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アイデアの詰まった箱
とある古い遺跡の一室に、物書きの男が足を踏み入れた。
男の前には、アフリカゾウが余裕で入れる程大きな箱が鎮座していた。
箱のあちらこちらには、レバーやボタンなどのギミックが装飾のようにちりばめられている。
「なんと面妖な宝箱だ。しかし、美しくもある」
男がそうつぶやくと、「お褒めに与り光栄ですわ」と艶めかしい女の声が返ってきたので男は驚いた。
男はあたりを見渡したが、人の姿はなかった。
「あなたの目の前ですわ」
と再び女の声がしたので、男は文字通り飛び上がるぐらい驚いた。
「驚かせてしまったかしら? ごめんなさいね」
男は深呼吸をひとつして心を落ち着かせた。そして、宝箱から声が出ているのだと悟った。
「貴女は宝箱の中に入っているのですか?」と男が訊いた。
「いいえ。私は、あなたの言う宝箱そのものですわ」
「そうでしたか、それは失礼を」
男は帽子を取り、箱へ向かって謝罪をした。
「ふふ、箱に向かって謝るなんておかしな御方。……私、あなたのことを気に入りましたわ。あなたになら、私を捧げてもいいかも」
「それは、貴女の中身……無数のアイデアも、ということですか?」
「ええ、私の全てを。だけれど、それは私を開けてから。勿論、そう簡単には開きませんわよ。どうぞ、好きなだけ試してくださいな」
「ほほう。それでは失礼して」
男は帽子をかぶり直すと、手当たりしだいに箱のギミックを動かし始めた。
一通りのギミックを試してみたが、箱は開かず、女のくすぐったさを我慢するような声が漏れただけ。
「ふむ」
「あなたの想像力はこの程度のものですの?」
「まさか、これでも物書きの端くれ。今のはほんの小手調べですよ」
男はそういうと、レバーの上に乗ったり、箱の上で歌ったり踊ったり、水をかけたり、箱を舐めたりと突拍子のない思いつきを片っ端から試し始めた。
男がつかれた表情で201回目の思いつきを試した時、女の満足げなうめき声と共に鍵が開く音がして蓋が開いた。
「や……やったぞ!」
男は喜びもつかの間、器用に箱をよじ登り、意気揚々と箱の中に飛び込んだ。
「……え?」
が、男が落ちた先、箱の中には何も入っていなかった。
男が呆然としていると、突然バタンと蓋が閉じ、男は箱の中に閉じ込められてしまった。
「な、なにが起きた!? おい、開けてくれ!」
慌てふためく男に、女は愛をささやくように言った。
「うふふふふ。あなたは私を開けるために、無数のアイデアを思いつきましたね。つまりそれは、あなたの望みが叶ったということではなくて? なら、次は私の番。私の望みは、愛しいあなたを手に入れること。さあ、私の中を愛で満たしてくださいまし……」
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