バウンティハンター・キル・タケダ


「あんた、キル・タケダだよな! 殺ってほしい奴がいるんだ!」

 この街唯一の酒場で、スマッホをいじりながらのんびりとしていた俺の前に薄汚れた小僧は開口一番そう言った。

「人違いだ小僧、さっさと失せな」俺は顔も見ずに言った。

「違ってないよ! ほら」そう言って小僧は、手に持っていたスマッホの画面を俺に見せた。それはハンターズギルドの公式HPで、登録者一覧の中にいる俺が表示されていた。

 〈キル・タケダ〉ピストルとニポントウを使うバウンティハンター。早打ち。不誠実。腕は良い。猫が好き。口コミ評価☆2.8。エトセトラ…。

「わかったわかった、俺はキル・タケダだ。とりあえず座れよ。で? 依頼か? 誰を殺すんだ?」

「首斬りトニーだよ! 今丁度、隣のクライシティに来ているんだ! お願いだからぶっ殺しておくれよ!」対面に座った小僧がテーブルを叩いて怒鳴った。俺のバーボンが少しこぼれた。

「首斬りトニーね」俺はスマッホで賞金首リストアプリを起動し、首斬りトニーと検索した。

 〈トニー・ダグラス〉通称首斬りトニー。懸賞金5千ドル。デッド・オア・アライブ。首を斬る。でかい。マチェットが得意。凶暴。口コミ評価☆3.2。エトセトラ…。

「ふーん、ところで小僧、なぜやつを狙う?」俺は言った。

「父さんの復讐だ! オイラの父さんは奴に首を掻っ切られて殺されたんだ!」そう言った小僧の目には涙が浮かんでいた。

「理由はわかった。懸賞金は全部俺がもらう。前金で千ドルもらう。ここの酒代はお前が払う。明日の朝出発。それならやってやってもいいぜ」俺は金と女と子供には弱いんだ。

「やってくれるんだね! 分かった! 今、お金を作るからちょっと待ってて」そう言うと小僧はバンダナを口に巻き、どこからかピストルを取り出し酒場を出ていった。

 俺は小僧の背中を黙って見届けた後、コップに残っているウォッカ飲んだ。

 BANG!

 向かいの建物の方から銃声がした。向かいは…銀行だったな。人々の悲鳴が聞こえた。「お前ら騒ぐんじゃねえ!」小僧の怒鳴り声も聞こえた。俺はもう一杯ウォッカを注文した。

 しばらくして、裏ドアから息を切らした小僧が入ってきて俺のテーブルに麻袋を置いた。「これで足りるはずだから。じゃ!」小僧はそう言うと風のように去っていった。テーブルには俺と麻袋が残された。

 麻袋の中を覗くと、様々な小銭とお札が無造作に入っていた。俺はお札だけを掴んで懐にしまい、残りは机の下において席を立った。お札だけでも軽く千ドル以上はあるし小銭は持ち運びに不便だ。酒場から出た俺は明日に備えて早めに売春婦へ行き英気を養うことにした。

 翌朝、ホックホクの顔で売春婦を出た俺を小僧が待っていた。

「なに? 朝からやったわけ?」

「今日死ぬかもしれないからな。何事もやれるときにやっておかないといけない」

「売春婦の前でそんな事言っても全然かっこよくないけど」

「大人になったらわかるさ」俺は適当なことを言って誤魔化した。

 俺は小僧と共に駅に向かった。

 駅にはすでに大勢の人間がいた。ノラ犬もいた。ノラ猫はいなかった。俺は猫が好きなのでがっかりした。ノラ犬が近寄ってきたので頭をなでた。ノラ犬はヘッヘッヘと言って去っていった。

 クライシティ行きの切符を2枚買って小僧のところに戻る。

 「電車20分後だよ、腹減ったし売店で何か買おうよ」

 今から人一人殺りにいくというのに呑気なものだ。まあ、手を汚すのは俺だからまあ…でもねぇ?…まあいいか、俺も朝食はまだだった。

 俺達は売店に向かった。

「おいら、カツサンドとコーラがいい」小僧が言った。

「は? 自分の分は自分で買えよ」

「もうお金持って無いよ……」

「昨日みたいに稼いで来れば?」

「……分かった」

 そういうと小僧は口にバンダナを巻き始めた。俺は慌てて止めた。「じょ、冗談だよ! 俺が払ってやるから」

 俺はカゴにカツサンドを2個とコーラと水、小瓶に入ったバーボンを入れてレジ前の列に並んだ。この時間帯は仕事前の労働者と夜勤明けの労働者が多い。俺の前の奴が新聞、ビール、弁当、肉まんと買い込む。こういう奴が毎度俺をイライラさせるんだ。だが拳銃は抜かなかった。

