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【怪談】猫とレモンティー

 その猫は「人間の死」に興味を持っていた。

 仔猫だったころ、飼い主の祖母が死んだ。老いて弱っていたとはいえ、朝食中に突然倒れ、家のなかは大騒ぎになった。

 テレビのニュースは外国で戦車が街のなかを走っている様子を写し出していたが、普段はそれを食い入るように見つめている飼い主のお父さんも、それどころではなくなっていた。

 猫はおばあちゃんが横たわる和室には入ることができなかった。

 人間があんなに慌ただしく動くのは、どんな騒ぎなのだろう。猫は興味を持ったが、おばあちゃんの姿を見ることすらなく、永遠の別れになった。

 それから、仲間の猫が死ぬところは何度も見た。動かなくなった仲間を抱きかかえる人間の姿を見て、その猫はなんとなく死というものを理解した。

 その猫が死んだのは、教会の前だった。

 居眠り運転のクレーン車が突っ込んできて、教会の壁は大破した。猫はクレーン車の車輪に踏み潰された。

 近くの公園でボールを持って遊んでいた少年のもとに、大きな音に驚いて家から飛び出して母親が駆け寄って来た。

「死ななくてよかった」

 かすり傷ひとつ負っていない少年に母親はそう言った。

 猫に声をかける者はいなかった。

 それ以来、教会の前では《出る》という。ボサボサの頭の若い男の姿をしているが、猫の鳴き声で鳴くという。冗談でやっていると思って怒った人間が襲われる騒ぎもあったが、周辺の防犯カメラにその姿は写っておらず迷宮入りになった。

 猫カフェによく行く猫好きの女性はその人間の姿をした何かが発する声が本物の猫の鳴き声だと気づき、驚いて悲鳴をあげて逃げ出した。

 化猫は、女性が落としていったレモンティーのペットボトルに口をつけた。

「うまい。これが人間の飲むものか」

 それが化猫の発した最初で最後の人語となった。

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