【論文】今日からできるアルツハイマー病予防
グリンパティック系(glymphatic system)とは、脳内でリンパ系と同様の働きをする循環システムのことを指します。グリア細胞(Glial cell)とリンパ系(lymphatic system)を組み合わせた造語で、以下のような役割があるとされます。
・脳内に蓄積した老廃物の除去
・脳脊髄液の循環
最近、非侵襲的な40 Hzの刺激(光や音)がグリンパティック系を活性化することを示す研究が注目されています。グリンパティック系の機能不全が、アルツハイマー病に代表される中枢系の神経変性疾患(プロテオパチーなど)に関連することはよく知られています。グリンパティック系が機能低下すると、脳内の老廃物(Aβなど)が効率的に排出できなくなり、その結果として、脳内に凝集体が蓄積して、プロテオパチーにつながる感じ(病態にもよりますが)。
今回の論文では、40Hzの光や音による「多感覚視聴覚刺激」が、アルツハイマー病5XFAD マウスモデルの皮質において、AQP4依存的に脳脊髄液の流入と間質液の流出を促進し、Aβ除去を誘導できることを示しています(グリンパティックフローの活性化)。AQP4をKOすると作用は消失します。また、8 Hz刺激、40 Hz刺激、80 Hz刺激と周波数を変えてみていますが、40 Hz刺激でのみ効果が得られています。周波数に選択性がある点は、本質的に重要なポイントだと思っています。
snRNA-seqにより、多感覚ガンマ刺激を与えた5XFAD マウスモデルを調べたところ、144 個の遺伝子がダウンレギュレーションされ、219 個の遺伝子がアップレギュレーションされていたそうです。特に内皮細胞、アストロサイト、介在ニューロンで顕著。
グリンパティック系の制御で大事なのはアストロサイトなので、ここでの転写応答を調べたところ、膜タンパク質の発現に関わる様々な遺伝子の発現が上昇していることが分かったそうです。 特に、Kcnk1 チャネルの発現上昇やAQP4のアストロサイト終足部への分布促進は注目されます。
神経ペプチドは周波数依存的に放出されるため、40 Hzの多感覚刺激後に観察される細胞効果を説明する候補となります。神経ペプチドの関与を調べたところ、40Hz刺激で強く誘導される 28アミノ酸のVIP が関与していることが分かりました。非侵襲性多感覚ガンマ刺激により、神経ペプチドシグナルが誘導されているということです。
多感覚視聴覚刺激 (40 Hz, 光&音) →
・神経シグナルペプチドの放出
・アストロサイトにおけるAQP4 極性化
・動脈拍動の増加
・髄膜リンパ管の拡張
・皮質における CSF (脳脊髄液)の流入と ISF(間質液) の流出を促進
→ Aβクリアランスの促進(マウスモデル)
40Hz刺激が脳に与える影響については、最近も多数の報告があります。アデノシン-A2A受容体(A2AR)シグナル伝達も関与?
ダウン症のマウスモデルでも薬効が見られているらしい。神経新生の増加とシナプスの再編成が起きる?
