オータムインのピスキウム ~プロローグ~3
オオカミ人の女性は、ピスキウムよりも頭1つ分背が高かった。丁寧に手入れをされている長い銀色の毛が、仕草に合わせてふわりと揺れた。派手すぎない化粧がバッチリ決まっている。
「おはよう、ピスキウムちゃん。お客さんは……やっぱりいないね」と、女性があたりを見渡しながらいった。
「おはよう、エルマさん。いつもどおりですよ。店長は花を見に行っちゃったし」
「うん、裏で見た。ピートさんはカフェよりも土いじりしてたのほうが似合うよね」エルマと呼ばれた女性は廊下をちらりと覗いて、ピートが来ないことを確認すると、一気に脱力してカウンター裏の椅子に座った。「よっこいしょっと」
「オヤジ臭いですよ」と、ピスキウムが床掃除をしながらいった。
「なにー? こちとらまだ花の20代じゃい! ……アラサーだけどさ。はぁー」
エルマはカウンターに突っ伏してうなりだした。ピスキウムはそんな様子をチラッと一瞥した。そして床掃除を続けた。そのまま、窓拭きを始めようとした時、エルマの視線に気がついた。ピスキウムが顔を向けると、彼女が口はへの字にしてじっと見ていた。
「……なんですか?」ピスキウムが胡散臭いものを見る顔でいった。
「かまって」
「……えぇ?」
ピスキウムは耳をくしくし洗ってから聞き返した。エルマは、勢いよく立ち上がり、オーバーなリアクションで天を仰いだ。
「お姉さんをかまってよー。さびしいじゃんかよー」
「いや、あたし業務中ですし」
「業務中っていってもお客さんいないじゃない。ピートさんは店をほっといて土いじりの真っ最中だし。いいじゃん、友好を深めようよ。ほらほら。コーヒーもお菓子もあるよ」
エルマはカウンターを手でバシバシ叩いた。ピスキウムが店に置かれている古時計に目を向けると、ピートが裏に行ってから30分が経過していた。それに、お昼時はまだまだ先だった。
ピスキウムはため息をついて、エルマの正面から一つ隣にずらした席に腰掛けた。エルマは、作りおきのコーヒーを入れたカップ二つと休憩時間用のお菓子をカウンターに置いた。
「お菓子勝手に食べて怒られませんかね」ピスキウムは、エルマが早速お菓子をつまんでいるのを見ていった。
「大丈夫大丈夫。ピートさんはそんなことで怒らないから」
「そうですか……」といって、ピスキウムもお菓子を一つ口に入れた。「美味しい」
「でしょー? なんたって、ピートさんの手作りだからね」
エルマは、さも自分の手柄のように胸を張って言った。ピスキウムは当たり前のように無視をした。
「ところでエルマさん、今日のシフトって昼からでしたよね。なのにこの時間に来るなんてなんかあったんですか?」
「んっふっふ、それはだねえ、ピスキウム君……ひ・み・つ」
エルマは人差し指を立てて顔の前で振ってウインクをした。それを見たピスキウムは、イラッとした表情をモロにだし、黙って席を立った。
「あー! 待って! ウソウソ冗談だって! ごめんって!」エルマはあわててピスキウムの手を掴んだ。彼女はゆっくりと振り返った。目で「次はないぞ」と伝えながら腰を下ろした。
「えっとね、特に理由はないんだよね。ただ今日は早く目がさめちゃったから」
「暇なんですか?」
「うっ、痛いところをつくねー。刺さるわ―」
「まあ、エルマさんが暇かどうかなんてどうでもいいんですけどね」
ピスキウムは、エルマの胸を抑える仕草をよそ目に、ゆっくりコーヒーを飲んだ。
「そういえば、写真の方はどうですか?」と、ピスキウムはきいた。
「んー? スランプ中」と、エルマ。
「そうなんですか。大変ですね」
「うう、そうなのよ。だからお姉さんのハートはブロークン一歩手前よ」
「そうなんですか。大変ですね」
「そうなのよー。よよよ……?」
エルマは両目を手で隠して泣くそぶりを見せた。しかし、一向に反応が返ってこないので、その大きな指を広げてピスキウムの様子を確認した。彼女は店の外に視線を向けていた。
「……このー!」
突如、エルマはピスキウムに向かって手を伸ばし、彼女のその長い耳を掴んだ。
「うわっ、ちょっと、やめてください!」ピスキウムは驚いて叫び声を上げた。
「このこのー! どうだ、参ったか!」
エルマは手の動きを激しくした。ピスキウムの長い耳が上下左右に引っ張られたり丸められたりした。
「やめ……やめろぉ!」ピスキウムは全力のチョップを、エルマの眉間に繰り出した!
「ふごっ!」