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バリの家寺について。
同じくバリ嫁の友人と、いつもお供え物を何個作ってるか、という話から、うちの家寺の祠の数が多いような気がするという話になり、何が違うのか検証してみました。
ついでに家寺についてご紹介。
うちは「サンガ・グデ」いはゆる「本家の家寺」ではなく、分家の家寺です。
家寺のことをPamerajang(家族)、あるいはSanggah(Sanggar 神聖な場所)と呼びます。家族・親族にとっての神聖な場所、という意味で、日本語では「家寺」と訳されるのでしょう。
よく、サンガはスードラ層の家寺の呼び方で、プムラジャンはトリワンサ(スードラ以外のカースト)の家寺の呼び方だ、と言われますが、それは誤りです。
家寺は、敷地の中の、ブサキ寺院のあるアグン山の方角に建立されます。ですので、その家の家寺の位置を見れば、アグン山の方角が分かります。道に迷ったときは目印にどうぞ(笑)
それでは、順番に家寺の祠についてご紹介しましょう。
まずは
●Padomasana パドマサナ
パドマサナは、家寺の中でもアグン山の方角に、アグン山を背にして設置されます。つまり、パドマサナの位置を見れば、その場所からどこにアグン山・ブサキ寺院が有るのか分かります。
パドマサナは、サンヒャン・トリ・プルシャ(Siwa-Sada Siwa-Parama Siwa)を奉る祠、というか台座です。
トリ・プルシャとは、神の3つの属性、パラマシヴァ、サダシヴァ、Siwatmaシワトマのことです。
①パラマシヴァとは、純粋、永遠、無制限、すべての魂、始まりも終わりもないという、最高位の神の形です。宇宙の偉大な魂としてのパラマシヴァは、上流領域または Swah loka スワロカを占めています。
②サダシヴァとは、この世界の影響を受けている、全能の神。Saguna barhamanサグナブラフマンとも呼ばれます。Aparaアパラブラフマン、すなわち、創造者、保存者、融合者とも呼ばれ、中間の世界 Bhuwah loka ブワ・ロカを司っています。
③シワトマ、またはアトミカとも呼ばれる下の世界 bhur loka ブール・ロカの支配者は、マヤに覆われた神であり、すべての生物の魂になります。
●Gedong sari, Gedong ratu グドン・サリあるいはグドン・ラトゥ
グドン・サリあるいはグドン・ラトゥは、バリのカヒャンガン・ジャガットの寺々に祀られる神々への礼拝の中継点としての祠です。
カヒャンガン・ジャガット=神々の座と呼ばれる、起源の古い寺院。バリには九つのカヒャンガン・ジャガット寺院が有る。
プラ ブサキ
プラ ウルンダヌ バトゥール
プラ ルンプヤン
プラ バトゥカル
プラ ゴアラワ
プラ ウルワツ
ブキット ペンゲレンガン
プラ パサールアグン
グドン・サリあるいはグドン・ラトゥは、これら九つの寺院の神々を、家寺に祀っている祠です。
●Pelinggih Kemulan クムラン
クムランは、三つの扉(あるいは二つ、あるいは一つの扉)を持つ、祠です。
ここには、トリ・ムルティ=ブラフマ、ヴィシュヌ、シヴァの三柱が祀られています。その三つの祠の下に、Batur kemulan バトゥール・クムランという先祖霊(すでに儀礼によって神になった魂)のための場所があります。
この、トリムルティを奉る祠は、東側の海側(Kaja)に置かれます。この3つの扉を持つ祠は11世紀頃から、高僧ンプー・クトゥランによって広められたといいます。
トリ・ムルティとは、Ang – Ung – Mang (AUM = OM) あるいは、Brahma, Wisnu, Siwa,の表れで、横並びに設置されています。クムランでの並び方は、南側がブラフマ、北側がヴィシュヌ、そして真ん中がシヴァ、という並び方になっています。このトリムルティは、バタラ・ヒャン・グル Bhatara Hyang Guru とも呼ばれます。
●Gedong Catu グドン・チャトゥ
グドン・チャトゥは、通常グドン・サリの北側に西向いて建てられます。
