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殺し屋イヌイ #1

1.今日の現場はヤクザの事務所だ 

 俺とサメハラ先輩は、赤鳥居――ビル二階分ほどの高さの――の前に立っていた。赤鳥居の上には、何故か木彫りの猿が置いてある。守り神か何かだろうか? その向こうには汚れた三階建てのビルが建っている。ここが今日の仕事現場になる。

「先輩、なんですかねこの赤鳥居は。なんでビルの前なんかに……」俺は赤鳥居の上を指差した。「それとあの猿も」
「くだらないこと考えてないで集中しろ。仕事だぞ」

 先輩の声は鋭い。言葉の端々から殺気が漏れている。仕事モードだ。先輩筋肉隆々で強面だから怖い。

「すみません。ちょっと気になったもんで」
「おいボーヤ、やる気がないのなら帰れ。仕事の邪魔になったら撃ち殺してしまうぞ」
「だ、大丈夫です! 今集中しました!」
「そうか。なら最終確認をしておけ」

 先輩はそう言うと懐から携帯電話を取り出した。おそらく"管理部"へ連絡するのだろう。今日は俺がメインだが事務所への業務連絡だけは先輩がおこなう。

 俺はその間に、先輩に言われたように装備の最終確認をすることにした。スニーカーの靴紐はきちんと結んである。そう簡単に解けることはないだろう。足元よし。黒い手袋をはめることも忘れない。保護具着用よし。指差し呼称はしっかりと行う。傍からみたらマヌケだろうが、規則だから仕方がない。

 次に懐から拳銃を取り出した。口径の小さくて軽いなんの変哲のないオートマチック拳銃。ただ、マガジンだけは"DIY部"が開発した特注品だ。なんと、通常の五倍の銃弾を入れることができるらしい。マガジン交換が苦手な俺専用だ。おかげで俺は射撃に集中することができる。
 拳銃を一通り確認した後、薬室へ弾を送る。この一発目が今日一日の運勢を決める。ただのジンクスだ。準備OK。最終確認が終わるとほぼ同時に先輩は携帯をしまった。

「よし、準備できたか。ミーティングで伝えたとおり、今回はお前が指揮を取れ。俺に遠慮するな。そしてためらうな。お前が正しいと思った行動をとれ。いいな?」

 先輩は無骨なオートマチックショットガンを二丁、ロングコートの中から取り出し左右の手にそれぞれ握った。レーザーサイトが二本、地面に伸びている。俺もレーザーサイトをつけようかな。便利そうだし。でもフラッシュライトも捨てがたいなあ。今日の仕事が終わったら申請してみよう。

「分かってます、任せてください。やってやりますよ」そういった俺の声は、情けないが少し震えていた。
「おい、肩に力が入りすぎているぞ。なに、何かあったら俺がバックアップしてやるから安心しろ」
 サメハラ先輩が笑った。強面の先輩は笑い顔でも迫力がある。鮫のように笑うとはまさにこんな漢字だろう。本人の前ではとてもじゃないが言えないが。

「うっす、あざす」
 俺は深呼吸を一つした。熱を体の芯にとどめ収束させる。方から力が程よく抜ける。もう一つ深呼吸をすると、頭の中がクリアになった。精神が研ぎ澄まされ僅かな空気の流れすら感じ取れるほど感覚が鋭くなる。オールグリーン、良好。
 ……なんてなったらいいのになと思う。そう簡単に切り替えられるほど俺は器用ではない。だけど深呼吸のおかげか、そんなくだらないことを考える程度には落ち着いた。先輩に感謝だ。

「ふう。……行きます。適時ハンドサインを出しますんで。ハンドサインはパターンBでいきます」こんどは声は震えていなかった。
「了解」

 俺は赤鳥居をくぐり、ビルのガラス扉の前に立った。センサーが反応してガラス扉が自動で開く。俺は拳銃を両手で構えながら慎重にビルの中に足を踏み入れた。

 エントランスもまた小汚かった。切れかけた蛍光灯がチカチカと辺りを照らす。廊下が奥へ続いている。廊下の左右には等間隔にドアが付いていて最奥に上り階段がある。入口近くに階段がないとかどうなんだ? 俺は訝しんだ。おっといけない、集中集中。
 エントランス右手には郵便受けが設置されていて、ほとんどの郵便受けに広告が無理やりねじ込まれている。郵便受けの下には郵便物が大量に散らばっていた。空の郵便受けの一つの303号には"サルヤマ商会"と書かれている。情報通りならここにターゲットがいるはずだ。

