【探偵コナン・ドイル】 あれ?タイトル間違ってない?
探偵コナン・ドイル
早川書房 2020年3月15日発行
ブラッドリー・ハーパー 訳者 府川由美恵(ふかわ ゆみえ)
タイトルを読んだときに、違和感を感じるのは私だけではないでしょう。
コナン・ドイルが探偵なの?作者じゃなくて?
これって、タイトル間違えてる?
そんな違和感。
そうです。この作品は、あの名探偵シャーロック・ホームズを生み出した偉大なる作家、コナン・ドイルを大胆にも物語の主人公として書かれたものになります。
当然、タイトルに間違いはありません。
シャーロック・ホームズの活躍を読んだことがある方なら、一度は考えたことがあるはず。
「これほどの名探偵を生み出したコナン・ドイルという男は、実際でも探偵として活躍できたんじゃないだろうか?」
もちろん、そこまで単純で簡単なことではないのは理解しておりますが、どうしても気になる。
誰か書いてはくれないだろうか?
という、贅沢読者の夢を叶えてくれた本作。
時期的には、あの名作「緋色の研究」を発表した1888年。それまでに無かった科学的な解析を用いて推理をしていくという展開がきっかけとなり、当時のロンドンを絶望のどん底に叩き落していた事件を解決するために協力を求められる。
そうです。
1888年以降に発生する、ロンドンで暗躍した「切り裂きジャック」です。
この作品は当然フィクションなのですが、当時の事実を下敷きとして書かれているために、もしかしたらと思わせる部分が多いのです。
緋色の研究から次の作品が発表されるまで、4年程感覚が空いているのですが、切り裂きジャックの事件はこの4年間に起きているのです。作者はここに目をつけた。緋色の研究が発行されたとしても、当時はそこまで爆発的に売れるような作家ではなかったはず。作家としての地位を確立するのであれば、ここで時間を空けずに次回作を発売してもいい。
この4年の間に何が起きていたのか。
いや、実際は何が起きていたのかということは調べればわかるのかもしれません。
単純に医者としての仕事を優先していたのかもしれませんし、次回作の構想をゆっくり練っていただけかもしれません。調べていないのでわかりませんが。。。
とにかく、作者はこの4年の間に発生した切り裂きジャックの事件に目を付けた。
当時世界中を恐怖のどん底に落とした事件ではありながら、現在でも未解決事件としてオカルト好き界隈をにぎわせていますね。未解決事件であるということは、その内容に創作要素を落とし込みやすいとも言えます。
未解決だからこそ、結末が決まっていないからこそ、それを素材として使用した場合には、作家さんの力量を存分に活かせる、そんな素材だと思います。
さて、ブラッドリー・ハーパーはどのように「切り裂きジャック」という素材を料理したのか?
それは本作を読んでもらうことにしましょう。
楽しみはとっておかないとね。
それにしても、早川書房さんのポケミスは翻訳であっても読みやすい作品が多いように感じます。
本作も、訳者である府川さんの翻訳が非常に読みやすく、日本語で読んだとしても当時のロンドンの雰囲気を壊すことなく読み進めることができました。
日本語で書かれた作品がノーベル文学賞を受賞するには、作品の内容はもちろんですが翻訳をする方の力量が非常に重要であるということを読んだことがあるような気がします。
海外作品を日本語に訳す場合も同じなのでしょう。
作品の雰囲気を殺さないように忠実に翻訳してしまうと、読みにくかったりする場合がありますし、かといって意訳をしすぎてしまうと原作の魅力が半減してしまう。
非常に難しいテーマですが、本作では問題なく乗り越えてます。
ドイルの紳士感、半端なくかっこよかったです。
それでは、ここからは触れていなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。
本当に読みますか?ネタバレありですよ?
では、書いていきます。
全体としては大満足です。
本当に面白かったし、読みやすかった。
なので、1点だけ。1点だけが本当に残念だった。
残念というか、願望というか。
切り裂きジャックは死なないでほしかった。。。
切り裂きジャックという存在は、もちろんジャックがしたことというのは犯罪だし、とうてい許されるようなレベルの犯罪ではないのですが、私が生きる2020年まで闇の世界の伝説として語られるような事件を起こした男です。できれば、安否も消息も不明として物語を終わらせてほしかった。
この1点において、残念な気持ちが残りました。
とはいえ、満足して読了したのも偽りない気持ち。
実在の人物を主人公としているからなのか、ストーリーに無理な展開がなく、いかにも現実に起きそうな展開が続くので、ミステリーというよりも事件記録を読んでいるような感覚でしたね。物語としてそれが良いか悪いかまではわかりませんが、読んでいて「それはどうかなぁ。。。」といった感情が一切わかなかったので、そこは作者と訳者の作り上げた文章が素晴らしかったのだと感じました。
個人的には、緋色の研究から4年間新作を出さなかったことに着目し、さらに切り裂きジャックの事件がその4年に重なることに気が付いて、コナン・ドイルという作家の空白期間を利用するという書き方が、本当にツボで。
シャーロック・ホームズを生み出したコナン・ドイルには、品格すら感じさせる知性をまとわせ、対峙するジャックには理不尽なほどに切れ味がするどい知性を備えなせる。
この二人の知恵比べが本作の見どころの1つであり、読者を惹きつけるやりとりが描かれる。
序盤こそジャックにいいように弄ばれるようなイメージのドイルが、徐々に探偵として、漢として、ジャックに肉薄していく展開は読んでいて興奮しますね。
構図としてはジャックが攻める側で、ドイルは守る側なので、どうしても後手に回ってしまうのは仕方ありませんが、ドイルを助けるベルとマーガレットの存在で微妙な均衡を保っている。
途中で意味ありげに登場するチェックのスーツ男も物語を盛り上げるのに一役買っていました。
ドイルがホームズのようなスーパーマンではなく、普通の、どこにでもいそうな医者兼作家であるため、ベル博士やマーガレット、相手側のチェックのスーツ男、そのような脇を固める存在がうまく描かれているため、単純な勧善懲悪にならず、様々な思惑が入り混じった物語に組みあがっているのでしょう。
上質な物語というのは、読んでいても苦痛を感じさせません。
もっと多くの方に読んでもらいたい、そんな作品でした。
サポートを頂けるような記事ではありませんが、もし、仮に、頂けるのであれば、新しい本を購入し、全力で感想文を書くので、よろしければ…