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オータムインのピスキウム ~プロローグ~2
外の気温は、ピスキウムの予想通り少々肌寒いと感じる程であった。ピスキウムの家の前を1人の老人が歩いていた。老人は、ピスキウムと視線があうとゆっくりと会釈をした。ピスキウムは小さい会釈を返した。
「あの人、ニュータウンに散歩しに行ってたのかな。ノスタルジーってやつを味わいに行ってたのかな?」
ピスキウムの家がある通りはライトストリートと呼ばれている。この通りは、中央広場とニュータウンにつながっている。かつて、オータムインが栄えていた頃は中央広場とニュータウンを行きかう人々が大勢、毎日この通りを利用していた。しかしニュータウンが閉鎖してからは、ライトストリートを歩く人は激減した。
「うー、さぶ。帰りたい」ピスキウムは中央広場方面に歩き出した。目的地は、中央広場を抜けてメインストリートにある〈ピートカフェ〉だ。
〈ピートカフェ〉とは、その名のとおりピートという名前のクマ人が1人で経営している喫茶店である。ピートはもともとこの街の林業組合に所属していて、その持ち前の怪力を十二分にふるっていた。が、林業が禁止されたときに組合が解散した。すなわち彼は職を失ったのだった。退職金は僅かなものだった。しかし、彼は腐らったりはしないで、退職金とこれまで無駄に浪費せずに貯めていたお給金を使い、ささやかな喫茶店を作った。〈ピートカフェ〉は、主に古参の住人達の憩いの場になっている。
ピスキウムが〈ピートカフェ〉に到着したときには、もう店は開店してた。外から覗くと、いつもどおり客は少ないようだった。
ピスキウムは〈ピートカフェ〉と〈エブリデイブックズ〉の間の、狭い通りを進み店の裏側に回った。
〈ピートカフェ〉の裏側はそこそこ広いスペースで、半分ほどがガーデニングスペースになっていた。いくつかに分けられた花壇に全てで色鮮やかな花たちが咲いており、太陽の光を浴びて気持ちよさそうにしていた。
「グッモーニンエブリバディ。さて、かわい子ちゃん。ちょいと失礼するよ」
彼女は裏口のすぐ脇においてある、赤い花が咲いている植木鉢を持ち上げた。赤い花がふわふわと踊った。植木鉢が置いてあったところに、銀色のカギが隠されていた。彼女はカギを足で引き寄せてから、植木鉢を元のところに戻した。彼女は、そのカギで裏口のカギを解除して屋内に入った。
◆
ドアを開けてすぐ、縦に伸びている廊下に出くわした。入ってすぐ左手は物置兼ロッカールームになっている部屋があり、反対側はトイレ。廊下中程右手に、ピートの居住空間につながる上り階段がある。奥はカフェにつながっている。廊下にはピートが入れたコーヒーの芳しい香りが漂っていた。
彼女は物置兼ロッカールームに入った。そして室内からドアの鍵をしめた。彼女はそうするのがマナーであると思っていた。
物置兼ロッカール―ムに、スチール製のロッカーが5つ壁の前に置かれていた。その内2つに名前が書いてある紙が貼ってある。ほかには、ガーデニング用品と業務机とイス、それに四角形の大きな鏡ぐらいしか置いていなかった。
「んー、土の匂い。なぜか懐かしさを感じるね。嫌いじゃない」とピスキウムは言った。鼻がかすかな土の匂いを嗅ぎ取った。
ピスキウムは〈ピスキウム〉とぞんざいに書かれた紙が貼ってあるロッカーをあけた。柔軟剤の香りが彼女を囲んだ。中にはウェイトレス着が2着入っていた。どちらも、まるで新品のようにパリッとしていた。
彼女はウェイトレス着を取り出し、業務机の上に置いた。服は、白と茶色の上品で落ち着いたデザインだった。スカートの長さは、膝丈ほど、シャツの袖は肘まで。
「可愛すぎて私にはもったいないねえ。……これで、冬用もあればなあ」
ピスキウムはジャージを脱いでロッカーに投げ入れてささっと着替えた。そして、鏡の前に立って自分の姿を眺めた。
「ほーら、かわいい服が台無しだ。店長は似合うっていうけど……ないな」
準備を終えたピスキウムは、物置兼ロッカールームをでて、カフェの方へ向かった。
◆
