トマーラ
棍棒に付着したトマトのカスを舐めると、顔をしかめるほどの酸味と多少の苦味が口の中に広がった。この地区のトマトは若くて攻撃性が高いようだ。
足元で潰れているトマトの残骸を毟って口に入れた。果肉は柔らかくて汁気が強く水分補給にちょうどいい。それにこの酸味にこそ滋養強壮効果がある。
「うわぁ」
薄暗い部屋の隅、横に倒れているテーブルから鼻の上を出して様子をうかがっている少女が、
「……本当にトマトを食べちゃうんだおじさん」
「お兄さんね。嬢ちゃんも食うか? 身体にいいぞ」
首をブンブンと横に振った。
やれやれ、こんな世界だというのに猫も杓子もトマトを食わず嫌いする。俺の両親も周りの人間も一切食べようとはしなかった。皆、食べると寄生されると思っているのだ。こちらが死にかけていなければ問題ないというのに……
少女の視線に居心地の悪さを感じたので、最後にひとかじりして捨てた。手をジーンズで雑に拭い、テーブルを立て直してカバンから取り出した地図を広げる。現在位置はただの廃墟群だが近くに緑地公園がある。もしかしたら公園になにか……最悪ギガ級トマトがいるかもしれない。
鋼鉄救済騎士団や聖トマト教団の手が伸びていないはずの地区を選んできたことが裏目に出てしまったか。
「これからは特に危険だから俺から離れ……」
顔を上げると、少女が目を見開き口をあわあわと動かしていた。
チリリと首元がうずいた。
「危な──」
叫び声が耳に届くよりも前に振り向き、跳びかかってきていた人頭大トマトを壁まで弾き飛ばす。そのまま走り込み、前蹴りで踏み潰した。
勢いよく種子交じりの真っ赤な体液が飛び散り、ジーンズと鉄板入りブーツが液体と種子にまみれた。つぶれたトマトの中に寄生された哀れな誰かさんの目玉が混じっていた。
「さて、行くか」
外へと向かいながら半ば無意識にジーンズに付着したトマトを掬って舐めた。不味かった。背後で少女が「うわぁ……」とつぶやいた。
【続く】