 買い物を終えると後3分で電車が出るところだった。急いで電車に乗った俺を小僧が呼んだ。小僧はあらかじめ席を確保していたらしい。気が利く奴だ。

 小僧にカツサンドとコーラを渡し、俺もカツサンドとバーボンをいただく。

「朝から酒?酔ったらトニー殺せないんじゃないの?」小僧が非難がましく言った。

「問題はない、この程度じゃ酔わないし、俺は酔ったほうが強い。"スイケン"って知ってるか?」

「なにそれ」

「東洋の奥義だ。酒に酔うことで己の内なる力を引き出す。火も吐けるようになる」

「本当に!?」小僧は純粋だった。

「さあな」

「なんだよそれ!」

「信じろ、さすれば報われる」

「ふん」小僧はスネたのか、窓の方を向いて黙ってしまった。

 しまった、適当なことを言うのは俺の悪い癖だ。だからレビューで不誠実と書かれるんだ。

「そういえば小僧、名前を聞いていなかったな」俺は聞いた。

「……ケン」

「ケンか良い名だ」

「ふん」

「本当にそう思ってるぞ」

「…ありがとう」

「俺の名前はキル・タケダだ」親からもらった大事なものだ。いい名前だろう?

「知ってるよ」

「…俺はキル・タケダだ!」

「知ってるって!」

「うるせぇぞ!」……他の客に怒られてしまった。

 電車に揺られて30分、俺達はクライシティに到着した。

 クライシティは峡谷に作られた街だ。だから朝のはずなのに街灯がついている。こんなところに住んでいるのは誰か? もちろん脛に傷を持っている奴らだ。吸血鬼が住んでいるという噂もある。しかし俺は銀の弾丸を持っていないからスルーだ。

「俺は今からトニーの居場所を探す。ケンは安全なところにいろ。カフェとか。終わったら連絡する」

「分かったよ。ゲームセンターにでもいるね」俺達はスマッホをシャカシャカしてアドレスを交換してから別れた。

 俺はまず酒場に向かうことにした。情報収集の為だ。情報収集といえば酒場と相場が決まっている。そうだろ? 運が良ければそこにトニーがいるだろう。それと、小瓶のバーボンはもう空だ。この街に酒場は一軒だけらしい。手間がかからなくていい。

 と、俺の前にモヒカンヘアーとアフロヘアーのガキが立ちふさがった。

「おい、そこのおっさん。ちょっと待てよ」

 おっさんとは俺のことか? 俺はまだ33だぞ。念のため俺は後ろを振り返った。そこには誰もいなかった。ふざけやがって。

「…何か用か?」俺は言った。

「ボク達、遊ぶお金がなくなっちゃってさー。ちょーっとお金貸してほしいんだよね」アフロが言った。

「そうそう、痛い目見たくなかったら早く出したほうが良いよ。ボブはキレると俺でも止められねーからさ」モヒカンが言った。

 俺はため息を一つ吐いてからおもむろに抜刀しモヒカンの髪を横一文字に斬り取った。髪はモヒカンの形を残したまま地面に落ちた。まるでパイナップルのワンカットの様だった。

 ガキどもは尻尾を巻いて逃げていった。…しまった。トニーのことを聞けばよかった。

 しばらくして酒場にたどり着いた。見上げると〈クラヤミ〉と書かれた看板がかけられていた。その隣にくねくねした女の形をしたネオンライトがちらついていた。品はないが雰囲気にはあっている。

 俺はピストルに弾が入っていることを確認した。ニポントウに刃がついていることを確認した。準備はできた。

 俺が中に足を踏み入れた瞬間、中にいた奴ら全員が会話を止めて俺に視線を向けた。俺も負けじと周りを見渡した。どいつもこいつも俺に敵意を向けてやがる。残念ながらトニーの姿はなかった。

