灰汁頭巾 #AKBDC
1
昔々、とある修羅の村に、可愛くて強い少女がいました。
村のものは誰でも少女を可愛がりしましたが、特におばあさんはベタ甘で少女のためならばなんでもあげちゃうほどの可愛がりようでした。
ある時、オバアサンは灰汁色の兜をあげました。その兜は少女にフィットし、耐久力に問題なかったので少女はそればかりかぶるようになりました。それで、少女は灰汁頭巾と呼ばれる様になりました。
灰汁頭巾は三度の飯より決闘が好きでした。
鍛え上げられた肉体から繰り出される打撃は相手の鎧を容易に砕きます。
イールのようになめらかに動く手足から繰り出されるサブミッションは、相手を逃さず確実絞め落とします。
時折外から来た腕自慢が、灰汁頭巾のことを舐めくさり、かわいがろうとして返り討ちにあったりもしていました。
灰汁頭巾は辛いもの、特に麺類が好きで大の大人でも敬遠してしまうような辛い料理をよく食べていました。
ズルズルーッと豪快にすすってはむせるところが可愛いと評判でした。
そんなこんなで、返り血と飛び散った辛味成分で兜は真っ赤に染まっていますが、灰汁頭巾は灰汁頭巾と呼ばれ続けていました。
ある日、灰汁頭巾の師である母が少女にいいました。
「灰汁頭巾よ、ここに麦酒が満たされた樽が一つと、半チャーハン十人前がある。これをおばあさん持っていってほしい。おばあさんは病に蝕まれて衰弱している。これを喰らえば回復するだろう。頼めるか?」
「なぜ私がいかねばならぬのか」
「よくきけ灰汁頭巾よ。お主は確かに強くなった。しかし、外のことを知らぬ。これはいいチャンスだと思うのだ。それとも、森に行くのが怖い──」
「笑止!」
灰汁頭巾は母の言葉を遮ると、片手に自分の背丈ほどある樽一つを、もう片手に半チャーハン十人前が入った大皿一つを器用に持った。
「よし灰汁頭巾、静かに、迅速に、道に沿って歩くのだぞ。もし転んだりすれば、おばあちゃんは何も手に入れられないからね。それと、部屋に入ったらおはようございますと言うのを忘れずに。挨拶の前にあちこち覗き込むような恥知らずな真似はしないように」
「承知している」
灰汁頭巾とお母さんは約束の握手をしました。
2
おばあさんは村からすこし離れた森に住んでいます。森は十キロメートル四方もあるほど広くて深く、迷ったら最後、野生生物に食べられるか餓死してしまいます。
そんなことはつゆ知らず、鼻歌交じりで歩いていた灰汁頭巾は、森に入ったちょうどその時にオオカミに会いました。
オオカミは灰汁頭巾の2倍もあるほど大きく、鋭い牙と爪を持っていました。
灰汁頭巾はオオカミが悪いケモノだと知らず、己の力を信じているので全く怖がりませんでした。
「こんにちは、灰汁頭巾ちゃん」とオオカミはいいました。
「うむ」と灰汁頭巾は頷きました。
「こんな早くにどこに行くんだい?」
灰汁頭巾は目の前のケモノの馴れ馴れしさに眉をひそめましたが、
「オバアのところだ」と己を抑えて答えました。
「その手に持っているのはなんだい?」
「あ?」
「あっ、えっと、いいたくなければいいんだけど」
怯える様子のオオカミをみて、無意味に弱者を驚かしてしまったことを灰汁頭巾は心のなかで恥じます。
「……麦酒と半チャーハンだ。おばあに食べてもらい、往年の力を取り戻してもらわねばならぬ」
「そうなんだ、それはいいことだね。おばあさんはどこに住んでいるの?」
「森の中央にあるコロッセウムの跡地だ。道に沿っていけばやがてたどり着くと聞いた。もういいか? 先を急いでるんでな」と灰汁頭巾は答えました。
「あっ、うん……」
オオカミは(ちょっと硬そうだけど若いし美味しそうだ。婆さんより美味そうだ。それに、あの手に持っている麦酒と半チャーハンもいただきたい)と心のなかで考えました。
「いや、森は危険がいっぱいだから僕も着いていくよ、森のことは灰汁頭巾ちゃんよりも詳しいからね」
もちろん悪頭巾はオオカミの手助けなど不要だと思いましたが、相手にするのも面倒だったので好きにさせることにしました。
3kmほど進んだ頃でしょうか、おもむろにオオカミが立ち止まっていいました。
「灰汁頭巾ちゃん、ここらへんに天然イールが取れる秘密の場所があるんだけど──」
「イールだと!?」
「うん、ここから道をそれて少し降りたところに──」
灰汁頭巾は最後まで聞かずに、オオカミが指した方向へ走っていきました。その目はギラギラに血走っていました。
少しして、灰汁頭巾は大きな湖にたどり着きました。とても水質がよく、イールの他にも様々な魚が気持ちよさそうに泳いでいました。
灰汁頭巾は(イール! イール! イール!)とそれしか考えられなくなっていました。そして、樽と大皿を安定した地面に置いて湖に飛び込みました。
