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殺し屋イヌイ #4
4.殺意の声、死闘のはて。
先手を取ったのは先輩の方だった。腹の底を揺らすような太い銃声が二発。散弾の雨が飛んでいく。しかし、サルヤマは銃声が鳴った瞬間に空高く跳び、銃弾を避けた!
「!?」
先輩は、驚きはしたが熟練の殺し屋だ。反応すばやく、宙を飛ぶサルヤマめがけて更に連射。いくつかの弾がサルヤマに突き刺さり、そこからどす黒い血が吹き出す。俺も寝転んだまま拳銃をがむしゃらに連射。俺の弾は当たらない。ちくしょう!
のんきに寝ている場合じゃねえぞ俺! 必死に両手に力を込めて地面を叩く。立ち上がることができなくても、せめて上半身ぐらいは上げないとろくに援護もできない。
先輩の銃声とサルヤマの奇声がひっきりなしに聞こえてくる。
おいイヌイ、このまま先輩にケツを拭いてもらうつもりか? 自問自答。くそったれだ。息を吐いて腹筋を収縮させつつ可能な限り力を入れる。数字を3数えて一気に上体を起こした! 怒りだ! 己の怒りを燃やして気力を作る!
といっても、漫画やゲームのように回復するわけではない。頭と身体がフラフラする。気を抜くとすぐに倒れてしまいそうになる。それでも気力さえなくならなければできることはある。拳銃をサルヤマに向けて構える。
今ではふたりの戦いは肉弾戦に移行していた。
先輩は手に持ったショットガンをバットのように振り回した。しかし、サカモトは人間離れした動きでそれを避ける。サカモトが飛びかかろうとすれば先輩はショットガンでガードする。ふたりはまるで激しいダンスを踊っているようだ。
俺は拳銃を構え続けてチャンスをうかがう。というよりも今の俺ではそれぐらいしかできない。
先輩の右ショットガンがサカモトの足元を狙って振られる。サカモトは跳んでそれを避ける。左ショットガンで宙に浮いているサカモトに殴りかかる。サカモトはそれを受け止めて、ショットガンを引っ張った反動を使って先輩に襲いかかる。先輩は右手のショットガンを離してアッパーカット! サカモトの顔面にクリーンヒットする。サカモトは空中で三回転して着地。すぐにバックステップで距離を取った。
俺はありったけの弾丸をサカモトめがけて撃ち込んだ。
が、サカモトの動きはめちゃくちゃ素早かった。初弾が足元に着弾した瞬間、俺からの攻撃に気が付き回避行動を取った。そうなったらもうだめだ。ガキの盲撃ちよりも精度の低い銃撃が当たる訳がなかった。
それでも、俺は震える手で引き金を引き続けた。
カチン。
拳銃のスライドが下がった。弾切れだ。もはや、投げつける気力もなく、拳銃は俺の手から静かに落ちていった。
弾が飛んでこなくなったと分かったサカモトが回避行動を止めた。こちらを向いて歯をむき出しにして唸っているのがわかる。めちゃくちゃ怒ってる。そりゃそうか。そうだよな、気持ちはわかる。……何見てんだよコラ。サカモトに見えるように中指を立てた。
「WOOOOOOOOOOO!」
サカモトが俺めがけて駆けてくる。もちろん四足歩行だ。早い。すぐに距離が半分になった。
今日一の危機的状況だが口の端に笑みを浮かべた。やばいときこそタフであれだ。……なんか違う気もするけれどまあいいか。無駄なことばかり考えてしまう。余裕があるわけではない。ついさっきまで俺は必死だった。だから余計な思考が浮かばなかった。
俺とサカモトの距離がさらに縮まる。サカモトは一気に飛びかかるために、足のバネをためる。大丈夫。俺の援護射撃は意味があった。
そして、サカモトが今まさに飛びかかろうと最大限まで溜めを作り……
BBAAKOOM!
重なった二発分の銃声。そして、サカモトは俺から見て右側に吹っ飛んでいった。そのままビルの壁に叩きつけられた。俺は安堵の息を吐いた。
左手にはサメジマ先輩がオートマチックショットガンを構えたまま仁王立ちしていた。ショットガンの銃口からは赤色の濃い煙が立ち上っている。
俺の作戦はこうだった。俺がサカモトの気を引いている間に弾を補充してもらう。そして、隙を見せたところでズドン! アイコンタクトも何もしていないが、これぐらいの連携は阿吽の呼吸でできる。――できてよかった。
それにしても、と赤い煙を眺める。先輩、特注スラグ弾を使うなんて……よっぽどヤバイと判断したんだろうなあ。おそらく、もうあのショットガンは使いものにならないだろう。言葉通り最終兵器だ。
視線を右に向ける。壁に埋まったサカモトは動いていない。終わったか。
先輩はしばらく警戒していたが、サカモトが動かないことを確認すると、つかつかとこちらへ歩いてきた。
「大丈夫か?」と、先輩が言った。
そう言った先輩は、コートがところどころ切れていて血が滲んでいる以外特に怪我をしている様子はない。流石だなあ。
「余裕、ですよ」
俺は強がりを返す。どっからどう見ても余裕ではない俺を、先輩の目には一体どう映っているのだろうか。
「そうか。それならいいんだが」先輩は俺を眺めて口元を曲げる。「それにしても、一体何が起きたんだろうな。この仕事をしてそこそこ長いけど、あんなの初め……!」
先輩は、最後まで言い切る前にものすごい速さで身体をひねった!
