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防衛大学校の黒い噂~着校前夜~

##前回までのあらすじ


防衛大学校への進学を決めた俺は、家族の反対を押し切り、
熊本を旅立つことになった。
センター試験を終えた後、唐突に「防大に行く」と母に伝えた俺に、
母は激しく反対した。
「熊本に残るって言ってたじゃない!
そんな刑務所みたいなところ、行かせたくない!」
だが、俺の意思は固かった。

父は意外にも賛成した。
「国家公務員になるならいいじゃないか」
初めて父に褒められた気がしたが、
それが本当に望んでいたものなのかは分からなかった。

そして迎えた出発の日。
熊本空港には、俺と同じく防大に進学する7人が集まっていた。
静かにフライトを待つ俺に、突然、
茶髪にパーマをかけた男が声をかけてきた。

「お前、名前なんて言うの?」

ケイスケ――それが彼の名前だった。
明るく、誰とでもすぐに打ち解ける陽キャ気質の彼と、
防大の門をくぐる前に俺は出会うことになる。

一方で、俺の心には不安が渦巻いていた。
ネットで見た「防大の闇」。
「5日間で100人が辞める」という噂。
“お客様期間”と呼ばれるその5日間を乗り越えられるのか?

飛行機が羽田へと向かう中、
俺とケイスケは、対照的なテンションのまま、同じ未来へ進んでいた――。



##機内での会話

離陸すると、ケイスケは窓の外を見ながら興奮気味に話し続けた。

「なぁなぁ、ネットで調べたんだけどさ、
防大の1年目って地獄らしいぞ!」

「……まぁ、そうらしいな」

「俺、マジでヤバいんじゃねーかって思ってるんだよな。
でもまぁ、俺なら大丈夫っしょ!」

俺は彼の自信の根拠が知りたかった。
だが、それを尋ねるのも面倒だった。

「りゅうせいはどうなん? 防大行くの、楽しみ?」

「いや、楽しみっていうか……まあ、やるしかないって感じかな」

「へぇ~、真面目かよ!」

ケイスケは笑いながら、座席を倒してくつろいだ。
その無邪気さが、なんとなく羨ましかった。

俺はスマホを取り出し、もう一度「防大 お客様期間」で検索した。

「5日間で100人が辞める」
「1年生は毎晩、上級生に呼び出される」
「廊下に出た瞬間、戦場」

怖気づくような情報ばかりが並んでいる。
俺はスマホの画面をそっと閉じ、窓の外を眺めた。
もう後戻りはできない。

##海ほたるでの観光

羽田に到着し、俺たちはバスに乗り込んだ。
防大へ向かう前に、途中で「海ほたる」に寄るプランになっていた。

バスの窓から見える東京湾は広く、空はどこまでも澄み切っていた。
防大のある横須賀には、まだ着かない。
今はまだ「観光」という空気が残っている。

「りゅうせい! 写真撮ろうぜ!」

ケイスケがスマホを構えて、俺を呼ぶ。

「いや、俺はいいよ」

「何言ってんの! せっかくだし、撮っとこーぜ!」

俺はしぶしぶケイスケの横に立ち、カメラに収まった。

彼の明るさが、まるで別世界の人間のように思えた。
俺はまだ、これから始まる生活への不安を拭えないでいた。

##防大の噂


バスの中で、またスマホを開く。
「防衛大学校 アンサイクロペディア」「防衛大学校の闇」「防大 体罰」
検索すればするほど、不安が増すようなワードばかりが出てくる。

「新入生は5日後の入校式で幹部自衛官になるため宣誓書に印鑑を押す。それまでの期間は“お客様”扱いで、辞めたければすぐに家に帰れる。だが、入校式を過ぎると、辞めるのに手続きが1か月以上かかる」

「入校から5日で100人が辞める」
「夜中に呼び出され、3時間正座」
「集金の封筒作成、反省文、上級生のためのコント」
「廊下は戦場。部屋から一歩出たら死」

ネットの情報をすべて信じるわけじゃない。
でも、これが現実だったら――。

俺は無意識に、拳を強く握りしめていた。

「おい、りゅうせい、また検索してんの?」

ケイスケが覗き込んできた。

「まぁ、気になるだろ」

「お前、ビビってんの?」

「……正直、めちゃくちゃ怖い」

ケイスケは「ははは!」と笑った。

「大丈夫っしょ! なんとかなるって!」

何が「なんとかなる」んだ?
だが、俺は彼の楽観的な言葉に少しだけ救われた気がした。

##横須賀へ


やがてバスは横須賀中央に到着した。
海ほたるの景色とは打って変わって、現実に引き戻された感覚だった。

「いよいよかぁー! 俺、マジで楽しみだわ!」

ケイスケは笑顔のまま、ホテルの部屋へと消えていった。
俺は、その背中を見送ることしかできなかった。

この楽観的な男は、明日、どんな顔をするのだろうか。
そして俺は――本当に、この世界でやっていけるのだろうか。

夜のホテルの部屋で、俺は最後にもう一度、
ネットで防大の情報を検索した。

「防大 入校式までに辞めた方がいい?」

だが、答えはどこにもなかった。
答えを出すのは、結局、俺自身なのだ。

そして、俺は目を閉じた。
明日、防衛大学校の門をくぐるために。


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