とある商会の記録(オルクセン王国史二次創作)

───どうも、『王』垂涎の名酒があるらうしい。

とある商会の会議場で、コボルトたちが鼻先をつきあわせながら囁やきあっていた言葉がそれであった。
『王』とは無論、グスタフ・ファルケンハインのことである。

類いまれなる名君として、たいへん国民からの人気が高いばかりか、美食家、好事家としても有名である。
その王のお気に入りの酒ともなれば、たいそうな『箔』がつくであろう。
ゆえに、

「他の商会に先んじてそれを独占できれば、さぞや儲かるだろう」

利に聡いコボルトたちである、会議の場では異論は出なかった。
が、難題がひとつある。

「いったい何という銘柄なのだ?」

なにぶん、噂としてしか聞いてない話である。
裏をとらねば買い付けができぬが、未だ誰も確かな情報を持っていない。

つてを頼って情報を集めるということもできなくはない。
が、それをすれば他の商会がただちに聞きつけて競争となってしまうことは明らかだ。
独占販売は無理となる。

「官邸に直接探りをいれることはできるのではないか?」
「無理だな、あそこの職員はみな謹直で軽挙を慎む者ばかりだ。さすがの王と言いたいが、今回ばかりは恨めしい。」

袖の下は通らないだろう。

そればかりか、他国の間諜ではないかとあらぬ嫌疑をかけられかねない。
しかし、情報を掴む糸口としては官邸は使える。

───ここはひとつ、本当に間諜の真似事をしてやろうではないか。

数日後。

官邸の執務室の椅子に座るグスタフ・ファルケンハインの手には、一通の手紙があった。

実質的な陳情書といっていい。
本来であれば、役所のしかるべき窓口を通すべきものである。
これが直接グスタフの元に届けられることは稀であろう。

「規則に悖ることではありますが、王がかねてよりご懸念の案件に関わるものであったのでお持ちしました。」
そう補佐官にうながされ文面に目を落とすと、グスタフは小さく感嘆の声を漏らした。
手紙に書かれていた内容は、概ねこのようなものだ。

───酒瓶の回収と再利用を専門とする事業の許可を求めたい。

そう、コボルトたちはリサイクル業の許可を、大胆にも王に直接願い出たのだ。

官邸のゴミをこそこそと調べようものなら、それこそ本当にスパイの嫌疑がかけられかねない。
そこで、堂々と王のお墨付きをもらえる方便を考えたのである。

一方、グスタフにもかねてよりの懸念があった。
魔種族連合国家として巨大な人口を抱えるに至ったオルクセン王国ではあるが、その一方で、急激な都市の発展にともなう幾つかの社会問題も発生していた。
そのひとつがゴミ問題である。

オークたちはエルフや人間族に比べてはるかに膨大な量の食料品を消費する。
しかし、腹で消化される食物はまだしも、包装や容器としてつかわれた物が、大量のゴミとして都市に溢れだしたのだ。

紙や木はまだいい。
焚き付けにつかったり焼却処分ができる。
鉄もまだマシな部類である。
不純物の問題は多少あれど、鋳潰して再利用もできる。

しかし、瓶は厄介であった。
資源として再利用するにしても、洗浄、選別、不純物の除去などに非常に手間がかかる。
なにより瓶そのもののコストが高いため、そのまま回収して洗浄し、再び酒を詰めて売るのが一般的となっている。

この事は販売する側である酒販業者にとっても頭の痛い問題であった。
コストをおさえるために瓶を回収しているとはいえ、それが大変な手間であるこのには変わりないからだ。

この話を聞けば、納品時に差し替えで、空の容器を回収すればすむと考えるかもしれない。
しかし、現実にはそう単純に片付かない問題が発生していた。
前述した大量のゴミにより、勝手口や搬入口がゴミであふれかえり、納品の妨げになっているケースが非常に多いのである。

そのため、配達員は荷降ろしの前にまず、搬入口のゴミを押し退ける作業から始めなければならない。
しかる後に、馬車から酒瓶の木箱を───本来であれば搬入口に馬車を横づけしてただ降ろせばすむはずの場所でも───手で抱えて運び込まなければならないのだ。

この一連の作業は、オークにとっては場所が狭く、コボルトにとっては酒瓶の木箱が重く、ドワーフにとっては馬車の荷台が高すぎるといった理由から、いずれの種族にとっても難渋するものであった。

ともかく、酒瓶の配達と回収を円滑に進めるためには、『あの』ゴミを誰かが片付けねばならない。
しかも、ゴミの中でも大きな容積を占め、大きく重たいうえに丁寧に扱わなければならないのが、他ならぬ空き瓶の木箱なのである。

このことから、酒販業者の会合では以前から、酒瓶の回収を専らとする分業化の提案がなされていた。
だが、『その人員はどこから連れてくるのか』『その予算は誰が出すのか』で折り合いがつかず、棚上げになっていたのである。

その解決策は向こうからやったきた。
先頃、ヴァルダーベルクに移住してきたダークエルフたちである。

移住といえば聞こえがいいが、実質的な難民である。
彼女たちは職も財産も持っていない。
その大多数が兵役につくとのことであるが、残りの3割強はどうするのか。
農地を開墾するにしても、店を開くにしても、生活が軌道にのるには時間がかかる。
つまるところ、当面の現金収入のあてがない者が数多くいるのである。

『ヤードでの選別と洗浄が作業の中心であり、給食設備の併設も予定しているので、彼女たちの一時雇用先としても見込めます』
コボルトたちは抜け目無く、そう陳情書に書き添えていた。

目論みは見事にあたった。

リサイクル業の許可が降りたばかりか、公費による助成金までついたのである。
ダークエルフたちからの応募もつぎつぎに舞い込んだ。
『王』の息のかかった事業とのことで、あまり警戒されずにすんだ様子であった。