胸元まで上げたショットガンになにか大きな物体が衝突したと思った瞬間、先輩は俺の視界から消えた。
俺の思考が一瞬遅れる。何が、起きた? 先輩は? 先輩が飛んでいったほうを見た。
潰れたパチンコ屋の前で、先輩とヤツがつばぜり合いのような体勢で取っ組み合っていた。なんでまだ生きてやがる!? ヤツは全身ボロボロ、左肩から先は吹っ飛んでなくなっている。ヤツが通った地面にはペンキ缶をぶちまけたかのようドス黒い血の跡がひかれている。失血死しててもおかしくない量だ。
なのに、ヤツはさっきの……いや、さっき以上の動きで先輩を襲っている。
先輩がヤツを引き剥がす! そしてショットガンで殴りつける! ヤツは避ける! 先輩は殴りつける! ヤツは避ける! ヤツは殴りつける! 先輩はガードする! ヤツは殴りつける! 先輩はガードする! ヤツは殴りつける! 先輩はガード……できず、顔を殴られる! 先輩は殴りつける! ヤツは避ける!
疲労のせいか、先輩がおされている。不味い、なんとか、いや、なにかないか! 俺は何も考えずに右手でカーゴパンツに複数ついているポケットを漁ろうとした。案の定、殆ど力の入っていない左手一本では体を支えることができず、後ろに倒れてしまった。
ふたりの戦いの様子を確認しながら、俺はポケットを緩慢な動作で探り続けた。ひとつめ、空。ふたつめ、スマホ。みっつめ、特製レーザーポインター……。――そして、奥の方に丸くて小さいなにか。
なんだ? 俺は丸くて小さいなにかを掴もうとして、特製レーザーポインターが邪魔だったのでまずはそれを薬指と小指で握ってから、親指と人差指で丸くて小さい何かを掴んだ。手袋の血はもう固まっていてので滑ることなく掴むことができた。
そこで、この仕事の前に同僚のネコタ妹とした会話を思い出した。
「ねーねーイヌイッチ」
ブリーフィングを終えた俺を、ネコタ妹が待ち構えていた。
「なんだよ」
俺は露骨に嫌そうな顔をしてみせた。どうせロクな話じゃない。いつもどおり。
「なによー、その反応」ネコタ妹がふくれっ面をする。「ついに初リーダーをやるイヌイッチの為に良いモノ持ってきてあげたっていうのに!」
良いモノ、それはおそらくネコタ妹の発明品だろう。俺はこれまでイヌイ妹の発明品を思い出した。寝てても動けるギプス。誘導ナイフ。空腹感じなくナ~ル。血を吸う日本刀。etc。一癖も二癖もある、変なモノばかりだ。
「いや、いらねえ」
短くそう告げて、ネコタ妹に背を向けて歩き出そうとした。しかしネコタ妹は、引きこもりエンジニアの癖に素早い動きで回り込んできた。
「ちょちょちょっとぉ! 話ぐらい聞いてよ!」
「やだよ」
「聞いてって! ほら、これを見て!」
ネコタ妹はそう言うと、肩からぶら下げていたポシェットから黒い錠剤を取り出した。
「あん? 正露丸?」
「そんなわけないでしょ! これはね、底力ワキデールだよ!」
底力ワキデール。底力ワキデール。底力ワキデール。頭の中でクソダサネーミングがリフレインされた。頭痛を感じたので頭を手で揉む。
「……聞いてる?」
「聞いてない」
「じゃあ聞いて。それでね、底力ワキデールなんだけど、これを一粒飲めばどんな状態でも身体に元気が戻るの。それが瀕死の状態でもね。もし短時間で二粒飲めば超人になれる。三粒で天国行き。どう? すごいでしょ?」
三粒で死ぬとか劇薬じゃねえか。ツッコミは心のうちにとどめておくことにした。
「……副作用は?」
「うーん、そうだね。次の日にすごい筋肉痛になる程度かな。試しにお姉ちゃんに飲んでもらったんだけど、体を動かすたびにすっごくつらそうに呻いてたから。あのお姉ちゃんがだよ?」
ネコタ妹は悪びれずに言った。普段無口なネコタ姉がうーうー言っているさまを想像して同情心を覚えた。
「ま、とにかく二粒なら死なないから! 持ってくだけ持っててよ!」
俺はポケットに無理やり底力ワキデールをねじ込まれた。
「もし、使ったら感想教えてね!」
そう言って、ネコタ妹は颯爽と去っていた。俺はどっと疲れが出てくるのを感じた。本当にやばくなったら使ってみよう。俺はそう心に決めた。
実際に”本当にやばくなったら”が来るとは思っていなかった。極力使いたくはないのだが、今はこれに頼る他ない。慎重に錠剤を掴んで取り出そうとした。
