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熊本からの旅立ち ~防大を選んだ理由~

表紙の夕焼けは防大の土木工学科の
研究室から見える景色です!

天気が良いと富士山🗻も見えます!


これは事実に基づいた防大物語


##家族のこと

父は典型的な九州男児だった。
会社を経営し、家では絶対的な存在。
機嫌が悪いと、食卓のちゃぶ台は簡単にひっくり返る。
俺と3つ上の兄はそんな父の怒鳴り声に慣れ、
4つ下の妹は泣いて母の後ろに隠れた。

母は専業主婦で、たまにパートに出る。
子どもの頃は、母が家にいることが当たり前だった。
だが、成長するにつれ、母が父に何も言い返せないことが気になり始めた。

俺が中学に上がる頃には、家族の会話は減った。
「おはよう」も「行ってきます」も、いつの間にか口にしなくなった。
母は時折、「ちゃんと挨拶しなさい」と言ったが、
俺はただ「うん」と頷くだけだった。

家の中は、いつもピリピリしていた。
特に、金の話になると雰囲気が最悪になる。
母が「来月の塾代が足りない」と言えば、
父は「そんな金はない!」と怒鳴る。
「どうして計画的にやれないんだ」
「そんなこと言うなら、もっと家にお金を入れてよ!」

いつからか、俺は家族に自分のことを話さなくなった。
自分の進路についても、
誰にも相談せずに決めるようになった。

##防大を選んだ理由

防衛大学校に行くと決めたのは、高校3年の冬だった。
センター試験が終わり、
2次試験まであと2週間というタイミングで、
俺は担任と母の前でこう言った。

「防衛大学校に進学します」

母の顔が凍りついた。

「……は?」

「防衛大学校に行くと決めました」

「何言ってるの? 熊本の国公立に行くんでしょ?」

「いや、防大に行く」

母はパニックになり、すぐに反対した。
「熊本に残るって言ってたじゃない!
どうして急にそんなことを…?」

俺は自分の考えを説明した。
防大は学費が無料で、衣食住も保証され、
さらに給料まで支給される。
卒業すれば、自衛官としてのキャリアが
約束されている。

「就活の不安もなく、
親に学費の負担をかけることもない。メリットしかない」と。

「でも、そこって軍隊みたいな生活なんでしょ? あんな刑務所みたいなところに行かせたくない!」

母はそう叫んだ。
ネットで防大のことを調べ、そこで見つけた「地獄の生活」についての書き込みを信じていたのだろう。

「相談じゃなくて、決めたことだから」

俺がそう言うと、母は何かを言いかけたが、結局口をつぐんだ。

父に防大に行くと伝えると、意外にも機嫌がよかった。
「国家公務員になるなら、いいじゃないか」

初めて褒められた気がした。
だが、父のその言葉を聞いたとき、俺は少しだけ寂しくなった。
母が心配してくれたのは、俺のことを本当に思っていたからなのかもしれない。

でも、もう決めたことだ。

##フライト当日


防衛大学校へ向かう日が来た。
父の運転で、熊本空港まで送ってもらう。

車内では、ほとんど会話がなかった。
ラジオから流れるニュースだけが、沈黙を埋めていた。

空港に着くと、俺と同じく防大に進学する熊本出身の7人が集まっていた。
だいたいが、スーツ姿で、髪は短く刈り込まれている。

「気をつけるのよ」

母の声が頭の中で響く。
空港で母の姿はなかった。
母は玄関までしか見送りに来なかったのだ。

「元気で行って来いよ」父が言う

「じゃあ。行ってくるけん」
そう言ったとき、母の表情が浮かんだ。
悲しそうな顔だった。

俺は父に頭を下げ、
荷物を持って仲間たちの輪に加わった。

「なぁお前、 飛行機初めて?」

隣にいたのは、初対面の男。
髪は茶色く染められ、軽くパーマがかかっている。
「ケイスケ」と名乗ったその男は、
俺とは正反対のタイプだった。

「いや、乗ったことある」

「そっか! 俺、超ワクワクしてるんだけど!
なんか防大ってヤバいらしいじゃん? やべぇよな!」

「……まぁな」

ケイスケはずっと喋っていた。
「俺、体力には自信あるんだよね!」
「着校したらすぐ坊主にされるんかな?」
「てか、同期って何人くらいいるんだろ?」

俺はただ頷くだけだった。
そんなテンションにはなれない。

飛行機の窓の外を眺めながら、ふと考えた。

(俺は、これから何を経験するのだろうか)

防大について、ネットで見た噂が頭をよぎる。
「入校5日で100人辞める」
「夜中に呼び出され、正座で指導」
「廊下は戦場。一歩出れば死」

もちろん、ネットの情報を鵜呑みにするつもりはない。
でも、もしこれが本当だったら?

不安が募る中、飛行機は羽田に向かって飛び立った。

こうして、俺の防大生活が幕を開けた。


・次回、「防大着校。俺は地獄に足を踏み入れた」


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