オータムインのピスキウム ~プロローグ~7
「そういえばピスキウムさ、アルバイト始めたんだって?」
パムは、手に持っていたピザの切れ端を食べ終えた時、唐突に問いかけた。ごぼうサラダを食べていたピスキウムは訝しげな視線を向けた。
「……そうだけど。なんで知ってんの?」
「エリザさんに……あっ、エリザさんって知ってるよね? 少し前に話すことがあって、たまたま話題に出たんだ」
「ふーん。世間は狭いねえ」ピスキウムはそこで一旦言葉を止め、口をりんごジュースで湿らせた。「そうだよ〈ピートカフェ〉でね」
「へー、ふーん、ほー」
パムはジロジロとピスキウムの顔を見た。ピスキウムの眉間にシワがよる。
「なに?」
「いやね、それを聞いてちょっと安心したっていうか。そんな感じ」
「?」
「あの時さ、あんだけ暴れた後、何もいわないですぐに学校辞めちゃったじゃん? だからさ、どうしてるのかなって」と、パムはいって、フライドポテトへ手を伸ばした。「これでも友達として心配してたんだよ?」
「…………」
ピスキウムは何も言わず、窓の外へ視線を向けた。パムはその様子を横目で見ていた。何も言わず、フライドポテトを食べ続けた。ダニーとトーマスの話し声がBGMのようにテーブルに流れる。
窓ガラスには、黒ウサギ人の少女が無表情で映っていて、何も言わずに彼女を見返していた。
「おう、お前ら。全然盛り上がってねーじゃねえか!」
先程までトーマスに絡んでいたダニーが、パムの方を見ていった。隣のトーマスは疲れ顔である。
「少し静かにして。女の子には色々あるの」と、パムがいった。
ダニーは「なんだよ」と不満を示したが、すぐにトーマスに絡み直した。逃げ場のないトーマスはなすがままにされていた。パムは残りの料理に手を出し、ピスキウムは窓に映る自分をじっと見つめた。
◆
時刻は22時を過ぎていた。4人は店を後にした。噴水の周りにいた若者達はいなくなっていた。
「次は隣町でうまいもん食おうぜ」と、ダニーがいった。
「そうだね」トーマスは疲労困憊と言った様子だ。
「いいね! もちろんピスキウムも一緒にだよ」
パムが、空虚を見ていたピスキウムに顔を近づけていった。
「ん? あ、うん。そうだね」ピスキウムは生返事をした。
「それじゃあ、解散な」と、ダニーはいうとレフトストリートへ歩いていった。
「それじゃあ」「おやすみね―」
パムとトーマスはダウンストリートの方角へ向かった。
残されたピスキウムは、彼らの背中をしばらく見ていた。が、すぐに寒さが辛くなったので自宅があるライトストリート方へ向かった。
ライトストリートでは誰とも出会わなかった。
自宅の駐車場にはピスキウム父の車が止まっていた。ピスキウムはドアの鍵を開けて家に入った。
「ただいま」
「お帰り」
ピスキウムの独り言に、リビングから返事が帰ってきた。低く柔らかい声だった。
ピスキウムは、リビングに顔を出した。ソファに座っていたピスキウムの父が彼女に顔を向けて、再び「お帰り」といった。
父は、丸いメガネをかけて、カバーのかかった文庫本を持っていた。彼の前のテーブルには、バーボンの瓶とショットグラスが置かれている。
「ただいま。お母さんはもう帰ってきてる?」
「ああ、もう寝ているよ」
「そう」
ピスキウムは、テレビ画面をチラッと見た。画面の中では、茶色のトレンチコートを着た男が、ガラの悪そうな男と話しているところだった。
「それにしても、こんなに遅くまで出歩いているなんて、父さんはあまり感心できないな」
「友達と夜ご飯を食べに行ってたから」ピスキウムは、耳をかきながらいった。
「ほう」父は、若干眉を上げた。「もしかして、昔よく遊んでいたブロム家の息子かい?」
「そう、弟のほうね。今もちょくちょく顔は合わせてるけどね。それと、旧友とね」
「そうか……。それなら仕方がないか。友人は大切にしたほうがよいからね」父はウンウンと1人でうなずいた。「ただ、いくらこの町がなにもないところだからって、危険がないわけじゃないからね。次からはもっと早く帰ってくるように」
「はぁい。それじゃ、あたしは寝るから」
「ああ、おやすみ。ピスキウム」
「おやすみなさい」
ピスキウムは階段を静かに上がり、自室に入って、ベットに倒れた。