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【幻綺行 完全版】 明治を生きた中村春吉という男の魅力

幻綺行 完全版
竹書房 2020年6月25日 初版第一刷発行
横田順彌(よこた じゅんや) 編者/日下三蔵(くさか さんぞう)

この作品は圧倒的に「ジャケ買い」です。
これ、表紙を是非見てほしいなー。
表紙だけじゃないな、帯も見てほしいんだよなー。
うーん、帯は書店じゃなきゃ見れないかも?
竹書房様の作品リンクをここに貼り付けておけば、表紙だけでも見てもらえるかな。

表紙はこちらです。

いやー、でも書店で見てほしい。
こーゆージャケ買いの魅力ってのは、実際に見てもらわないと伝わらないもんね。
んねも、伝わらないとは知ってても、全力でその魅力だけは書いておきます。
まず表紙の真ん中に仁王立ちしている日本人と思われる男。この作品の主人公である中村春吉。
自転車で世界一周に挑んだ豪傑。
もちろん、中村の傍らには使い込まれた自転車がその存在感も雄々しく描かれている。
さらに、中村の背後には、遠近法を無視したパースでUFOと思われる物体と阿吽像のような物体が怪しくも不気味な存在感を放っている。
その表紙に巻かれている真っ赤な帯には白字で「快男児中村春吉のゆくところ、冒険と怪奇あり!」の煽り文字。
こんな表紙の作品が新刊代に平積みで置いてあったら、そりゃ買うでしょうよ。
あ、そうそう。
表紙とは別に、この作品の巻末にバロン吉元さんのSFアドベンチャー掲載時の挿絵と単行本の扉絵が再録されているのです。これがまた素晴らしい。A1サイズのポスターとかで欲しいなぁ。。。

さて、ストーリーですが、前出しました中村春吉という男が、自転車で世界一周無銭旅行をしている間に、巻き込まれたり自分から飛び込んだりと、世界各地を舞台にして大活躍を描く連作短編です。
作品自体は1990年ということなので、それなりに時間は経過しているのですが、作品の中では明治時代を舞台としているため、さほど気にすることなく読めてしまうと思います。

この作品の魅力については、やはり「快男児」中村春吉という男に尽きるでしょう。
自転車に乗って世界一周、しかも無銭旅行という現代では無謀とも思える計画も、恐れることなく実行に移し、必要最低限のお金を除けば本当に無線で挑んでしまう。
昭和の世代でもここまでの男はまずいなかったでしょう。
困っている人を見れば自分のことは考えず助けてしまう。
自分の生きる道から外れている人は問答無用で迫っていく。
恐ろしいことにもまず自分が先陣をきって行動する。
まさに快男児。
このくらい魅力のある男が主人公であるならば、ある程度ストーリーをぐいぐい引っ張ってくれちゃうので、読者は安心して読み進めることができますね。何度もピンチに陥るのですが、読者としてみればストーリーに引き込まれつつも、中村なら大丈夫と安心もしてしまう。
素晴らしい主人公です。

この作品には6編の短編が収録されてます。
それぞれが完全に独立した話なのか、といえばそうでもなく。
中村と一緒に旅をする仲間が途中で加わり、別れというように連作という形になっております。
すごいですよ。
人助けはもちろん、地球外生命体のような植物が出たり、動きだす像が出てきたり、消えたり現れたりするバラバラ死体の謎に挑んだり。冒険一辺倒じゃないんです。
中村春吉の素晴らしいところは、隠された秘宝を求めているわけではない。人から称賛されるような名誉が欲しいわけでもない。損得勘定で動くわけでもない。
中村春吉は未知なるものを求めて探検し、旅を続ける。

令和の世で、まさかこんな男に出合えるとは思ってなかった。
今回の作品は短編集だったけど、編者の日下さんによれば中村春吉の冒険は長編が2本あるそうです。この短編集が出たことで長編の再発行ももしかすれば期待できるかもしれません。
それもまずは、この短編集をたくさんの人に読んでもらって、中村春吉の活躍を知ってもらうことが大事です。
明治に生きた快男児、中村春吉のスカッとする冒険をどうぞお楽しみください。


それでは、ここからは触れていなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。


本当に読みますか?ネタバレありですよ?


