お笑い芸人という職業
私は娘を保育園に迎えに行った帰りに、スターバックスでコーヒーと娘の大好きなドーナツを買い、自転車で、近所の自然の多い公園に行き、ゆったりとした時間を過ごすのが好きだ。
特段用がないときは、毎週金曜日に娘と、こうして過ごしている。
その日も娘と公園内のベンチに座って、コーヒーを飲みながらゆっくりしていた。
すると、私たちの後ろの木の陰から、賑やかな男性たちの声が聞こえてきた。
声のする方向に目をやると、20代くらいの男性2人組が、なにやら漫才かコントの練習をしていた。
娘は、ドーナツを食べる手を止め、男性たちから片時も目を離さず、
無表情のまま、じっと彼らの方を見ていた。
すると、私たちに気付いたのか、練習中の男性たちの声が、一段と大きくなった。
あまり注視しないほうが良いか迷ったが、私たちは引き続き、彼らの練習風景をじっとみていた。
ネタの練習は続き、今度は、片方の男性が甘噛みをしてしまったようで、
もう片方の男性がそれを指摘し、何度もその部分を練習し始めた。
娘を見ると、まだ手を止め、片時も目を逸らさずに、男性たちを見ている。
もはや娘は、将来有望な若手芸人かどうかを見定めているプロデューサーのような目をしていた。まだ三歳なのに。
しばらくして、男性たちが大きな声で「よしっ!もう一回いくか」と言い、
一瞬こちらをチラッと見て、最初からネタをし始めた。
何も言われた訳じゃないが、私はその時「この人たちは完全にこちらに向けて、漫才だかコントをしている」と認識した。
それならば、私もちゃんと見ないと失礼だと思い、コーヒーをベンチに置き、娘と同じプロデューサー目線で見ることにした。
しかし、練習中から見ていたこともあり、なぜか私がそのネタをほぼ覚えてしまっていることに中盤で気づき、笑うどころか「いや、そこは違うだろ」と心の中で不思議なツッコミを入れてしまっていた。
娘は相変わらず一切笑っていなかった。なんなら仏頂面だった。
すべての流れが、終わった後、娘がようやく口を開いた。
娘は「このおじさんたち、何してるの?」と言った。
娘にとっては、中学生以上は全員おじさんなので、おじさん発言はわかる。
でも「何してるの?」発言は、むしろ今までなんだと思って、あんな真剣に見ていたんだろう。この子、Mr.シャチホコの「何してはる人なの?」っていうモノマネ知ってるの?と思ってしまった。
私はとっさに「この人たちは面白い人なんだよ、だから面白いことしてるの」と言った。娘は「そうなんだ」と、若干不思議そうな表情で答えた。
彼らのほうを見ると、一連の会話が聞こえていたようで、なんとも言えないような気まずい表情をしていた。
今回、初めて笑いの作り手側の一面を見て思ったことは、笑いって、見てる側が、それぞれ一本のマッチ棒のようなものを自分のなかに持っていて、そこに、笑わす側が点火することができるかみたいな感じなのかなということだ。
角度が合わなくてもなかなか点火しないし、そもそもマッチ棒が湿気り過ぎていたら、いくら火を近づけても点火しない。火の熱量が弱すぎても点火しない。一方通行じゃなくて、それぞれのの条件が合わないと点火しない。
そこで、よりたくさん点火することができたら、火は大きくなって、結果、爆笑というものを作り出せる。
笑いのセンスはもちろん、話し方、間、表情、すべてを良い塩梅で使う。もはや職人。
帰り際、練習を続け、職人を必死で目指す彼らに向かって、娘は「面白い人、ばいばーい」と言って、彼らに手を振っていた。彼らも笑顔で手を振り返してくれた。
以降、娘は、公園に行くたび、「あの面白い人たちいるかな?」と言う。
3歳の娘の記憶の中には、ちゃんと彼らがいるんだなあと思うと感慨深かった。
コンビ名はわからないけれど、「数々の大御所の楽屋にあいさつに行く」というネタの練習をされていた芸人さん、頑張ってください。
娘ともども応援しています。