ケトン体は面白い①

ケトン体に興味があって、少し調べてみようかと思います。

ケトン体 (Ketone bodies) とは、下記3化合物の総称を意味する言葉です。

左より: アセト酢酸, 3-ヒドロキシ酪酸, アセトン
(有機化学的には、3-ヒドロキシ酪酸をケトンとは言いませんが)

近年、ケトン体は糖質制限の分野において、よく言及されています。その生理機能については、専門的な研究分野でも注目が集まっているようです。自分もその健康増進効果については興味があって、いろいろ試してみたい、調べてみたいと思っています。

炭水化物(糖質)や脂肪(脂肪酸)を摂取すると、生体内でアセチルCoAに変換され、ミトコンドリア内のクエン酸回路(TCA回路)に至り、最終的にATPの産出につながります(下図参照)。

図: キーワードでわかる臨床栄養

1分子のグルコースからは、解糖系、クエン酸回路、電子伝達系、酸化的リン酸化を経て、32分子のATPが産出します。地球にいる生物(細胞)は、ATPを経由することで、物質のエネルギーを利用してます。そんなわけで、ATPは「生体のエネルギー通貨」とも形容されます。「栄養不足」という言葉には複数の見方があると思いますが、「ATPの欠乏」という言い変えは、分かりやすい表現の一つだと思います。

ATP の構造(中性)

生体内のグルコースが枯渇し始めると、肝臓において「アセチル CoA → ケトン体」の合成が促進します。肝臓で合成されたケトン体は、血中に乗って全身に分布するようです。ケトン体は、アセト酢酸、3-ヒドロキシ酪酸、アセトンの3分子の総称ですが、重要なのは3-ヒドロキシ酪酸とアセト酢酸の2つ。3-ヒドロキシ酪酸には不斉点が1つありますが、どうやらR体の生理活性が大事らしい。

アセト酢酸と3-ヒドロキシ酪酸 (R体)

アセト酢酸は、二酸化炭素とアセトンに自然に分解するそうです。体内で生成したアセトンは、呼気などを通じて対外に排出されます。アセトンというと、有機合成をやっている人なら、ほぼ毎日使うであろう有機溶媒でしょう(洗浄剤として)。それと同じ化合物が自分の体内で産生されていて、放出されているという事実は、意外と驚くかもしれません。

呼吸式のケトンメーターが市販されていますが、これは呼気に含まれているアセトン量を定量しているわけですね。糖尿病の方が訴える "独特の匂い" や、糖質ダイエット中の方が訴える "ケトン臭" は、アセトンの匂いを嗅いでいると想像されます。(アセトンはそんなに嫌な臭いではない気もしますが)

尿中のケトン体量を計測して、定性的にケトジェニック状態を評価する方法もあります。代表的なのは、ケトスティックだと思います。

尿中のケトン体量に応じて、色が変わるので分かりやすい。呈色剤として使われているのは、ニトロプルシドだと思われます。これは、ケトン体と錯体を形成して、紫紅色になるとのことです。3-ヒドロキシ酪酸とは反応しないそうなので、尿中に含まれるアセト酢酸の量を評価しているのでしょうか。

自身の検証だと、糖質制限(スーパー糖質制限)を3日間ほどしたら、ケトスティックの色が変わり始めました。糖質制限を継続する際のモチベーションにもなるので、定期的にケトン体の量を計測するのはオススメです。

アセチルCoAからケトン体が生成する生合成経路は、下図のような流れで、アセト酢酸の生成に至るようです。CoA (コエンザイムA) は省略記号で書かれることが多いですが、臨場感を出すために省略せずに書きます(中性状態で記載)。

アセチルCoA


チオラーゼ
(アセチルCoA2分子のクライゼン縮合)

アセトアセチルCoA


3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoAシンターゼ

3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoA


3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoAリアーゼ

アセト酢酸

カルボニル基が還元されることで3-ヒドロキシ酪酸が生成します。分解すれば、アセトンと二酸化炭素が生成します。アセトンは気体となって体外へ。

ケトン体の生成は肝臓で起こります。生成したアセト酢酸と3-ヒドロキシ酪酸(R体)は血中に乗って、全身に分布するようです。そして、行先となった細胞のミトコンドリア内で、3-ヒドロ酪酸 → アセト酢酸 → アセトアセチルCoA → アセチルCoA と変換され、クエン酸回路におけるATP産生につながるとのこと(ケトン体生成の逆反応)。

自分は子供の頃、「脳はグルコースしか使えないから、ごはんは食べないとダメだよ」と教わった気がするのですが、そんなことはなかったようです。(生体には糖新生と言って、グルコースを作る機能もありますから、あんまり極端なことも言えないのですが)。

ケトン体は、血液脳関門を通るのか? とも思いましたが、普通に透過できるようです。この辺は、もう少し調べたいと思います。

糖質制限は、健常人がやるなら大丈夫のようですが、すでに糖尿病になってしまった人(1型、場合によっては2型も)の場合、危険性があるということです。インスリン抵抗性がある患者さんが高血糖になると、濃度が高くなっている血中のケトン体が消費されずにさらに蓄積し、意識障害(ケトアシドーシス昏睡)が起きるリスクがあるらしい。つまりは、糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)がヤバイということ。あと、メカニズム的にケトン体生成は肝臓が重要なので、肝機能が低下している人はマズそうな気がします。いずれにせよ、独断で極端なことはせず、不安ならば、お医者さんや経験者に相談した方が良さそう。

自分が3-ヒドロ酪酸やアセト酢酸など、ケトン体に興味を持ったのは、これらの化合物に生理活性があることが報告されているからです。要するに、単なる栄養ではない。ケトン体には、生理活性物質のような一面がある。

ケトン体の生体調整メカニズムは、糖質制限を深く理解する助けになるだけでなく、生活習慣病の予防、創薬ターゲットのヒントになるかもしれません。身近すぎる現象なわけですが、意外と「灯台下暗し的な奥深さ」があるのではないかと期待しています。

ダイエットやサプリメントの分野は、様々な見解や経験談が飛び交っていて、素人の自分としても戸惑うことが多いです。しかし、分子生物学や薬理学の観点から、身近な栄養学を詳細に整理しなおすことで、何か面白い発見があるのではと、興味を感じている分野でもあります。

次回以降、ケトン体の生理活性について調べていきます。


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