では、書いていきます。

子供の頃に中村春吉に出合っていたら、間違いなく夢中になって読んだだろうなぁ。
ルパンやホームズといった、子供が読んでいてわくわくするような冒険心。それが中村春吉にも感じられます。
冒頭にも書きましたけど、やっぱりこの表紙。この表紙に全てもってかれたような気がします。
中村春吉が自転車の傍らで仁王立ちし、これから起こるであろう冒険を見据えているかのよう。

今回は、以前に書かれていた小説を日下三蔵さんが集め、再録をして一冊の作品としてくれたことからか、短編が時系列に並んでいるため非情にわかりやすい。
中村と一緒に冒険に挑む石峰、志保の二人と出会う流れもこれならば読みやすい。
個人的には、短編というのは読みやすく、ストーリーを把握しやすいことから好きなのですが、やはりこういった冒険ものとなると、長編でがっつりその世界に浸って読んでみたいという欲が出てきますね。
長編も、近いうちに再発行となると嬉しいです。

さて、内容としては文句無しの冒険譚です。
主人公の中村春吉が実在の人物をモデルにしていることから、そうそう現実離れをした話にするわけにはいかなかったのかもしれませんが、それでも十分SF要素を取り入れて、現実ではありえない方向にかなり傾いてはいるが、もしかしたらあったかも?と思わせるような仕上がりです。
もちろん、絶対的に有るとはいえませんが、それでも少年心を壊さない程度に味付けをほどこして、非現実方向に強めにスパイスをきかせることで「いやいや、無いでしょ。いや、でも、もしかしたら?・・・いやいや、無いなぁ」くらいの感覚に落ち着かせています。
この匙加減は絶妙で、求魂神という話では、宇宙人の侵略がテーマでしたが、最後の落としどころで火山の噴火で全ての証拠がマグマの中に沈むことで、現実か夢かという場面を作り出す。
これ、オカルト好きなら理解できると思いますが、UFOが火口に降りていく、あるいは火口を入り口といて火山の中に宇宙人の基地が秘密裏に建設されている、というのは定番なのです。
これは、私が子供の頃には無い設定だったので、明治時代を舞台にした作品とはいえ、詳細やディティールといった内容については私の少年時代からアップーデトはされていることがわかります。

それにしても、冒険ものというものは、どうしてこうも読み手の心を揺さぶるのでしょう?
聖樹怪という話では、地球のものとは思えない怪樹が、人間を媒介として受粉するという話でした。
人間を食べるという設定であればそこまで興奮しないでしょう。
地球外から飛来した植物のような生命体がいるとしても驚かないでしょう。
読み手というものは、常に作品から刺激を受けたいと読書に挑んでいます。それは、冒険もののような驚きだけではなく、喜び、怒り、落胆、切なさ、愛しさ、そういった感情であるともいえます。
そうした感情を揺さぶられたくて読書をするのですが、悲しいかな、現代にはストーリーが選べるほどに存在します。贅沢なことではありますが、同時に考えうるパターンは出尽くした、ともいえるかもしれません。
しかしながら、その贅沢な作品群から自分に合う作品を探し出すというのは、非常に難しいのです。
そうであるならば、今回の中村春吉との出会いは幸せなことでした。
表紙だけで心を躍らせ、読むことで少年時代まで読み手の心を戻してしまう。
素晴らしい。。。

残念なことに、横田先生はお亡くなりになっているため、私たちはこれ以上中村春吉の活躍を読ませてもらうことはできません。
それだけに、残されている長編に関しては書籍化をしてほしいです。
本作を読むまでは、中村春吉という快男児の存在を知りませんでした。
ですが、今はもうこの男の存在を知ってしまったのです。
その破天荒な活躍っぷりを知ってしまったのです。

願わくば、近い未来に、中村春吉に再開できる日を夢見て。。。

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流水
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