あっけないほどの一石二鳥でリサイクル業を興すための難事が片づいてしまった。
とくに一番のネックであった労働力の問題が解決できたのが大きい。

知られているとおり、不老長命である魔種族の出生率は非常に低い。
そのため、労働力不足こそ起きにくいものの、雇用の流動性が低いという問題をかかえている。

靴職人になれば靴職人のまま、競合他者が増えてパイの奪い合いになるということもなく、百年二百年と食っていけるのである。
が、それは一方で新規事業を興したときに、働き手を得ることを非常に難しくしていた。

どこかの業種で技術革新がおこり、大変な効率化が進んだ一方で労働力をあまり必要としなくなるなど、そのような出来事を待たねば大きな事業をはじめられないのである。

グスタフ王の治世において、大変な技術革新と、それによる業態と雇用の変動が大きな波となったが、それも今や落ち着いて二十年ほどが過ぎている。
また、労働市場に『あぶれる』者が出れば、軍隊がその受け皿として吸収してしまうといった塩梅だ。

失業問題に悩まされることの少ない国であるのは、人間たちから見ればうらやましい話であろうが、魔種族には魔種族の社会問題が存在しているのであった。

───ともかく、これで準備が整った。

商会の重役たちは、互いにめくばせをしながらそう思った。
あくまでリサイクル業は、本当の目的である『銘酒』の情報を手に入れるためのカバーである。
彼らにとっての本番はここからなのだ。

まずは瓶の回収である。

この段階で、官邸から回収される瓶とそれ以外を見分けるための『しるし』をつけなければならない。
しかし、その作業を誰がやるのか。
秘密を知る者は少なければ少ないほどよい。

結果、リサイクル業のデモンストレーションを兼ねて重役自らが手綱を握り、馬車に乗り込んで回収することになった。

次に選別である。

再利用に適したものとそうでないもの、瓶の色や形状などにも合わせた選別作業が行われるのだが、そこにも無論、裏の目的が隠れている。
回収されてきた官邸の瓶の『しるし』を人知れず確認し、情報として書き留める者がそこに必要なのだ。

表向きは、流通している瓶の規格を将来的に統一して、再利用の効率化のための調査としている。
当然ながら、秘密を漏らせない性質上、この作業にも重役のひとりがあたることとなる。

そして洗浄の行程である。

すでに『しるし』の確認は済んでいるが、ここにも重役を置くことが決まった。
助成金が出ていることもあるが、『王』がご執心のダークエルフたちを働かせている都合から、彼女たちに過酷な扱いがされてないか監視する役人が出向してきてるのだ。

コボルトはかつてエルフに迫害された歴史をもつため、ダークエルフに対しても悪感情を持つ者も珍しくもない。
無用なトラブルをおこしてリサイクル事業という名の隠れ蓑が御破算になるのは避けたい商会は、石橋を叩いて重役みずから従業員を監督することを決めたのだ。

そのようにして始まったコボルトたちとダークエルフのリサイクル業であるが、話は思わぬ方向に転がり出したのだ。

───あそこの商会は重役みずからゴミ片づけをしているらしい。
───故郷を追われたダークエルフたちに働き口と食事を提供してるそうだ。
───労働者に混じって働くばかりか、過酷な労働にならないように常に気を配っているという。

リサイクル業が首都の新聞で大きく紹介されてから、たちまちそのような評判でもちきりになったのだ。
コボルトといえば、その商才を他種族から妬まれることも少なくない。
それが、種族としての遺恨をこえてダークエルフたちと手を取り合い、街の厄介者であるゴミを片づけてくれているという。

この『美談』に触発されて、商会で働きたいというオークたちがやってきた。
エンジニアとして役立ちたいというドワーフたちもやってきた。
それどころか、競合相手である他の商会からも、事業提携の申し入れまで舞い込んだ。

極めつけは官邸からだ。
事業拡大と他都市へのヤードの設置計画について、協議の申し入れと予算増額の話がきた。

こうなると、てんてこ舞いなのが重役たちである。
もとより『銘酒』の情報を得るための作業とは別に、日頃の重役としての仕事もしていたのだ。
予算の増額と事業の拡大は瓢箪から駒だが、目の回るような忙しさに翻弄されて『銘酒』どころの騒ぎではなくなってしまった。

あっという間に月日は流れた。

気がつけば大手清掃会社として業界のパイオニアとなり、数多のグループ企業と提携先を手に入れたばかりか、官邸との強力なコネまで持つに至った。

グループの生み出す利益は大きく、また多様な魔種族が働く風通しのよい社風から、はからずも王国ではたいへん名の知れた企業へと成長していたのだ。

だが、肝心なものは手に入らないままだった。

「結局、『銘酒』とはなんだったのだろうか……」
とあるバーで、年嵩のコボルトがとなりに座る同輩にそう語りかけた。
「甘い酒が好みだってことまではわかってたんだ。というか、シロップだのクリームだのの瓶まで山のようにあってな……いくらなんでも甘いもの好きすぎるだろう、『王』は。見てるだけで胸焼けしそうだった。」

彼らは当時の重役たちであった。
今では隠居の身であるが、バーで顔を合わせれば決まってこの話題が口にのぼるのだ。
「なにかお探しのお酒でもあるのですか?」
バーの主人であるオークにそう聞かれると、なに、昔の買い付けでちょっと失敗したのだと二人で笑いあった。

「甘いお酒でしたら、良いものが一本ありますよ。私が若い頃、軍隊にいた頃にお偉いさんたちに評判だった酒でしてね───」
こう言うと、主人は棚から一本の蒸留酒を取り出した。
そのずんぐりとした瓶のラベルには、林檎のマークがあしらわれていた。

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