音楽にも40 Hzは含まれているので、その効果はどうなんだろうと思っていたところ、塩野義製薬がすでに研究を進めているそうです。
『これまでの研究で用いられた40Hz音は音声情報などを含めることの出来ない単調なパルス音であり、毎日聞き続けるのは難しく、日常生活の中に取り込みづらい可能性がありました。』
『今回発表した研究では、特定の処理を施した音を被験者に聴取させて脳活動を計測した結果、40Hzの振幅変調音を聴取した群が、比較対象とした振幅変調していない40Hzの低周波音を聴取した群と比べ、ガンマ波が統計学的に有意に強く同期されることが確認されました。
『単調なパルス音ではなく、音声情報を含めることの出来る振幅変調音によってガンマ波が同期されることを示したこの結果は、ガンマ波の同期を目的として、音源に関わらずテレビの音や音楽など、変調する音を任意に選択できる可能性を示唆しており、40Hzの振幅変調音が日常生活における認知症予防の臨床応用に役立つことが期待されます。』
ということで、特殊な処理を施すことで、音楽作品にもできるようです。
「40 Hz の話」は以前から耳にしていましたが、個人的にはいまいち、懐疑的な印象を受けていました。いわゆる認知バイアスで、内容も大して把握してなかったわけです。近年、論文報告が多数出てきて、今回のような「非侵襲的な40 Hz多感覚視聴覚刺激によるAQP-4依存的なグリンパティックフローの促進」のような、合理的なメカニズムが提示されると、途端に見え方が変わってしまいます。自然科学研究の実験結果で驚くのは日常茶飯事ですが、"自身の妄信していたパラダイム" が破壊されるのは、なかなか痛快であったりします。
アルツハイマー病の原因の一つとされる Aβは、認知症が発症する20年くらい前から溜まり始めると考えられています。
軽度認知障害(MCI)に対する抗体医薬として、レカネマブが承認されたことは大きな話題になりました。これも、Aβ凝集体を標的にしたモノクローナル抗体です。「Aβ仮説」については、いろいろ言われてきましたが、その逆境を乗り越えた執念の医薬品だと思います。
とはいえ、Aβ蓄積の20年もの潜伏期間を考えると、医療経済的には予防的なアプローチが重要になると思います。自分もやっぱり、認知症になるのは嫌ですし、ピンピンコロリで乗り切りたいと思ってます。そして、医療費も最小限にしたいです。なんとかならないかなーと思っていました。
今回の論文で報告されている「非侵襲的な40 Hz多感覚視聴覚刺激による、AQP-4依存的なグリンパティックフローの促進」というアプローチは、認知症予防として、けっこう実用的なのではと思っています。Aβは40代くらいから溜まり始めるという話もあるので、グリンパティック系を活性化して、脳に溜まった老廃物を積極的に洗い流すと良いと思います。ちなみにグリンパティックフローは、睡眠とも密接に関連することが知られています。
40 Hzの音を聴く際は、安いスピーカーとかだと、変なイコライジングやカットオフがかかっている可能性があるので、個人的にはモニター用のヘッドホンが良いかなと思います。これなら原音に忠実に聴けますし、再生周波数特性も問題ないです。
例えば、以下のような感じ。
MDR-CD900ST(音楽経験者では知らない人はいないほど有名なヘッドホン, サウンドハウスで買える, MDR-7506 も良い)
K240 STUDIO-Y3 (これも定番)
ATH-M40x (よく見かける)
CPH7000 (安く済ませたい人用, 全然悪くない)
40 Hz の音は Youtube に多数アップされています。どれくらい効くのか分かりませんが、試してみようかなと思います。数年前からアップされているのを見ると、クリエイターってほんと腰が軽いなと思います。
Pure 40 Hz (個人的にはそこまで不快でもないかも)
音楽への応用としては、Ambient Music を目指したものが多い印象。
塩野義製薬の言うところのガンマ波サウンド。音楽を聴き慣れている人は、「40Hz周期のガンマ波変調」の意味するところは掴めるのではないかと。
音楽が脳に与える影響については、昔から多くの議論があります。今回の論文のように「特定の音響現象を生体内の分子メカニズムと関連づけて理解できるようになる」と、音楽療法はもちろん、創作の観点でも面白いことができるのではと思います。
「非侵襲的な多感覚視聴覚ガンマ刺激」については、臨床試験も進んでいます。例えば Cognito Therapeutics 社は、以下のような報告をしています。
NCT03556280
Multi-Center Study of Sensory Stimulation to Improve Brain Function (Overture)
・予期せぬ重篤な治療関連 AEはない
・MADCOMS の主要評価項目、または CDR-SB または ADAS-Cog14 の副次評価項目において、実治療群と模擬治療群の参加者の間に統計的な差はなかった
・ただ、ADCS-ADL、MMSE、MRI 全脳容積などの一部の副次評価項目では、模擬治療参加者と比較して実治療参加者の進行が軽減された
以下も進行中。
効果についてはまだよく分かりませんが、今後の進捗が期待されます。
ちなみに、開発されている CogTx-001 は、下記のようなものだそうです(光と音による多感覚視聴覚ガンマ刺激)
シオノギヘルスケアからは、kikippa と呼ばれるガンマ波変調技術を搭載したスピーカーがすでに発売されているそうです。ここから常時、音楽を流しておいて、それでアルツハイマー病が完全予防できるなら凄いですよね。
医薬品に比べて開発が速い分野と思うので、近い将来に利用可能になるのではと思います。今後の発展が楽しみな分野です。