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殺し屋イヌイ #2

2.映画みたいに上手くはいかない

 体勢を低くして突入。瀕死のヤクザが下敷きになっているドアの上を踏み越える。奥の部屋へめがけて拳銃を三連射。牽制だ。二発は扉にあたり、一発が隙間から奥の部屋に。

 ガラスが割れる音と、「親父を守れ!」「どこの組のもんじゃあ!」「グズグズすんじゃねえ!」ヤクザ共の怒声が響く。

 目標は確かにここにいるらしい。おそらく奥だろう。後手でハンドサインを出す。銃を顔の前で構えたまま、左の扉を体当たりであけて突入した。扉の先は薄暗く狭い部屋だった。そして、拳銃をこちらに向けた男がすぐ近くに立っていた。俺の背が一気に冷える。恐怖も緊張も感じるよりも早く俺は反射的に引き金をひいた。

 銃弾は直線をえがいて男の頭に命中した。そして、バリンとなにかが割れる音がして男の身体が裂けた。え? 男はアホ面で俺を見ていた。俺はアホ面で男を見返した。俺は部屋の明かりをつけた。

 男は若かった。ボザボザの黒髪に大きめの目。アゴに薄いひげ。黒い手袋をはめた手には、長くて太いマガジンが付いている拳銃を持っていた。俺に似ていた。いや、俺だった。もっというと、それは洗面台に備え付けられている鏡に映っている俺だった。

「クソッ、脅かしやがって」
 割れた鏡に向けて中指を立ててから部屋を確認。左手に浴室ドア。浴室は暗い。一応、扉を開けて中を確認したがもちろん誰もいなかった。

 廊下を挟んで反対側の部屋にはすでに先輩が入っていた。銃声が聞こえなかったので、そちらも無人だったのだろう。鏡もなかったのだろう。先輩が俺に視線を向けた。俺は"待機"のサインを出した。
 やはり標的は奥の部屋か。ヤクザ共は籠城を選択したのだろう。鏡のかけらを手に取り、廊下に少し出して奥の部屋の様子を確認する。ヤクザの姿は見えず、静かなものだった。

 俺は洗面台の脇にあったタオル手にとった。そして、タオルを廊下にふわっと投げた。

 BANG! BANG! BANG! BBBBBRRRRRRTTTTTT!

 すぐさま奥の部屋から大量の銃弾が飛んできてタオルを穴だらけにした。やつら、短機関銃も持ってやがるのが。仕方がないな。
 拳銃をいったん床において、代わりに尻ポケットからボールペンを二本取り出した。それぞれ黄色と白色だ。先輩に視線を送る。先輩はうなずいた。
 白ボールペンの先端をカチッと音がなるまでひねってから廊下に転がす。

 プシュウシュウシュウシュウシュウ。

 すぐに白くて濃い煙が廊下を包み込む。身体には無害だと聞かされたけど……不安だ。俺は置いてあったタオルで口元を覆った。煙は部屋まで侵入し、一寸先すら見えない。目は痛くならなかった。
 玄関扉は空いているのから時期にはれるだろう。早く動かなければならない。しかし、今はまだ待ちだ。

「な、なんだ!? 火事か!?」「窓開けろ窓!」「撃て! とにかく撃て!」
 奥の部屋から慌て声がした。そしてすぐに銃声。廊下を銃弾が飛んでいるのがわかる。とにかく、短機関銃を黙らせないとどうしようもない。こうして無駄弾を撃ってもらえるとありがたい。マヌケな奴らで助かる。

 さて、のんびりしている暇はない。銃声を聴きながら、赤いボールペンのノック部を押す。この距離だと――三秒かな。そして、先端を三回回す。
 銃声が一旦止んだすきに奥の部屋めがけて――多少は煙が薄くなっているが、まだ視界は悪い――投げ込んだ。目をつぶって心の中でカウントダウンを開始する。
 目論見通り三秒後に、パァン! と大きな破裂音がして、煙が雷のように眩しい光で照らされた。閉じたまぶた越しでもこれだ。モロに食らったらたまらないだろう。
 そんなことを思っていると、ヤクザの悲鳴が聞こえてきた。今だ。