〈ピートカフェ〉のカウンターの裏に出た。カウンターの端で客が新聞を見ていた。入り口付近のテーブル席で老婦人が楽しそうに談笑しながらモーニングセットを食べていた。隅っこのテーブル席では、ベージュ色のハンチング帽をかぶった老人がコーヒーを飲みながら文庫本を読んでいた。客はそれだけだった。
「おはようございます」
ピスキウムは、小さなキッチンの前に立ってモーニングセットを作っているピートに向かっていった。
「おはよう」とピートは、料理から目を離さずにいった。「ちょうどいい。もうすぐモーニングができるから、準備しておいて。カウンターのお客さんに」
「わかりました」
ピスキウムは、料理が完成するまでの間、カウンターの内側に隠されいたイスに座って待つことにした。コーヒーが沸く音、フライパンでベーコンが踊る音、新聞が擦れる音、老婦人の小さな笑い声。彼女はカウンターに肘をついて、それらの音を聞いていた。しだいに彼女のまぶたが閉じていき……
「これ」
ピートは、キッチン横のスペースに、できたばかりの料理を置いた。白いカップに入ったコーヒーとミルクが入った小瓶、黄金色のバターが乗ったトースト、ベーコンと目玉焼き、小鉢に入ったサラダ。
「はーい」
ピスキウムはテキパキとそれらの品をお盆の上に乗せて、器用に片手でお盆を持ちあげて、客の前に料理を並べた。
「お待たせいたしましたー。モーニングです」とピスキウムはいった。
「ああ、ありがとう」客は新聞を畳たたんで料理の横において、コーヒーに手を出した。
「ごゆっくりどうぞ―」
ピスキウムはカウンターの上に置いてあった料金分のお金を忘れずにとって、踵を返した。戻ると、ピートが皿洗いをしていた。
「店長、皿洗いならあたしがやりますって」と、ピスキウムはいった。
「いや、ピスキウムは休んでていいぞ。後でコーヒー出すから」
「休んでていいって……あたし、ついさっき来たばかり……いえ、分かりました」
ピートにそう言われ、ピスキウムは困り顔で逡巡した。が、店長の頑固さがダイヤモンドよりも強固なことを知っているピスキウムは、ため息を一つついてからカウンター裏のイスに座ることにした。
「別に進んで働きたくないわけじゃないけどさ……流石にこれは違うと思うんだよね」
ピスキウムはぶつくさとつぶやきながら店の外を眺めた。平日の午前中はだけあって、メインストリートであっても外を歩いている人はとても少ない。なぜなら、ピートのように、オータムインで商いを続けている者をのぞいて、住人の大多数は、隣町の学校に行っているか働いているからだ。
時折、チープな車がノロノロと走っていく。この町では車所持者はそれなりに多い。ただ、多いと言っても、全盛期に比べるとたがかしれていて、無駄に広い道路を数台の車がのんびり走っている景色は滑稽でもあった。ちなみにピスキウムの父もボロボロの軽自動車に毎朝乗って出勤している。
「暇……」
ピスキウムのつぶやきを待っていたかのように、ピートがタイミングよくコーヒーを2杯持ってきた。片方をピスキウムの前においた。
「ほら」
「あっ、ありがとうございます。いただきます」
ピスキウムはミルクを少し入れて、スプーンでかき混ぜて、香りをじっくりと楽しんでから、ゆっくりと飲んだ。長い耳がピンと立った。
「うー。やっぱ、店長が入れたコーヒーが一番うまいです」
彼女のその言葉に店長は少し口角を上げるだけだった。
◆
朝と昼のちょうど真ん中あたりの時間になった。あのあと、新しい客は来ず、追加のオーダーもなく、客は全員帰っていった。
そんなカフェの中をピスキウムは1人で掃除をしたり、外を眺めたりして時間を潰していた。店長のピートは「すこし、花壇の様子を見てくる」といって奥へいってしまった。
「あたしの店じゃないからあれだけどさ……やっぱり違うと思うんだよね」
ピスキウムの独り言を聞くものは誰もいなかった。あまりに暇だったので、意味もなくバク転をした。うまく一回転できたが、拍手をするものは誰もいなかった。
そのとき、廊下の方から足音が聞こえてきた。ピートのものとは違う、もっと軽い足音だった。ピスキウムが振り返ると、彼女と同じ制服を身に着けた、スラッとしたスタイルで高身長のオオカミ人の女性が顔を出した。
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