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灯す音
空を見上げていた。透明な青と白の中間。生まれたばかりの空気が、その身に初めて光を通して喜んでいるかのように、透き通った輝きを放っている。
かかと、ふくらはぎ、手の甲、首筋、耳の裏。仰向けに倒れている身体を優しく受け止めている。
手を動かす。水の抵抗は感じない。手のひらを温める滑らかな"さら砂"の感触。
息を吸う。微かに爽やかな花のような香り。
立ち上がる。服と肌に触れていた水滴は、重力に引かれ水面に戻っていく。
伸び。深呼吸。
周囲を見渡す。くるぶしほどの深さしかない、延々と広がる湖が空の光を反射させながらどこまでも続いている。
空と水と……遠くに見える直立不動の扉だけ。
歩き出す。水も砂も歩みの邪魔をする様子はない。
一歩、二歩、三歩……ふわっ。
足の裏に砂とは違う、柔らかく冷たい、ツルリとした感触。ほんのわずかだけ身体が沈み込む。
ぽーん。
音。
耳をくすぐるような柔らかなピアノのような。わずかな響きを残して消える。
視線を降ろす。足元に白い四角いタイルが砂の中に隠れていた。
タイルから、音符の形をした黒くて細い枠の中を透明な液体で満たした音符が水面から浮かび上がった。
胸のあたりでフワフワと浮かぶ音符を指先で押してみる。ぽーん。音符は空気の上を滑るように扉に向かって飛んでいく。
もう一度、ゆっくりと、同じタイルに足を乗せる。さっきよりも小さい音と小さな音符。
少し離れたところに、別のタイル。暖かい砂で熱を補充してからタイルに足を乗せる。違う音。音符は扉へ。
砂、タイル、砂、砂、タイル……。
不規則に歩き続け、暖かさと冷たさを感じ、音を鳴らし続ける。
ポーン、ポン、ポーン。
歩みはスキップに、スキップからステップと変わり、産まれる音符の数も増える。
どっしりとしたコード。心を震わすメロディー。てんでバラバラだった音がまとまりをもって音楽に変わる。
適当に動かす身体に音符が跳ばされて線をつくる。扉への橋をかけるように。
ステップ、そしてダンス。身体が熱くなる。跳ねるたびに汗と水滴が宙を舞う。浮かぶ音符が光を緩やかに通し、水面を賑やかす。
白いキャンバスに楽譜を書き殴るように音符が世界を埋め尽くそうとする。
しだいに身体は熱を帯びはじめ、自然とひんやりとしたタイルだけを踏むようになる。
気づいたとき、扉が手の届く位置まで来ていた。扉は白い木製で、中央にはめ込まれた三角形のタイルが緑色に点滅している。誘われるがままにタイルに手のひらを当てる。火傷をするのではないかと感じるほどの熱さ。
押し込む。点滅が点灯に変わる。一瞬の閃光。
音符たちが体を震わせ歓喜の歌を奏でる。
音の洪水は空気と心臓を震わせる。音符たちは互いにぶつかり、音を鳴らしながら空へ向かう。
そして、
音符は一斉に弾け、フィナーレを鳴り響かせた。
色鮮やかな花びらが空から降り注ぎ、世界に色を塗り始めた。
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