 俺は拳銃を掴むとすぐに廊下に飛び出した。姿勢を低くして、奥の部屋に向かって一気に駆ける。どうか銃弾が飛んできませんようにと願いながら。

 一歩、二歩……五歩目で奥の部屋の入り口にたどり着いた。部屋の窓は空いていて、部屋から煙は消えている。部屋は横に広く、前方にはソファとテーブルが置いてある。テーブルの上には食べかけのピザと缶ビール。

 そして、ヤクザはソファーの影に二人隠れていた。拳銃をこちらに向けて呆然としていた。スタングレネードが効いている。

 俺は勢いを載せたまま部屋に突入しようとして、ドア枠の段差に足を引っ掛けてしまった!

 崩れるバランス、上がる心拍数。湧き出るアドレナリン。視界に写った景色がスローモーションになる。頭から部屋に突っ込んでいく。

 思考が追いつく前に体が動く。ソファー越しにヤクザを撃ち殺そうと人差し指が引き金を引きまくる! 銃弾はソファーを貫通してヤクザに命中! 食べかけのピザにトマトケチャップがぶちまけられる!

 左視界の隅に人の影。そちらを向こうとするが、それよりも先にコケかけていた俺の身体がソファーに突っ込む。衝撃。首に激痛。だが、そんな事を気にしている余裕はない。拳銃は落としていない。倒れた姿勢のまま、今度こそ左手へ身体を向けた。

 そこには、短機関銃をこちらに向けているヤクザがいた。ショックからは完全に立ち直っていないようだが、引き金を引く程度には回復していた。このままじゃよくて相打ち! 俺は一瞬でそう判断すると銃口をヤクザの身体ではなく、短機関銃へ向けた。銃口と銃口が目を合わす。俺はヤクザより一瞬早く引き金を引いた。

「ギャァ!」
 ヤクザが悲鳴を上げた。血まみれになった手から短機関銃がこぼれ落ちる。俺は間髪を入れずに二連射をみまう。短いうめき声を発してヤクザは倒れた。本当は銃口の中を狙ったのだが、結果オーライだ。やっぱり映画のように上手くはいかないな。

 三人のヤクザを始末して油断したのか、俺の悪い癖がでた。敵地のど真ん中だと言うのに、くだらないことを考えてしまった。

「死ねやコラァ!」
 背後から怒声がした!

 怒声というか殺気に反応して、半ば反射的に地面を転がった。が、間に合わなかった。日本刀の先端が、俺の右肩を斬った! ソファーに衝突したときとは比べ物にならないほどの激痛が走る。

 多量のアドレナリンでも消しきれない痛みを気力で耐える。

 斬撃の飛んできたほうを見ると、図体のでかいヤクザが片手で日本刀を握りしめていた。血走った目で俺を見ている。足元が少しふらついている。図体がでかいやつは回復も早いのか? クソッ。

 ヤクザは叫び声を上げて勢いよく日本刀を振り下ろしてきた!
 俺は無我夢中で体をひねった。二撃目はギリギリで回避することができた。

 肩から流れる血が手につたう。血で滑る拳銃を落とさないように手に力を込め、ヤクザに向ける。ここで殺らなきゃ殺られる。すばやく、だが正確に! 俺はヤクザの土手っ腹に銃口を向けて、引き金にかけている人差し指に力を入れた!

 しかし、拳銃から弾が飛び出すより一瞬早く、ヤクザが振った日本刀が拳銃に直撃!
 金属同士がぶつかる甲高い音がして、銃口がぶれた。一瞬遅く発射された銃弾は、ヤクザの土手っ腹をかすめて、奥の壁に飾ってあった絵画に穴を開ける。血で滑る拳銃は俺の手から滑り落ちた。ヤクザがニヤリと笑った。万事休す。
 そして、ヤクザは大きく日本刀を振りかぶり、今まさに俺を真っ二つにしようとしたその時!

