
着校日 ~防大の門をくぐる~
##前回までのあらすじ
防衛大学校への入校を控え、俺は熊本から神奈川へ向かった。
空港には同じく防大に進む7人の同期が集まっていた。
そこで出会ったのがケイスケ。
茶髪にパーマという、俺とは正反対の陽キャだった。
「お前、名前なんて言うの?」と、
躊躇なく話しかけてくる彼に戸惑いながらも、
俺たちは共に防大へ向かうことになった。
一方で、俺の心には不安が渦巻いていた。
ネットで見た「防大の闇」。
「5日間で100人が辞める」という“お客様期間”の噂。
それが現実なら、俺は耐えられるのだろうか――?
飛行機が羽田へと向かい、俺たちは横須賀へ。
途中で立ち寄った海ほたるの景色を眺めながらも、
俺の頭の中には、明日から始まる生活のことでいっぱいだった。
そして、迎えた着校日。
俺はついに、防衛大学校の門をくぐることになる――。
##着校日の朝

横須賀中央のホテルで目を覚ましたのは、午前6時。
昨日はほとんど眠れなかった。
目を閉じれば、防大の門をくぐる瞬間のことを考えてしまう。
カーテンを開けると、薄曇りの空が広がっていた。
どこかスッキリしない天気で、俺の気分と似ていた。
「りゅうせい、今日何時に行く?」
隣の部屋のケイスケがLINEを送ってきた。
「9時に行く」
「早っ! 真面目かよ!」
「……もう決めた」
「じゃあ俺も9時にすっか」
ついてこなくてもいいのに――
そう思いながら、俺は荷物をまとめた。
ホテルのロビーで待ち合わせたケイスケは、相変わらず明るかった。
「いよいよだな!」と笑いながら言う彼を見て、
俺は何も答えられなかった。
## 防大への道のり

京急線で横須賀中央駅から浦賀駅へ。
そこから防衛大学校へ向かうには、長い坂を登らなければならない。
目の前にそびえるのは、まるでロッククライミングのような急勾配の坂道。
この道を毎日歩くのか――そう思うだけで、足が重くなった。
春とはいえ、じんわりと汗がにじむ。
ケイスケは「やっべぇ、これ!」と笑いながら登っている。
「お前、テンション高すぎないか?」
「だってワクワクしねぇ?」
俺は何も言わなかった。
坂の向こうに、日本の国旗が掲揚された巨大な建物が見えた。
防衛大学校――ここが、これから俺が生きる場所だった。
##防大の門をくぐる瞬間

9時11分、俺は防衛大学校の門をくぐった。
空気が変わった気がした。
今までいた世界とは違う、異質な雰囲気。
緊張感と、圧倒的な規律の空気が支配していた。
「うわぁ、すげぇな……」
ケイスケが呟く。
彼ですら、ここに足を踏み入れた途端、その雰囲気に飲み込まれたのが分かった。
門のすぐ近くには、戦車や機雷が展示されている。
まるで「ここはただの大学ではない」と言わんばかりに、俺たちを威圧していた。
「新入生の皆さん、こちらで自分の大隊を確認してくださいね!」
受付の前には、髪を肩まで伸ばした女性が立っていた。
彼女の指示に従い、俺は自分の所属を確認した。
「りゅうせい君、君は313小隊だね」
「ケイスケ君、君は312小隊だね」
俺たちは、一文字違いの番号を渡された。
##大隊・小隊の振り分け

俺が配属されたのは、3大隊1中隊3小隊――通称“ユニコーン大隊”だった。
防衛大学校は、4つの大隊に分かれている。
1大隊(赤):ドラゴン
2大隊(青):ライオン
3大隊(緑):ユニコーン
4大隊(オレンジ):イーグル
その中で、さらに中隊、小隊に分けられる。
つまり、俺は3大隊の中の1中隊、その中の3小隊ということだった。
「俺、ユニコーン大隊か……」
ケイスケと一緒に俺は緑の旗が掲げられた寮へ向かった。
##防大の寮に到着

寮の入り口をくぐった瞬間、異様な空気を感じた。
倉庫のような古びた匂いと、柔軟剤の香りが混ざり合う。
「313小隊、りゅうせい君が到着しました。担当の2学年の方、1階中央ホールまで迎えに来てください。」
俺の名前が館内放送で響いた。
すると、すぐに一人の男がやってきた。
「こんにちは、2学年のたかしです。りゅうせい君、よろしくな」
俺の“上対番”となる先輩だった。
防大には「対番制度」というものがある。
1年生が防大生活に慣れるよう、1人につき1人の2学年がサポートする仕組みだ。
俺にとっての兄貴分――それが、たかしさんだった。
しかし、彼の両手にはテーピングが巻かれていた。
「お疲れ様です」
たかしさんの声が響いた瞬間、背後から怒鳴り声が飛んできた。

「はぁ? お前、声小せぇな? そんなんじゃ新入生辞めてくぞ?」
振り向くと、黄色の名札をつけた3学年の男がこちらを睨んでいた。
目は鋭く、眉毛が針金のように吊り上がっている。
俺は全身の毛穴が開くのを感じた。
何か言わなければ――
「君が新入生か。今日からよろしくね」
その男は急に笑顔を作り、俺に手を差し伸べた。
俺は、そっと手を握り返した。
(ここが、防衛大学校か――)
俺の防大生活が、本当に始まった
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