富と豊かさの神、スリ・スダナに、人生の幸福を祈るための祠です。
●Sareng Daja サレン・ダジョー
サレン・グデとも呼ばれるこのサレン・ダジョーの祠は、北側に設置されており、南に向いています。
この祠は、 Menjangan Seluang ムンジャンガン スルワン( Salwang サルワン)と呼ばれます。この祠は、高僧クトゥランの業績を讃えるための祠ということです。
高僧クトゥランは、アイルランガ王の弟、マラカタ王の治世の時に、東ジャワからバリに来た高僧で、バリの宗教生活の基礎を築いた霊的な人物として知られています。
このサレン・グデには全てのデワ、デウィ(その家寺に既に祠が作られているデワ、デウィ以外の)をお招きして、讃える場所として用いられます。
人間の世界ならば、サレン・グデは来客、賓客のための客室です。
ここで、うちの家寺のサレン・ダジョーですが、二つ扉があり、義姉の話では、どうやら、一方が前出のグドン・チャトゥ、もう一方がサレン・グデ、と一緒になっているという事です。うちの者は、ムンジャンガンについては全く知らず、サレン・グデの中には、バタラとバタリ(デワとデウィ)の像が祀られているという事です(いつか機会が有ったら確認したいと思います 笑)。
●Taksu タクス
タクスは、サラスワティ(ブラフマのシャクティ)、「知識」という恩恵のことです。
北側に、南を向いて建っている祠です。
タクスに祈るのは、例えば芸術家、呪術師、教師、商売人、農夫、地域の指導者、など、あらゆる業種・専門に関する専心と成就です。学生が学問の成就を願うのも、この祠です。
また、ここに祀られているのは、デワ・ニン・タクスとしてのラトゥ・ニョマン・サクティ・パンガダンガン、またはスダハン・タクスとしてのブータ・カラ・ラジャ、とも言われており、神々の恩恵がもたらされる場所なので、祭礼や儀式の時に、信者に与えられる各ティルタ(聖水)は全てそこに置かれます。
●Ngurang Agung : ングラ・アグン
※割れ門の奥に見えているのがプングラ・アグンの祠。
プングラまたはラトゥ・ングラ・アグンは、石灰石か岩組みかレンガで出来た祠で、クムランの左側に設置されます。家寺には必ず立てる必要があると言われています。
プングラは、バタラ・カラの顕現で、時間を表します。
プングラの役目は、守護、で、家寺の神々の召使い、守護神です。
そしてまた、すでに儀式によって清められたサン・チャトゥ―ル・サナック(カンダパット:子供の出生時に一緒に生まれてくる四兄弟;羊水、血、胎児を覆っていた被膜、胎盤)の居場所でもあります。
それゆえに、プングラはサンヒャンウィディとブータデワ(半分神で半分ブータ・負のエネルギー)の顕現と言えるでしょう。
神々の守護という役目と同時に、神々の間で、また神々と人間の間で通訳を務め、人々の祈りを神々に届け、神々からの恩寵を人々に届ける役目を担っています。
●Dewahyang デワヒャン
デワヒャンは、火葬儀礼によって神となった先祖神の居場所です。
前出のクムランと、ほとんど同じ役目で、祖霊、またはSang Hyang Guru サンヒャン・グルの居場所であるとも言われます。
●Apit rawang アピット・ラワン
アピット・ラワンは、バタラ・カラ(時間の神)あるいはデワ・ガナパティ(ガネーシャ)が祀られており、家寺、あるいは家の警護の役目を担っています。
●Piasan ピアサン
ピアサンは、通常、オダランの時に、人々の献身の形として準備される、ダクシナ・プリンギや彫像などの聖なるシンボルを置く、祭壇のある建物です。
家寺の創立記念祭には、この建物に台座を用意し、聖職者に祈祷してもらいます。
●Sanggah Natah サンガ・ナタ
サンガ・ナタは、Pelinggih Surya プリンギ/サンガ・スルヤとも呼ばれます。サンガ・ナタは、敷地内を照らし、守る役目があります。そして、その家の住人たちの行動を見守ります。
この祠は、家の庭で、安定性とバランスを維持するBhatara SuryaまたはShiva Radityaの祠です。