 俺はカウンターに座った。白髪のバーテンダーがこちらを見ずひたすらグラスを磨いていた。

「バーボン一杯」俺は言った。

「売り切れだよ」バーテンダーはひたすらグラスを磨いている。

「そうか、後ろに並べておいてある酒瓶は飾りかい?」

「ああそうだ」こいつは一向に目を合わせようとしない。

 俺はイライラしてきた。周りの奴らは俺達のやり取りを黙って見ている。

「じゃあ酒ならなんでも良い。とにかく飲めるものを一杯くれ」俺は言った。

「……あいにくだがすべて切らしてしまってね。ミルクならあるぜ」

「ならそれを」

「……」

 バーテンダーは執拗に磨いていたコップにミルクを入れ、無言でカウンターにドンと置いた。俺はそれを一息に飲み干しドンとコップを置いた。

 俺はカウンターにお札を100ドル札を3枚並べて言った。

「わかった、酒はいい。情報だ。この街にトニー・ダグラスがいるらしいんだが見なかったか?通称首斬りトニーだ。マチェットを持ってる大男だ」

「…知らんね」にべもない。俺はお札を仕舞い席を立った。無駄足だったか…。

「トニー・ダグラスの居場所を知っているやつはいるか!?俺は客を見渡しながら声を上げた。

「トニー・ダグラスだってよ」「ヘヘッ首斬りトニーを見つけてどうするのかね」「可愛がってもらうんだろうなあ」「ガハハ、傑作だ」

 片っ端から撃ち殺しそうになったが思いとどまった。弾もタダではない。

 俺は酒場を出て次のプランを考えた。次にトニーがいそうな場所は売春宿だが、この街はなぜか売春宿が3軒ある。地道に聞き込みをするか。それともチンピラを適当に痛めつけ聞いていくか。幸いチンピラはそこらじゅうにいる。が、この方法を行うとこの町の住民すべてを敵に回す可能性がある。

 あーでもないこーでもないと悩みながらトボトボ歩いていると、突然、俺の股の方から尿意が自己主張を始めた。あたりを見渡すがトイレを借りれそうな建物はない。ちょうどよい物陰があれば影で野ションをかます手もあるが、残念ながらそう都合良くは行かないらしい。仕方なく俺は酒場に戻ることにした。

 俺は再び酒場に足を踏み入れた。中にいた奴ら全員が会話を止めて俺に視線を向けた。

「うー、飲み過ぎちまったなあ」

 トイレマークがついた扉が開き、静寂を破る声が響いた。そこには身長2m近い大男がいた。腰にはマチェットを携えていた。

首斬りトニーだった。

「おいおいどうしたんだよお前ら、まるでお通夜みたいじゃねーか」トニーが黙ったままの客に向けて言った。

 そして酒場の入り口に立っている俺に気づいた。

「ああ? そんなところに突っ立ってどうした?」トニーは言った。

「あんた、トニー・ダグラスさん?」俺は言った。

「ああそうだ…」

 BANG!CLANG!

 俺はトニーの口上が終わらないうちに、ピストルを抜いて引き金を引いた。

 この一発でトニーの脳みそはトイレにぶちまけられるはずだった。しかし、トニーはいつの間にか手にしていたマチェットで銃弾を弾いた!

「てめぇ、バウンティハンターか?」

 俺は返事をせず腹と頭を狙い1発ずつ撃った。

 BANG!BANG! CLANG!CLANG!

「ファック! そうだよ、キル・タケダだ。冥土の土産に覚えておけ」

 俺がそう言うと、トニーは右手でマチェットを体の前に構えつつ左手でスマッホを取り出し何かを操作し始めた。見た目によらず器用だ。俺はその間に弾丸を補充した。

「キル・タケダ。ピストルとニポントウを使うバウンティハンター。口コミ評価☆2.8…。おいおい☆2.8だとよ。傑作だぜガッハッハ」トニーがそう言って笑うと、それまで静かだった周りの客も同じように笑いだした。

「「ガッハッハ」」

BANG!俺は天井目掛けて一発撃った。客は黙った。

「トニー。お互い挨拶は済んだ。外に出て仕切り直しといこうじゃねえか」俺は外を顎でさしてそう言った。

「ああ、いいぜ。マチェットのサビにしてやる。外に出な」トニーのそのそ歩いてきた。

 俺は酒場の外へ出ようとした。その瞬間、背筋に緊張が走った。

 俺はニポントウを抜刀し勢い良く振り返りながら何かを斬った!