「グアッ!」「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOW!」
その時、先輩のうめき声とサルヤマの雄叫びが耳に飛び込んできた! 見ると先輩が地面に倒れていて、その脇でサルヤマが片手を天に突き出している。ガッツポーズのつもりかアレ。クソが。
先輩は倒れたまま動かない。サカモトは雄叫びを上げている。俺は右手を動かす。
先輩は動かない。サカモトは辺りをキョロキョロと見ている。俺はポケットから右手を出す。
先輩は動かない。サカモトの視線が俺を捉える。俺は右手を口元へ持っていこうとする。
先輩は動かない。サカモトは俺を見ながら吠える。俺は口を開ける。
先輩は動かない。サカモトが跳んできた。俺は顔を空に向け、錠剤を口にめがけて落とそうとした。
親指と人差指が離れる。黒い錠剤が重力にひかれて落ちる。
そして衝撃が俺を襲った。俺は質量のある物質に押し付けられながら、カーリングの玉のようにコンクリートを滑っていった。ざりざりざりと耳障りな音が背中で鳴った。錠剤は俺の口に落ちる直前にどこかへ弾き飛ばされた。俺の口からうめき声が漏れた。
俺は奇跡的にも、一瞬で状況を判断した。上にサカモトがのしかかってる。イヌのような息遣いが耳にとどく。
サカモトは口をパカっと笑い笑みを作って俺を見た。太鼓を叩くように俺の顔に拳を振り下ろした。バキッ。右頬あたりが折れる音。ぐちゃ。左目の視界が消える。クソが。
そして、首元に回される手。喉に強い圧迫感。呼吸ができない。クソが。
サカモトの口から地の混じった唾液が垂れて俺の顔を汚す。クソが。
特性レーザーポインターを握った手――これは手から落ちなかった――を握りしめて、サカモトの横っ腹を殴った。力の入らないへなちょこパンチじゃ状況は何も変わらなかった。
サカモトは鬱陶しそうに俺の右手を見た。そして、首を絞める手に力を込めた。俺の意識が遠のいていった。
・・・・・
・・・
・
なんだここ?
俺は、暗い場所に立っていた。辺りを見渡すがなにもない。ただ、闇が果てしなく広がっているだけだった。しかし、なぜか俺自身ははっきりと見ることができた。
なんだここ?
と、背後から物音がした。振り返ってみると、俺の背丈ほどある、丸い鏡が置いてあった。
鏡には、ボザボザの黒髪をもち、アゴに薄いひげをはやした若い男が写っていた。男は片目が潰れていた。そして肩から腕から頭から目から全身からドス黒い血を流していた。男は恨めしそうに俺を見ていた。
お前のせいでこうなったんだぞ。鏡の中の男が言った。
あ?何だお前。
お前の雑な仕事のせいで先輩は死ぬんだぞ。
……うるせえ。まだ終わってねえよ。
お前はあのとき死ぬべきだったんだ。
黙れ。
お前……。
ガシャン! 鏡は俺の右ストレートを受けて粉々になった。血まみれの男は粉々になって崩れ落ちていった。
粉々になった向こうに白衣を来た女が立っていた。そいつは、俺を指さしながらゆっくりと口を開いた。
殺しなさい。
懐かしい声だった。そして、とても不愉快な声だった。俺は殴りかかろうとしたが体が動かなかった。
殺しなさい。
その言葉は呪詛のように俺の全身を冒した。
さぁ、殺しなさい。
・
・・・
・・・・・
「AhhhhhhHHHHHHhhhHHhhHhhHHHhhh!」
俺は、自分の絶叫で目を覚ました。視界には驚きの表情のクソ野郎。
殺らえる前に、殺せ!
特製レーザーポインターの出力をMAXにする。ボワッと空気が燃え盛る音。装置が熱を持ち、俺の手を焦がしにかかる。殺せ! 右手を勢いよく振って、ヤツの頭を打つ!
肉が焦げる音とサカモトの悲鳴と俺の絶叫が不協和音を奏でる!
レーザーがヤツの頭を貫通した! ヤツ頭から、焦げた脳みそ飛び出る。俺は自分の手が焦げるのも気にせずにさらに腕をがむしゃらに動かした! ヤツの悲鳴が更に激しくなった。俺の首から手を離して顔を覆った。殺せ!
俺とヤツの視線があった。ヤツは怯えていた。俺は右手に力を込めた。
頭蓋骨をも切り裂くレーザーが、ヤツの頭上半分を飛ばした!
ヤツの目から光が消え、俺に倒れ込んできた。
俺は今度こそ気を失った。
0話完
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