この祠は、Bhatara Surya(太陽の神)に供物をささげる為の、象徴的な祠です。すべての人間の活動、特にyadnyaの儀式(通過儀礼)の証人としてのSang hyang Surya / Siwa Radityaを祀る場所ですので、前出のパドマ・サナと同じような形をしています。
●Penunggung Karang
プヌングン・カランPenunggun Karangまたはスダハン・カランSedahan Karangまたはトゥグ・カランTugu Karangと呼ばれるこの祠は、バリ人の家庭においては非常に重要な役割を持っています。
Tugu Karangは、「tuhu」という言葉から来ています。これは、知っている、知っている、知識があることを意味します。
Karangは家の庭、または体を意味します。自分のKarangをよく理解している人は、「見えるものSekala と、見えないものNiskala」のバランスを上手くとることができます。
このプヌングンカランは、Tepuk kanda(カンダパット kanda pat : プングラ・アグンの項で前出)、バリ人の4人の精神的な兄弟(家族)と関係があります。ここで意味する「家族」という言葉は、敷地の壁の中に住む私たち家族、そしてパット・カンダという神秘的な領域に住む家族です。このPat Kandaは、プラジャパティと呼ばれ、子供の誕生の時に、敷地に埋められた胎盤のことです。
バリ・ヒンドゥーの世界観では、地球には目に見えるものだけでなく、目に見えないものが存在します。
長い間不死化されていない、あるいは不自然に死んでいく人の霊など、さまよう霊が、生きて競争する場所を探しています。
そのようなさまよう霊の邪魔だてや障害から身を守るために、人々はプリンギ・スダハンを建てました。
この守護の祠は、家の門の近くか、家の庭の北西の角に建てる必要があります。
セダハン・カランのオダラン(お祭り)は、デワ・カラを讃えるために、Tumpekに合わせられます。
Palinggih Sedahan Karangで使用されている装飾布は、白黒の市松模様です。それは、神とブタ・カラの両方であるパリンギ・セダハン・カランの象徴です。
ここが適切に祀られていれば、この祠は、「警備」として、家庭の調和を維持し、危険を排除するのに非常に役立ち、調和のとれた、幸せで、安全で、平和に満ちた生活を守ってくれます。ですので、このプヌングン・カランの配置や存在は、とても重要なのです。
●Padoma Alit 通称 Ulung Pangkung
敷地の家の近くに、崖や川などが有る場合、パドマ・アリットという祠を建てます。
Sang Hyang Durga Maya を祀って、事故や障害などが無いよう、祈願します。
うちの敷地の裏にあたる、どんつきが川になっているこの場所では、汚い言葉を使ったり、怒らせるような事を言ってはいけない、と、舅に固く言われています。
●Sember ( Sumur )
敷地内に井戸が有ったら、そこにも本来は祠を建てるべきです。ここには、水を司るヴィシュヌ神が祀られます。
新しく掘った井戸には、まだ祠を建てていませんが、毎回必ずお供え物を欠かしません。
さて、こうやって書き出してみると、これだけの祠と、地面に、毎日毎日お供え物をしているバリ人とは、本当にすごい。すごいとしか言いようが有りません。
ここに書いた祠以外に、敷地内の建物には全て、プランキランと呼ばれる神棚のようなものが設置されており、そこにもお供え物をします。
我が家では、上下合わせて80か所以上、お供え物をします。お供え物の種類が多いときなどは、何周もぐるぐると回ります。
これが、サンガ・グデ(本家の家寺)となると、祠の数ももっと多く、世帯数が多くなければ、中々厳しいものがあります。
言い換えると、バリ人の大家族制は、家寺の維持のためだと言えるでしょう。
こうやって、バリ島中の一般家庭で、毎日、祈りが捧げられているのです。
祈りの島、神々の島は、日々の、家庭でのこの祈りの儀式によって成り立っています。
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