 それはナイフだった!刃は鈍く光っていてとても尖そうだった。

「へへっ、なかなかやるじゃねえか。これでおあいこだぜ」トニーはニヤニヤしている。

 そのニヤケ面、恐怖色に染めてやる。俺は外に出て待った。20秒後、トニーが出てきて俺と向かい合った。

 俺は右手にピストル、左手にニポントウを持つ。トニーはマチェットを右手に持ちながらブラブラと手を振っている。お互いの距離は5メートル。俺の間合いだ。タンブルウィードが俺達の間を転がっていった。

 HOWL!

 どこかでノラ犬が鳴いた。同時にトニーが俺目掛けて駆けてきた。

 BANGBANGBANG!

 俺は素早い3連射を放った! しかし、トニーはそれを横に飛ぶことで避けた。なんて反応速度だ。俺は追撃の一発を放とうとしたが、その前にトニーは左手に持ったナイフを投げてきた! 俺は身体を沈めてナイフを避けた。トニーが突っ込んでくる。

 俺は不安定な姿勢で再度3連射を放った!

 BANGBANGBANG!

 2発は外れ、1発はマチェットに防がれた。トニーが俺の頭と胴を分けようとマチェットを薙ぐ! 

 CLANG!

 間一髪、左手のニポントウで斬撃を防ぐが、勢いに負けて横に吹き飛ばされる。そこにトニーのマチェットが勢い良く振り下ろされる!

 横に転がることでその斬撃をなんとか避けた。死が耳をかすめた。が、俺はまだ死んでいなかった。トニーのマチェットはまだ地面に刺さっている。俺は銃口をトニーの額に向け引き金を引いた!

 カチッ。しかし銃弾は出なかった! 弾切れだ! このピストルは6発装填のリボルバーだったんだ! くそっ、ケチらずにオートマチックピストルを買っておけばよかった。

 俺とトニーの目があった。

「…へっへへ、弾切れだなあ」

「…へへへ」

 何故か笑い声が出た。

 トニーは素早く左手を腰に回しナイフを手にし、俺目掛けて投げようとした!しかし、その前に俺はニポントウの先をトニーに向け、柄にある隠しボタンを押した!

BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAN!

 ニポントウから破裂音が轟いた! 

 刀身がロケットのように飛び出しトニーの胸を貫いた!

「な、なんだと!?」トニーは胸から生えている刀身を見て驚愕の表情を浮かべ、うつ伏せに倒れた。

 俺は立ち上がり、ピストルに弾を込めた。

「く、そう、こんなのどこにも書いてなかったぞ……」トニーは顔だけ動かし俺を見てそうつぶやいた。

「奥の手ってのは秘密にしておくものだぜ。一つ賢くなったな」俺は撃鉄をおこし、額に銃口を向け、引き金を引いた。

BANG!

 トニーの脳みそが地面にぶちまけられた。

 俺はトニーの写真をスマッホで撮り、ハンターズギルドの窓口に写真データを送った。しばらくすると、俺の口座に5千ドルが振り込まれた。次にケンに連絡してトニーを殺したことを伝えた。

 ケンは元モヒカンとアフロを連れてやってきた。なぜか元モヒカンとアフロは傷だらけだった。

「わあ、本当にやってくれたんだね。ありがとう!キル・タケダ!」ケンはトニーの死体にツバを吐きかけそう言った。その顔には笑顔が浮かんでいた。

「じゃあ、俺はもう行くからな。元気で暮らせよ」俺はそう言った。

「うん、キル・タケダもね。……あっ、そうだ、オイラここでしばらく過ごすことにしたんだ。舎弟も作ったしこの街なんだか居心地がいいんだ。もしこの街にまた来たら歓迎するよ!」

「あ、ああ。分かった。じゃあな」やれやれ、今回はひどく疲れた。とりあえず帰ろう。早くバーボンが飲みたい。

おわり

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