その間にオオカミは、まっすぐにおばあさんのコロッセウムへ走っていきました。たどり着いたときには息も絶え絶えでしたので、しばらく休んで心臓を落ち着かせてから、コロッセウムの錆びた門をたたきました。
すると、門の上に備え付けられていたお手製のスピーカーから、
「そこにいるのは誰だい?」と声が聞こえました。
「灰汁頭巾だよ」とオオカミは答えました。「麦首と半チャーハンも持ってきているの。門を開けてほしいんだけど」
「おやおや、その程度の門も自分で開けられないのかい? 灰汁頭巾はいつからそんなに軟弱になっちゃったのかねえ?」
オオカミは門を全力で押してみましたが、びくともしませんでした。困ったなと思いましたが、すぐに持ち前のずる賢さを発揮しました。
「両手がふさがっているから開けれないの……」
「ああ、そうなのかい。今開けるから入ってきてね」
とオバアサンが言うと、ギギギと大きな音を鳴らして門がひらいていきました。
オオカミは一言も言わずに素早く門の中に入りました。そこは大きなエントランスでした。中央と左右に道が伸びています。
「オバア、どこにいるの?」とオオカミは大声で言いました。声が反響します。
「真っすぐ進んできて」とエントランス内に備え付けられているスピーカーからおばあさんの声がしました。
オオカミは再び全力で中央の廊下を駆けていきます。
長い廊下の先は土の敷き詰めれた広場でした。あちこちに剣や斧などの武器が刺さっています。
広場の中央に、オオカミよりもさらに一回り大きなおばあさんが立っていました。
オオカミは本能でおばあさんの強さを察したので逃げようとしましたが、ソレよりも早く、老婆が放った鎖に片足を絡め取られました。
「どーこ行こうとしてんのかいこのバカタレめ」
3
灰汁頭巾はイールを掴んで泳ぎ回っていました。捕まえたイールは手刀でさばいて腕に巻きつけています。
そうして巻く場所が無くなるとおばあさんのことを思い出し、湖から上がりました。
手頃な木を切り倒しカゴを作って、その中にさばいたイールを入れました。
「これだけあれば、どんな病魔もイチコロよ」
灰汁頭巾は左手に樽、右手に大皿、そして頭にカゴを乗せておばあさんのところへ向かいました。
灰汁頭巾は健脚なので、目的地にはすぐたどり着きました。
コロッセウムの門が開いているのを見て「病魔に侵されているもののくせに不用心だな」と思いましたが、深く考えずに中に入りました。
そして、エントランスを見渡して、中央の廊下の先から血の匂いが漂っていることに気が付きました。
「ふぅむ……こっちか」
迷いもせず中央の廊下を進む灰汁頭巾。
そして広場にでてから、「おはようございます」と元気良く言いました。
だけど、返事はありませんでした。
灰汁頭巾は広場を見渡しました。広場の中央に、キングサイズのベッドが置かれていました。血の匂いはそこからします。
「逝ったか」
灰汁頭巾は日陰に持ってきたお土産を置いてから、ベッドに近づきました。
そこには、顔まで深々と帽子をかぶったおばあさんがいました。灰汁頭巾は眉をひそめました。
「耳の肥大化……病の作用か?」
と灰汁頭巾がひとりごちると、
「お前の声がよく聞こえるようにおおきくしたんだよ」と返事が帰ってきました。
「その目も?」
「お前をよく見るためにさ。最近老眼が厳しくてね」
「老いたな、オバアよ。その手はどうしたんだ?」
「お前をよく抱けるように鍛えたのさ」
「なるほど。それでは最後に一つ、その大きな口は? それに先程から声は聞こえるが口は動かしていないようだが」
「それはね……わたしが喋っていたからさぁ!」
突然ベッドを吹き飛ばして下からおばあさんが飛び出してきて、灰汁頭巾の片足に鎖をつけた。
「おばあ!?」
「久しぶりだねえ私のかわいいかわいい灰汁頭巾よ。ハッピバースデイ!」
くるくるくると灰汁頭巾の後方へ三回転してから立ち上がる老婆。
灰汁頭巾は足の鎖をほどこうとするがガッチリと縛られていた。
「どういうことだ!」
「これが私からのプレゼントさね。たまたまいい相手を見つけたものでねぇ。ほら、さっさと起きな!」
おばあさんがそう言うと、ひっくり返ったベッドが吹き飛び、下からおばあさんの服を着たオオカミが姿を表した。顔を腫らし目を血走らせたケモノはさっきを隠そうともしない。片足には灰汁頭巾と同じ鎖。
二人の足の鎖は両者の中央の杭につながっている。
「チェーンソーデスマッチさね。凶暴なケモノとなんてなかなか経験できないからねぇ。ほれ、おばあちゃんを楽しませておくれ」
4
おばあさんが指を鳴らすと同時にオオカミが恐ろしいスピードで灰汁頭巾との距離を詰めた。
ジャブ、ジャブ、ジャブ、フック、ジャブ、ジャブ!
