地域のつむぎ手の家づくり|地域の原風景を守る古民家リノベーション 移住など若年層でも高まるニーズに応える<vol.41/ネヌケン:滋賀県甲賀市 >
今回の<地域のつむぎ手>は・・・
東海道五十三次の宿場町の面影を残す町並みや近江商人発祥の地と言われるエリアを商圏に含む滋賀県甲賀市のネヌケンは、地域の歴史を刻む古民家を次世代へと継承していくリノベーションを年間3~4棟、コンスタントに手がけています。
滋賀県産材を全面的に採用し、大工や左官など職人の技術を生かした家づくりを実践する同社の社長、根縫徹也(ねぬい・てつや)さんは「豊かな暮らしと住まいの選択肢として古民家を求める人が増えています。そうしたニーズに応える形で古民家を次世代に継承しながら、地域の原風景を守っていきたいんです」と思いを語ります。
根縫さんは、古民家リノベーションについて「地域の気候風土に適したデザイン・形状や建物に刻まれた歴史を生かしながら、現代の快適で健康な暮らしを可能にする性能を確保するためには高い技術力が必要で、リフォーム専業の事業者やハウスメーカーには難しい地元工務店ならではの仕事領域だと考えて取り組んでいます」と話します。
同社では意図的に「古民家のリノベーションを得意とする工務店」を打ち出したブランディングやプロモーションを行っているそうです。それにより「実は古民家だけではなく、実家を住み継いでいきたいという思い入れの強い人や、デザインや性能も含めて住宅に対する要求レベルの高い人など価値観のあう人たちを引きつける“入り口”になっています」と根縫さん。
子育て世帯の古民家コンテストで大賞に
古民家リノベのメイン顧客層は、リタイア後のセカンドライフや都市との二拠点居住を楽しみたいといった50~60代のシニア世代ですが、最近では都市部からの移住者も含めて「自然に恵まれた環境で子育てをしたい」といった30~40代の顧客が増えているそうです。昨年、「いい住まい、いい暮らしを実現する住宅」の事例を競うLIXILメンバーズコンテストで大賞を受賞した「日野町の古民家」も、30代の夫婦が3人の子どもと暮らす住まいとしてリノベーションした案件です。
かつて施主の祖母が暮らしていて、亡くなったあとは空き家になっていた築150年を超える石場建て・延べ床面積180㎡を、1年がかりでフルリノベーションしました。建物をジャッキアップして腐朽した柱脚部を補強、壁の断熱はスケルトンにして全面的に施したり、既存部分の外側に付加断熱するなど場所に応じて対応。屋根については、断熱効果も期待して既存の茅葺き部分を補修した後、ガルバリウム鋼板で葺き直しました。建物への思い入れが強い施主が、自ら漆喰を塗ったり、葦を購入してきて茅葺き部分を補修したりしたそうです。
柱や梁など、補強のために接いだ新しい木材は、あえて色をつけずに「どの時代にどのように手を入れたかが分かる」ようにしました。「そうすることで、建物のメンテナンスがしやすくなるのと同時に、住まい手が刻まれた歴史を意識しながら愛着を深めてくれるんです」と根縫さん。「奥さんからは『子どもたちが広い家の中を走り回って遊ぶのを見るのが楽しい』、ご主人からは『コーヒーを飲みながら薪ストーブの火を眺めてくつろぐ時間がぜいたく』と、うれしい感想をもらっています」と笑顔で話します。
気候の変化で劣化が加速
「手遅れになる前に」
「こうしたリノベの対応は、地域に根差した技術力の高い地域工務店にしかできない」と根縫さんは訴えます。ネヌケンの専属大工は、全て墨付け・手刻みといった高い技能を持っています。また、築150年の農小屋をリノベーションした本社の敷地には、3棟・計300㎡余の加工場・製品倉庫を備え、生産体制も充実。解体工事などを自社でこなすことができるのも強みです。根縫さんは古民家リノベを継続して手がけていくことは「大工や左官、建具など、さまざまな分野の職人の伝統的な技能を守り、継承していくことにも直結している」と力を込めます。
継続的に地域で古民家リノベを手がける根縫さんは「空き家化が加速し、さらには大雨など気候が極端になっていることで、手入れさない古民家の劣化が急速に進んでいます。いま、やらなければ手遅れになってしまう」と危機感を募らせています。
一方で最近、都市部の旅行会社から、若者向けに農業や山村での暮らしを体験する拠点として、古民家を活用したいといった相談が寄せられており、根縫さんは、そういった新たなニーズにも積極的に対応しながら、古民家リノベの可能性を広げていきたい考えです。
「豊かな自然と、そこに溶け込むようにたたずむ家がある地域の原風景を守っていくことに貢献したい」という地元工務店としての使命感を胸に、自社の古民家リノベ事業のさらなる拡充を目指します。
「三方よし」の理念を象徴
ショールーム・交流拠点開設
自社の事業を通じて、住まい手の豊かな暮らしを実現しながら、地域の活性化にも貢献していく「三方よし」を経営理念として掲げるネヌケンは昨年11月、理念を象徴する拠点として甲賀市内に自社の家づくりのショールームを兼ねる地域交流施設「N cafe(エヌカフェ)」をオープンしました。
国の事業再構築補助金を活用し、総事業費3000万円をかけて延べ床面積約180㎡の鉄骨の倉庫をリノベーション。施設内は天井や梁、床、壁などに滋賀県産材を豊富に用いて、自社の家づくりの世界観を創出しました。壁や屋根の断熱材には全てセルロースファイバーを採用し、住宅に近い温熱環境や静音性も再現。「地域の素材、地域の職人による地産地消のデザイン、性能に優れる当社の家づくりを体感してほしい」と根縫さんは話します。
ただ、根縫さんは同施設について「自社のショールームとしてよりは、地域内外の交流の拠点にしていきたい」と地元への思いを口にします。施設は、カフェやコワーキングスペース、レンタルオフィス・会議室、料理教室などが開ける“キッチンスタジアム”と多様な機能を備えています。レンタルオフィスは、女性をメインに起業・就労支援を行うコンサルティング会社が活用しており、定期的にさまざまな講座が開かれています。ネヌケンでも独自に、例えば「赤ちゃんマッサージ」や「写真撮影テクニック」などの講座を月1回のペースで開催しているそうです。
また、災害時には地域の避難拠点にもなるように、9.38kWの太陽光発電設備を搭載し、「V2H」(電気自動車などで蓄えた電気を家庭で使用できるシステム)の機能も備えています。
根縫さんは「この地に嫁いできた女性や移住世帯の主婦が気軽に訪れるような場所にしたい。おいしいコーヒーが飲めるおしゃれなカフェに来たら、女性向けの起業・就労支援やキャリア・ライフプランなどの講座が開かれているということは、そうした女性たちにとって力強い後押しになるはず。せっかくやってきたこの地で、生き生きと暮らしてほしいんです」と話します。
地域のために成長する
職人の技と原風景を継承
こうした地域貢献の活動の先に、家づくりの輪を広げ、貢献と並行して自社の成長を目指す考えです。根縫さんは「厳しい地域の住宅市場で、後継者不在の小さな大工・工務店が廃業していく状況が見えています。もしも、その後をハウスメーカーにさらわれてしまったら、県産材や職人の技能を生かしながら、地域の原風景を次世代へつないでいくことができません」と表情を引き締めます。
「地域の魅力を引き出し、高めていくことができるのも地元工務店だと思っています。われわれが魅力的な家づくりを行っていれば、『ここに住みたい』という人を増やすこともできる。同時に自社にスタッフも集まってきてくれます」と根縫さんは先を見据えます。