地域のつむぎ手の家づくり| 全身全霊で大好きな木と向き合い 子どもの感性を養う「木の家」をつくる <vol.57/㐂三郎:大阪府能勢町>
今回の<地域のつむぎ手>は・・・
大工工務店・㐂三郎(きさぶろう)を営む沖本雅章さん(43歳)は4年前、豊かな自然に恵まれ、古くからの民家が数多く残る大阪府能勢町に家族で移住しました。奥さんとともに3人の子どもを伸び伸びと育てながら、大工として全身全霊で大好きな木と向き合い、子どもの感性を養うような木の家づくりに取り組んでいます。木のキャラクターを見極め、木のポテンシャルを最大限に引き出すことが、大工としての沖本さんのプライドです。
沖本さんは高校卒業後、大阪府内で8年間の工務店勤務の後に独立し、主に建売会社の下請けの大工として仕事をしていたそうです。取引先の数も仕事量も安定していましたが、ある日、たまたま田舎の大きな住宅で、骨太な無垢の構造材による上棟の現場のサポートに入った時、それまで見たこともなかった、大工の手でかんな削りされたヒノキの柱に衝撃を受けたそうです。「それまで集成の柱しか扱ったことがなかった。『ああ、木だ。すごいな、いいなあ』としみじみ感じたんです」(沖本さん)と当時を思い出します。
そこから、“本物の木”と向き合って仕事をしていきたいという衝動を抑えきれず、仕事の確保には不安はあったものの、無垢の構造材による家づくりを手がける工務店からの仕事にシフトしていきました。「今では、木が大好きだから、常に木に触れ、木を扱う仕事をしていたいから大工をしています」と沖本さんは語ります。
木のストーリーを感じて
施主と共に聖地・吉野巡礼
沖本さんは、木と山、林業について製材所や林業家、原木の市場などを訪ね歩きながら独学で学びました。「だれかが言うことをうのみにするのではなく、自分の目で見て耳で聞いて知りたかった」。森林や林業が置かれている厳しい市場環境といった話も、もちろん興味深くはありましたが、それよりも「山で味噌汁をつくって食べるといったこぼれ話や、かつて人の命よりも先祖から受け継いできた木の方が大事にされていたといったリアルな昔話がすごく面白くて、むしろそういった話を通じて、そこに携わる人たちの想いを感じられました」と沖本さんは話します。
㐂三郎の家づくりは、建築家・設計事務所と林業家、製材所のチームで進めます。メインの構造材には、国内林業の聖地とも言われる奈良県吉野地方のスギ・ヒノキを用いますが、着工の前には必ず、施主の家族や関わる建築士とともに同地方の森林、林業の現場を訪れるそうです。沖本さんは「どんな山から、どんな人たちによってどんなふうに木が伐り出されてくるか、携わっている人たちの顔を見て話を聞き、ストーリーを体感してほしい」と想いを語ります。
木と“対話”する
天然乾燥材を手刻みで
新築は全て、墨付け・手刻みの伝統的な大工の技術によって加工した天然乾燥材でつくります。手刻みを貫く理由について沖本さんは「合理的ではないかもしれないが、木をリスペクトする自分にとっては自然なやり方だし、骨身を削るからこそ良いものができるのではないでしょうか」とし、「手仕事だからこそ、木の質感をダイレクトに感じ取り適材適所で無駄なく使うことができる。何よりも自分は、手刻みでなければ気持ちが入らない」と訴えます。天然乾燥した木材にこだわる理由については「高温乾燥材を扱ったこともあるが、パサパサで『木の個性が死んでしまっている』と感じた。木との“対話”ができなかった」と独特の言葉で説明します。
建築家や設計事務所とのコラボを基本としていますが、軸組に関しては沖本さんが図面を描きます。「在来工法の軸組は、木の特性を生かした理に適った組み方があり、それは自分で考えたい。軸組と刻むことは一体的に検討するのが構造的にベスト」。沖本さんが導き出す木の特性を考慮した軸組(構造)については、打ち合わせを重ねるうちに建築家・設計事務所、構造設計事務所も理解を示し、組み上がってみれば「なるほど」と感心してくれることも多いそうです。木について熟知し、高い大工技術を備えている㐂三郎に対し、建築家・設計事務所側から施工依頼をしてくるケースも少なくありません。
