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離婚後⑤無償の愛の、難しさと尊さ

上の写真は元夫と結婚した頃に住んでいた場所。
先日、乗り換えで降り立った時に懐かしくて写真を撮りました。駅前の店舗が定まらない店は、今はケバブ屋になってた。


無償の愛。アガペー。神の愛。
皆さんは遠藤周作の『沈黙』を読んだ事がありますか?映画にもなりましたね。窪塚洋介さんが主演だったかな。
私が初めてこの本を読んだのは、高校2年の夏でした。たしか倫理の授業の宿題。宿題なんだけど、やってもやらなくても良い、みたいなゆるいやつ。私は倫理の授業が大好きすぎたので、課題図書を2冊読んでレポートを2つ提出しました笑

今になって思うのですがアガペーと呼ばれる「神の愛」って
「神から愛される」ではなくて「神を愛する」なんじゃないだろうか。

だって神は来るべきその日までは、皆に等しく沈黙を貫くわけです。そんな神を愛することはまさに「無償の愛」なんじゃないかと。


現代風に言うなら「推し活」はアガペーに近いと思う。
だって別に、推しの誕生日に祭壇作ってオリジナルケーキでお祝いしたって、推しが返してくれるのは「みんなありがとー!」なわけで「ささみちゃんありがとう」ではない。

ホス狂いも近いのかしら。アレもある意味で推し活か。
推しが1位になるために。あぁでも流行りのアイドルや2次元を愛するよりもバックがあるのかな。出費も比ではなさそうだけど。
んーーーバックがあるから余計に沼るししんどいのかな。

その点、子育てはいいね!ちまきは私の「推し」みたいなもので、貢げば(言い方よ)私の目の前で喜んで「まま、ありがとう」って最高の笑顔を向けてくれる。なんならハグしてキスして手を繋いで散歩してくれる。人前をはばからず「だいすき!」なんて言ってくれる。わーお。

でも、あと10年もしたらちまきは思春期を迎えるわけだから。お母さんが若くもキレイでもおしゃれではないことを嘆いたり、お母さんは仕事が大好きなのに責任ある肩書ではない事を嘆いたり、場合によっては生まれて来た事を嘆いたりするのかもしれない。今、私がこんなに愛して(推して)育てて(貢いで)最優先事項としているのに。
乳児の頃は文字通りに、血も分けたし(授乳)、寝る間を惜しんで(夜泣き)世話をしたし、今は自分のものは最低限しか新調せずにあなたが何回遊ぶかわからないおもちゃを買い、冷たい風が吹き荒ぶなか公園に行き、たらこスパゲティが食べたいと言えばどうにかあつらえているの言うのに。


なーんて事を考えているのは、私が元夫への気持ちを断ち切れないからです。
ちまきのお稽古の関係で、会って話をして一緒に食事をしたらなんかまた「あーーーすきーーー」ってなってしまった。
自分がもうどうにもならないから思い切って、離婚したけどやっぱり貴方が好きで、でも現状では一緒にいられないからってメールしてみたら、

既読&未読スルーされてます!!!
悲しーー!
でも、同時に「あ、好きなのは私だけなんだな」って再確認。半年ほど前のあの時に「離婚しないでほしい」って言われたのは、愛ではなく世間体や生活だったのかな、って思っちゃった。

あの時、私はどうしたらよかったんだろうね?
こんな気持ちになるくらいなら、義実家と縁を斬らせてやり直すべきだった?ははは、わかんねーや。
人を好きな気持ちは何にも変えられないけれど、私の場合は完全に一人相撲。この愛が見返りを求める(私の場合は、愛されたい)エロスからアガペーに昇華することなんてあるんだろうか。

同時に、信頼していた上司との色を含んだやり取りで決別してしまった事をまた思い出して憂鬱。
「佐倉を助けたい」
「でも私は色関係になるのは嫌だ」
「でも俺は佐倉を助けたい」
「……(自分が助けたいと思うなら、見返りを求めずに私を助けてくれよ)」
と思ったけれど口には出せないよねそんな事。
めんどくさくなったので、確実にダメージになりそうな言葉を選びに選んで爆弾投下したら見事にヒットしました。
きゅうしょに あたった!
こうかは ばつぐんだ!

もういいよ、私の事を嫌いになってくれ。悪い事したとは思うけれど、そうでもしないといつまでも続きそうだったんだもの。堂々巡りだよ。

見返りを求めない、と言うのは難しい事なんだな。
子育て、新人教育、推し活。
なんとなく終わりがあるもの。
自分で終わりを選べるもの。
じゃあ、結婚生活は?相手が自分を愛していないと感じてしまったら?自分よりも大切で好きなものがあって、それがパチンコだったら?あーあ、浮気の方が良かった。浮気の方が楽だった。夫を100%悪者にできたし、離婚した後に夫を好きでいても言い訳ができた。
でもさ、ギャンブルだよ?しかも「仕事や家庭にストレスがあった」なんて言われたら、何も言えない。
久しぶりに泣きそうな夜だ。

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