル配置の計算にはずいぶん苦労したそう。
ケーブルの定着部の埋め戻しに伸びやかなベンチを設置し滞留の視点場をつくっている。
シェルの一部に穴が開いていて、桁下に潜って川のアクティビティとつながる空間が副次的につくられている。シェルに反射する水面が美しい。
有機的な橋脚頂部の溝には燕の巣がつくられているが、生物の居場所を設けることが予めコンペの要件に組み込まれているというのだから驚きだ。
高度に計画されたオランダの都市は快適な一方で、分かりやすく組織化されすぎて退屈になりがちで、その反動で時折コンセプチャル・アートのような強烈なダイアグラム建築が出現するが、ここでは高度な計画の中にも説明しきれない大らかさが形態と空間、ちょっとしたディテールに現れていて、晴れやかな気分で穏やかな時間に浸れそうだ。