 BAKOOM!

 室内に低く轟く銃声が響いた! ヤクザの胸に大きな穴が空いている。ヤクザは信じられないという顔をして、俺の方に倒れてきた。俺は避けることができず、巨体に押しつぶされる。カエルが潰されたときのような声が俺の口から出た。

 すぐに同じ銃声が四回と、ヤクザの悲鳴が二人分聞こえた。そして、部屋を静寂が支配した。

「生きてるか?」と、先輩が俺を見おろしながら言った。
「はい、なんとか。……すいません」

 先輩にヤクザを除けてもらい、俺は立ち上がった。
 周囲には六人分のヤクザの死体と臓物が転がっている。血と硝煙の匂いが充満していた。先輩が撃ち殺したヤクザは、やはり腹に大きな穴を二つずつ開けていた。
 床には赤い血がこれでもかと言うほどぶちまけられていて、いびつなアートを描いていた。血溜まりの中から俺の拳銃を拾った。傷がついているが、問題なく使えそうだ。

「傷は?」
「肩をやられました。痛いですけど動きはします」
「そうか。止血だけはしておけ。俺はターゲットを探す」

 先輩はそう言うと、部屋の奥へ向かった。そちらには何故かふすまが付いている。奥にサルヤマがいるのだろうか。俺は肩をギュッと抑えて、その上からタオル――洗面台に置いてあったもの――をきつく縛った。痛い。
 その場しのぎの止血を終え、先輩の様子を見に行った。銃声はしていないから事はまだ起きていないだろう。

 ふすまの奥は、六畳ほどの和室だった。先輩は部屋の中央に立っていた。俺は先輩の隣で立ち止まり、あたりを見渡した。
 左手にある押入れは開けられている。右手には窓、こちらはしまっている。向かいには「初志貫徹」と書かれた掛け軸。サルヤマはどこにもいなかった。

「来たか。傷はもう大丈夫か?」と、サメジマ先輩が言った。
「ええ」俺は肩を振って答えた。もちろん、本当は大丈夫ではない。「サル……ターゲットはこの向こうですか?」
 そう尋ねると、先輩はちらりと視線をこちらに流した
「さあな。もしかしたらハズレかもしれない」
「そんな……」

 ここまでドンパチしておいて、無駄足だったとは思いたくない。後始末は"清掃業者"がやるとかそういう問題じゃない。俺は肩を斬られたんだぞ。この傷は労災が降りない。クソッ。
 押入れの中を確認してみる。なにもない。窓を確認する。鍵はしまっている。

「先輩、窓触りました?」
「いいや」
「そうですか」

 つまり、ここから逃げ出したわけではない。一応窓を開けて外をみた。誰かがここからでていった形跡はなかった。

「ハズレ、ですかね」
「可能性はある。俺は管理部へ連絡を入れる。ボーヤはあたりを探ってみてくれ」先輩はそう言って、和室からでていった。
「ういっす」

 といっても、どこをどう探せばいいのか。俺は天井を睨んだ。どこかに屋根裏へのルートがないかと睨んだのだ。部屋の隅に置いてあった木刀を取って、手当たり次第天井を突いていった。ガコッと天井の一部が開いたりはしなかった。次に、敷き詰められている畳を手当り次第突いていった。穴が空くだけだった。

 これはいよいよハズレだ。これでは危険手当ももらえない。骨折り損のくたびれ儲けだ。しかも、俺の主担当としての初陣だというのに。虚しさが広がる。肩が痛い。木刀を脇に放り投げる。掛け軸に力強く書かれた「初志貫徹」が目に留まる。俺を責めているように感じた

 わかる、わかるよ。先輩にもよく言われたよ。最後までやり通せって。俺だって貫き通したいさ。だからサルヤマを出してくれよ。

 無性に腹が立ったので、掛け軸を掴んで一気に引きちぎった。

「……え?」

 俺はぱちくりと目を瞬かした。
 掛け軸の裏のスペースに、小さいけれどなんとか人一人が通れそうな扉が隠されていた。


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チルお
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