構造だけでなく、あらゆる部分で使用する木材にこだわります。例えば最近、施主から好評で定番となっているのが3寸角のスギの赤身材でつくるウッドデッキです。芯去りの角材を釘を使わずに下から栓で止めてつくり、表面は柾目で統一し、無塗装で仕上げます。「芯去り材は水が抜けやすく濡れても乾きやすいため耐久性が高いんです。無塗装で無垢スギ材の柾目の気持ちのいいデッキは、子どもたちが安心して素足で遊べる家族のお気に入りの場所になります」(沖本さん)。
外壁に用いるスギ板も無垢の質感を最大限に生かすため無塗装で仕上げるそうです。その分、施工に際しては細心の注意を払います。自社の大工が加工場で板材1枚1枚にフィンガージョイント加工を施したうえで施工。沖本さんは「こうすると、つないだ板材が連動して動くため、反りやねじれが出たとしても影響を最小限に抑えることができるんです」とし、「自然のもの(無垢材)を自然(無塗装)に使うからワイルドになっていくのも仕方ないというのでは大工の名が廃る。無垢の木が時を経て変化していったとしても、美しさが損なわれないような仕事をするのが大工の腕」と矜持を語ります。
“コミュニティ大工”の
活動領域も広がる
「木も好きだが、子ども大好き」と笑う沖本さんは、妻とともに小学生から幼稚園までの男女3人の子どもを育てています。4年前に自然豊かな伸び伸びした環境で子どもたちを育てたいと家族で能勢町に移住しました。住居として、田んぼと栗の木の畑と一緒に古民家を購入し、現在、忙しい仕事のすき間を見つけながら、リノベーションを進めています。施主の家族やコラボする建築士と田植えや栗拾いを楽しむこともあるそうです。
同世代の移住者がブックカフェを開業するために取得した民家のリノベを手がけたり、地元の幼稚園が地元の山の木を伐採してつくるウッドデッキの施工をワークショップ形式で行ったりと、“コミュニティ大工”としての活動領域も広がっています。
沖本さんは、自身と同じ子育て世代の家族に、「子どもの感性を養うような木の家を届けていきたい」と強く願います。数年前につくった施主家族では、子どもが家に“きっくん”という名前を付けてくれたそうです。沖本さんは「引き渡し日の1年後には、きっくんのためにバースデーケーキを用意して家族で誕生日を祝ってくれたり、家を乱暴に扱ったりしたら、お母さんが『きっくん悲しいよ、泣いちゃうよ』と伝えたり。そんな家で育つ子どもって、きっとすごく感受性の豊かな子になると思うんですよね」と目を細めます。そうしたものこそが「自分たちがつくる木の家の本質的な価値」と沖本さんは考えています。
信頼を寄せる仲間と
さらに高みを目指す
今後も、そんな家を届けながら、「大工としてのデザイン力を磨いていきたい」と意欲を見せます。昨年の11月に10日間ほどドイツを訪れ、現地の職人たちと交流を深めながら、一種のアート作品として自身がデザインした小屋組みを共につくったことが、大きな刺激になったそうです。
沖本さんは「木とその施工方法を知り尽くした自分にしかできないデザインの領域がある」と強く感じました。一心同体のパートナーとして信頼を寄せ、一緒に汗を流す小坂英彰さん(42歳)と村田晃二さん(37歳)の2人の大工仲間と高みを目指します。「大工にとって大事なものは継承しながらも伝統や歴史に甘んじたくはない。常に新しいことに挑み、新しいものをつくりたいと思っている」と力を込めます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?