巨体から繰り出される打撃を涼しい顔でいなす灰汁頭巾。苛立つオオカミ。
ジャブ、ジャブ、フック、ストレート!
「甘い!」
オオカミのストレートパンチに合わせて一歩踏み込みボディへ鋭いフック! 普通なら肋骨が折れているだろう打撃だが、オオカミは意に返すさず、両腕で灰汁頭巾を捕まえにいく! 灰汁頭巾は身体を深く沈めてオオカミの股をくぐって背後にエスケープ! 背後から素早く首に手を回してチョーク! だがキマッていない!
「相手は野生のケモノさね! 生半可な力じゃ跳ね返されて終わりさ!」
「ガァァァ!」
オオカミが暴れて灰汁頭巾を吹き飛ばす! 地面を転がる灰汁頭巾だが足の鎖によって止まる。
挑発するかのように吠えるオオカミ。
「やろう……」
「武器を使いなさい! おじいさんはどんな武器でも使いこなす戦士だったさ!」
「ふん」
立ち上がって灰汁頭巾、足元には歪曲した刀が刺さっている。が、灰汁頭巾は見向きもしない。
兜の位置を調節して、腰を低く落とし左手を前に、右手を腰の位置に置く。目を閉じて、静かに長い息を吐く。
「もう加減はできんぞ」
「ガァァァ!」
動いたのはオオカミ! 四足で急接近! そのまま、大きな口をこれでもかと開けての噛みつき! 音速の噛みつき!
灰汁頭巾は目をひらいた。が、動く暇はなく、一瞬のうちにオオカミに飲み込まれていった!
「愚かな! 己の力を過信しすぎじゃ!」
予想外の事態に慌てるおばあさん! 足元の槍を掴んで駆け出そうとする……
その時!
「シャァ!」
灰汁頭巾が全身のバネを爆発させるように右拳を突き出した! 高速……いや、神速突き!
「グワアアア!」
苦しむオオカミ。なんと、オオカミの腹部から拳が突き破っているではないか! ほとばしる臓物と血液!
オオカミはしばらく苦痛の叫びを上げていたが、やがて力尽きて倒れました。
そして、腹部から灰汁頭巾が涼しい顔で出てきました。全身を真っ赤に染めて。
「大丈夫かい灰汁頭巾!」
「誰に言っているんだ。……オオカミの腹の中は暗かったな」
5
満天の星が輝く空の下、おばあさんと灰汁頭巾は焚き火を囲んで麦首と半チャーハン、それにイールの蒲焼きと、おばあさん特製辛い麺を楽しんでいた。
どうやら、おばあさんの病気は嘘で、孫の誕生日を祝いたかったそうです。
そして、本来は近くに住む猟師に狩りの仕方を教えさせようとしていたが、たまたま凶暴なケモノが現れたので予定を変更したとのことでした。
灰汁頭巾は事件の全貌を聞いて(今回の件は私の油断が招いたもの。肉体だけでなく精神も鍛えねばならぬな)と思いました。
めでたしめでたし
これはなんだろう?
akuzumeさん主催の、akuzumeさんの誕生日を祝うイベント用に書かれた、akuzumeさんを狙った(つもりの)小説です。すこしでも刺さればいいですね。