 後手にハンドサインを出してから俺は廊下の奥に向かった。階段の手前で、後ろを振り返った。先輩がエントランスで警戒をしているのが見えた。俺と目が合うと、ショットガンを持っている手を軽く振った。
 俺は再びハンドサインを出してから、階段を登った。二階で一旦止まる。誰もいない。続いて三階へ上る。階段を上がる足に力が入る。階段が死刑台に続いているように思えた。
 チンピラの二、三人がサルヤマ組のドアの前に屯している風景を想像した。もしかしたら、もう俺達に気がついていて、銃を構えている可能性も……。俺は拳銃の体の前に構え、いつでも対応できるようにする。

 すぐに三階の廊下が目に入った。廊下にも誰もいなかった。
 その場でしゃがみ、警戒しながら先輩が来るのを待った。一分ほどで先輩が姿を表した。

「静かですね」俺は言った。
「ああ、だが、油断するな」先輩が答えた。
「うっす」

 すり足で二番目左の扉の手前まで進み壁にもたれかかりハンドサインを出した。先輩も同じ様にすり足で進み、俺を抜かし、ドアを挟んだ反対側の壁にもたれかかる。傍から見ると、SWATが立てこもり犯のいる部屋にブリーチング突入をする準備をしてる様に見えるだろう。まあ、実際に突入するのだが。

 拳銃を持っていない方の手でゆっくり郵便受けを押し開けた。人の気配がした。俺はうなずいた。先輩は右手のショットガンを壁にかけて、懐から携帯電話を取り出して電話をかけた。

 プルルルルル、プルルルルル、プルルルルル、プルルガチャ……

 室内で響いていた電子音が鳴り、すぐに切れた。先輩がうなずく。ビンゴ、誰かが電話をとったようだ。
 先輩が無言で電話を切ると、何かが叩きつけられて壊れる音が聞こえてきた。無言悪戯電話は俺でもイラつくから気持ちは分かる。だけど、受話器を叩き壊すのは良くないと思うぜ。

 俺は財布を郵便受けに挾み、郵便受けが開いたままの状態にした。中の状況を少しでも聞き取るためだ。
 次に、懐から特製レーザーポインターを取り出した。コレも"DIY部"製だ。特製レーザーポインターを扉の隙間の前に構える。持ち手にあるバーで出力をいい感じ調整してからボタンを押した。細い緑色のレーザーが出射される。そのまま、扉の間をなぞるように動かした。小さく鉄が溶断される音が聞こえる。

 後は突入して組長のサルヤマとその取り巻きをわからせれば終わり。俺は拳銃の銃口を覗き窓に合わせながらインターホンを押した。

 ピンポーン

 扉の向こうから郵便受けを通して足音が聞こえた。
 ピンポーン、ピンポーン、ピピピピピピピピピンポーン
 インターホンを連打すると、シッカリとした足音が聞こえた。拳銃の引き金にかけた指にじんわりと力をかける。足音が止んだ。
「クソッ誰だ……なんだこの臭い」足音の主のつぶやきが聞こえた。

 BANG! 俺の拳銃が火を吹き、覗き窓のガラスが割れた!

 中から悲鳴が聞こえる。すぐさま一歩下がり、先輩と共に扉を蹴破った。特製レーザーによって、鍵とチェーンと蝶番はバターの様に切られていたので扉は室内にすんなりと倒れていく。
「なんだ!?」「カチコミか!?」複数人の怒鳴り声が聞こえた。

 室内をすばやく見渡す。玄関から正面に廊下が伸びていて、廊下の左右と奥に木製の扉がある。奥の扉は半開きになっていて、怒声がそちらからのようだ。左右の扉は閉じられている。

 MOVE! MOVE! MOVE! 頭の中で声が響く!


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チルお
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